『藁の楯 わらのたて』大沢たかお&松嶋菜々子 単独インタビュー
答えが出ない問いに揺さぶられる
取材・文:折田千鶴子 撮影:金井堯子
懸賞金10億円がかけられた「人間のクズ」である凶悪犯を、命懸けで移送する警視庁警備部警護課SPの闘いを描いたサスペンス・アクション『藁の楯 わらのたて』。『十三人の刺客』『悪の教典』などエネルギッシュな演出で次々とタブーに挑む三池崇史監督が、「悪とは、正義とは、人間とは」と鬼気迫る迫力で観る者の感情に激しい揺さぶりをかける。「なぜクズを守るのか」と憤る全国民を敵に回し、自身の葛藤とも闘いながら、次々と襲いくる敵や難題に立ち向かうSPにふんした大沢たかお、松嶋菜々子が、その激しく揺れた胸の内と過酷な撮影現場を振り返った。
「人間のクズ」を守る使命に対する葛藤と理解
Q:大沢さん、松嶋さんが演じられたのは誰もが「人間のクズ」と思う凶悪犯を命懸けで守るSPという役どころです。まずは、どのように役にアプローチしていったのかを教えてください。
大沢たかお(以下、大沢):今回現場に、元SPの方が待機してくださったんです。夢物語でも架空の話でもなく実際にある仕事ですから、仕事の意味や目的、どういうことを考えて任務に当たったのか、といった話を聞いて納得していくしかなかったですね。何しろ家族でもない人間を、自分の命と引き換えにしてでも守る、という仕事ですから。自分なりの想像を膨らませながら、少しでも理解しようと努めた、という感じです。
松嶋菜々子(以下、松嶋):白岩という女性が、子どもがいるにもかかわらず、なぜ、死と隣り合わせの仕事をしているのか、そこはどう考えても納得できませんでした。でも、それを追求し始めたら元も子もないので、彼女がなぜSPという仕事を続けるのかを理解しようと努めましたね。この仕事に出会い、生きがいを感じてやり続ける中で、子どもを産んでシングルマザーになった。それでもやはり、自信も誇りも持てるこのSPの仕事を続けることを選んだのだろう、と。
Q:銘苅(めかり)も白岩も任務に対して葛藤していないわけではないと思います。役柄同様、葛藤を抱えて演じるのはストレスだったのでは?
大沢:おっしゃる通り、それをストレスフルと言ってしまうと少し違うかもしれませんが、もちろん悶々(もんもん)とした葛藤を抱えていましたね。でも不思議なことに、演じてみて初めて「あ、こういうところで葛藤しちゃうんだな」と気付いたこともありました。当然、一緒に警護に当たっている仲間が一人一人何らかのかたちで消えていけば、揺さぶられ、考えさせられもする。そうやって、役と気持ちがリンクしていった気がします。
松嶋:もちろん白岩も使命感と倫理のはざまで葛藤はあったと思います。でも彼女の場合は、要所要所で感情をあらわにしていたので、意外とため込むストレスは感じなかったですね(笑)。
「正義とは何なのか」という普遍的テーマ
Q:銘苅、白岩に対して、共感したのはどんなところでしたか? あるいは疑問を感じたところは?
大沢:銘苅に対して抱いたのは、共感というよりは尊敬に近い感情ですね。ずっと悶々とはしていましたが、「なぜ?」と彼の言動に疑問を感じるようなことはありませんでした。それもまた人だろう、と。人生、大人になると割り切れないことばかりじゃないですか。正義だ、悪だ、とは単純に割り切れないことばかり、というか。
松嶋:わたしも、先ほどお話しした「子どもがいるのになぜこの仕事を」という点を除けば、彼女の言動に対して疑問を感じるようなことはなかったですね。あくまでもSPとして、男性の中に交じって、自分も男だと思って仕事を全うしようとしている、という点に共感を得て役に近づきました。
大沢:僕たち以外の役、周りの人物も皆、例えば一緒に移送の任務に当たる刑事さんたちの言っていることも、全て正しいんですよ。だから余計に厄介というか。誰も違っていないし、思いは同じなのに、行動が違ってしまっているというか……。割り切れない思いを抱えた人たちの物語を、共演者の方々と一緒に葛藤しながら歩んでいった感じがします。
Q:本作は改めて「正義とは何なのか?」という普遍的なテーマを観る者に投げ掛けます。一体、正義とは何なのでしょう?
大沢:本当に難しいけれど、何事においても一概に「正義」とひとくくりにはできない、そんなことを思いましたね。「悪」もまたしかりですが、人によって、経験によって、抱えた傷によって、意味が全然変わってきてしまうので。それが本作のもう一つのテーマでもあるのかな、と思いました。スピード感あふれる手に汗握る2時間を体感した後、元気が出てくるというよりはどこかモヤモヤしたものが残る。それが監督の意図なのではないでしょうか。
松嶋:当の凶悪犯・清丸(藤原竜也)のやっていることは最悪だけど悲しい人だなという気がしました。幼少期の何がどう影響してこのような人格になってしまったのか。彼を産んだ親の気持ちを考えても、悲しい気持ちになりますし。難しいですよね……。人として、どう正しくあればいいのか、観た人に正義を考えさせるのも、この映画のもう一つの側面だと思います。
狂気の世界に入り込んだスイッチ
Q:お二人とも三池崇史監督は初めてですよね。どんな現場でしたか?
松嶋:こんなにスムーズに進む映画の現場があるのだと驚きました。チームワークの良さは、きっと監督の懐の深さの表れなのだと思います。
大沢:現場の士気が高くて、常にいい意味での笑顔があって、クリエイティブな空気が蔓延(まんえん)している感じでした。非常に、役者冥利(みょうり)に尽きる現場でしたね。監督自身は、皆にすごく気を使う方なんですよ。
松嶋:とてもこまやかな方ですよね。いわゆるピラミッド的な構図ではなく、それぞれの部署に信頼を置いて任せているという感じなので、チームとして成り立っているというか。
大沢:そう、撮影はすごくハードだったのに、僕ら俳優もスタッフも皆、「お客さんに喜んでほしい」とか、「これは挑戦だね」「すごい作品になる」とか言いながらやっていた。意識的なのか無意識なのかわかりませんが、三池監督は、いいものを作っているぞという空気を作り出す方なんだなぁ、と感じました。
松嶋:時間的にも状況的にもハードな撮影でしたが、誰もが喜んで三池監督に付いていく感じ。もちろんわたしも喜んで付いていきました。
大沢:またあの尋常じゃない夏の暑さが、狂気じみた空気を生み出したような気もするんですよ、冗談じゃなく(笑)。
松嶋:皆、リアルな汗をかき続けていましたからね(笑)。
大沢:日本で一番暑いと言われる多治見の山で、日射病でスタッフが倒れる中、大の大人たちがしがみついて映画を撮り続けていた。僕ら俳優はスーツで(笑)。あの暑さがスイッチになって、狂気の世界に入りこんだというか。監督の狙いだったのかはわからないけれど。どこか鬼気迫るものが現場に宿っていたというか、生まれた要因になった気がしますね。
「藁の楯」という意味深なタイトルの意味
Q:最後に、「藁の楯」というタイトルについて、どのように解釈されますか? お二人の解釈をお聞かせください。
大沢:映画を撮る前は特にタイトルの意味を気にしていませんでしたが、撮り終えてから「いいタイトルだなぁ」と実感しました。つまり「藁=人間」ということではないでしょうか。
松嶋:現場に入って元SPの方の指導を受けて学んだのですが、たとえ自分の身にどんな危険が降り掛かろうと、SPにとっては対象者を守るのが最優先。フォーメーションがそうなっているのですが、対象者に第三者による危害が及びそうになる場合、警察官のように第三者を取り押さえるのではなく、下がって対象者を守る。自分が楯になる動きしかしてはいけないんです。
大沢:楯になるのが道具やモノではなく生身の人間だから、悩むし、迷うし、道を間違えることもある。「藁の楯」……まさしくその通りだな、と思いました。
映画の中では、常にキリッと厳しい表情だった二人だが、取材時は終始落ち着いた和やかなムードで、にこやかに談笑してくれた。だがその穏やかな口調から繰り出されるのは、深く鋭く感じ、考え抜かれた重みのある言葉であり、予想を超えた撮影時の逸話だった。九州からあらゆる交通手段で東京まで凶悪犯を移送する展開は、迫力のアクションが満載の汗握るサスペンス。だが見ている最中も、そして見終えてからも「人間って……」「自分なら?」とさまざまな思いが心をかき乱し、誰かと語りたくなること必至の本作は、ぜひ家族や友人、恋人と観ることをおススメしたい。
映画『藁の楯 わらのたて』は、4月26日より全国公開