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森田剛、高岡蒼佑、大東駿介が真剣勝負!宮本亜門、この1年を経て大成した舞台「金閣寺」を語る!!

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宮本亜門
宮本亜門

 大阪、東京で凱旋公演される舞台「金閣寺」で演出を手掛ける宮本亜門が、ちょうど1年前に行われた初演、リンカーン・センター・フェスティバル2011正式招待作品として上演したニューヨーク公演を経て大成された本作での森田剛高岡蒼佑大東駿介の“真剣勝負”といえる熱演について語った。

 そこにあるはずだが、舞台にはない火。凱旋公演のために再び集結した高岡蒼佑、大東駿介、中越典子ら本作の豪華キャストと共に行った最後の通しげいこで、主演の森田剛は、その「火が見えた」と言ったという。それを聞いた宮本は、「彼の中に溝口が明確に構築されつつある」と確信した。森田剛演じる溝口という男は、生まれつきの吃音(きつおん)が原因で、人とうまくコミュニケーションが取れず、生きるとは何かともがく。森田とは一見相反する役柄だが、宮本は普段V6として活躍する森田に、その片りんを見ていた。そして、宮本の森田に対する評価は、この上なく高い。「彼には人にどう見られるかとか、人にどう見せたいかとか、そういうのがない。それは最も必要なことで、彼は本当に舞台で存在している」。

 そんな森田に対して、共演者である高岡も、「とにかく森田剛という役者の目の前にいるのは、本当にスリリングで、僕はそのためにやりたい」と舞台に立っているという。しかし、高岡も負けてはおらず、生まれつき足が不自由ながらその不自由な足までも武器にして生きていく柏木という役柄をどんどん吸収。「どうしてもこのセリフを言いたい!」舞台には、高岡の考える“柏木像”も取り入れられた。そして本作では、そんな“真剣勝負”をする二人に、鶴川という男を演じる大東俊介が、時に光を与え、時に影を落とす。舞台は、このそれぞれに「生」を見つめる三人の青年を中心に展開する。

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 本作の原作は、日本文学の金字塔、三島由紀夫の「金閣寺」。だが、宮本にそれを舞台化したいと思わせたのは、これをただ文学大作としてとらえるのではなく、登場人物たちに共感し、共に「生きることとは何ぞや」と考える、若者たちの声だった。「『金閣寺』を若い人たち、多くの人にもっと観てほしい」。金閣の美しさ、そして溝口の内面を、喉歌ともいわれるホーメイという歌唱法や舞踏も取り入れ表現した宮本の「金閣寺」は、視覚的、聴覚的にも観客の心に訴えかけてくる作品になった。

 2011年3月11日、東日本大震災を挟み、ニューヨーク公演、そして今回の凱旋公演となった本作。「震災後、変えた部分はありません。でも、確実に変わりました」。宮本がそう話すとおり、「一ト仕事終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った」という三島由紀夫の「金閣寺」(新潮文庫)の最後の一文でもあるこの言葉は、震災の前と後では、違った響きをもって伝わってくる気がする。「何かがそこで感じ取れたら、演劇の意味合いがある」と語る宮本は、そこに自分なりの答えを見いだしているが、それは明かしたくないと言う。「それぞれに考えてもらいたい」。この「生きようと私は思った」という言葉は、今のあなたにはどう届くだろうか?(取材・文:編集部 島村幸恵)

舞台「金閣寺」は1月19日(木)から22日(日)まで大阪・梅田芸術劇場 メインホールにて、1月27日(金)から2月12日(日)まで東京・赤坂ACTシアターにて凱旋公演
1月31日(火)14:00の回公演終了後には、宮本亜門と小説家・平野啓一郎によるアフタートークショーを開催予定

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