『アンジェラ』リュック・ベッソン監督単独インタビュー
取材・文:福住佐知子 写真:FLIXムービーサイト
何をやってもうまくいかない男、すべてに臆病な男、不器用な男が“愛”を知ることで再生していく奇跡のストーリー。6年もの間世界中のファンが待ち望んだリュック・ベッソン監督作品『アンジェラ』について、監督に話を聞くことができた。
5年間アニメを撮っていた
Q:多くのファンがあなたの監督作品を待っていました。どうして6年もの間、監督作品を撮ってはいただけなかったのですか?
実は5年間別の作品を撮っていたんだ。『アーサーとミニモイたち』(原題)というタイトルの非常に手間のかかるアニメーション作品にかかわっていたんだ。だから、自分ではそんなに長く不在だったという意識はなかった。アニメというのはコンピューターを使用し、実際の俳優やカメラは使わないので、3年から4年も経つとすっかりフラストレーションがたまってしまいます。だから今回どうしても本物の俳優を使って「映画を撮りたい」という気になったんだ。
Q:本作品はモノクロームで撮られていますが、その点での監督のこだわりは?
「モノクローム」というのは一色だけど、わたしは“白と黒”で撮ったんだ。
Q:ヒロインのアンジェラが180cmで、アンドレとの身長差が13cm。大女と小男というインパクトがとても強く出ていましたが、設定上そう決めた理由は?
身長も対照的だけど、男と女、内面と外面、いろんな面でコントラストをなしていて、いろんな違いがあるものたちが、ひとつになっていくということを描きたかったんだよ。
創造は女性的
Q:アンジェラとアンドレの出会いは橋の上でしたが、監督にとって“理想的な男女の出会い”とはどんな出会いでしょうか?
難しいね。男性と女性とがどんな人かでも違ってくるから……橋を選んだのは、それが「象徴的な意味を持つ」からなんだ。橋というものは、あるものをある場所に運んでいくという役割を果たす。「へその緒」みたいなもの。2人が出会う場所は橋の中間だけど、そこにいるときは、どちらにも属していないということになるんだ。
Q:アンドレのように何かに追い詰められた人間が最終的にとる道は死しかないと思われますか?
ほかにも解決策はあるけど、落ち込んでいるときにはものが見えなくなってしまい、別の解決策が分からなくなってしまうんだよ。
パリと京都は美しい
Q:何かに追われるようにアンドレがやみくもにパリの街をひたすら歩くシーンがありますが、どのような意図で撮られたのでしょうか?
パリの街はこんなに美しいのに、アンドレの感覚は自分の中に閉ざされている。「外に眼を向ければ希望があり、街のいろんな豊かさが迎えてくれる」という部分を描きたかったんだ。これが閉ざされた街で、ただれた環境の中で仕事も見つからないという状況だったら、そこから出られないのは当たり前、逆に素晴らしいものが周りを取り囲んでいるのに、アンドレには見えていないという状況を描きたかったんだ。
Q:監督の描かれた美しいパリの街に眼を奪われました。
わたしは、パリを魅力的に見せようとして撮っているわけではないんだ。観る者の眼が引きつけられたということだろう。わたしはパリを何も変えてはいないんだよ(笑)。カメラを据えて、そこにあるものをそのまま撮っただけなんだから。確かにパリは美しい街のひとつだけど、わたしは京都も美しいと思うよ。自然と一体化するのに成功している街だね。
Q:アンドレの半身についてなんですが、彼は女性的な心を持っているので半身は女性なんだというシーンがありますが、監督自身はどんな半身を持たれていると思われますか?
感情が女性的であるか、男性的であるかという違いを両方自分の中に持っていると思うよ。クリエイティブな能力というのは女性的な感情に属している。創造に携わる場合は、男性でもその人の女性的な半身が生かされる。対して、世界や人を征服しようという狩人の本能というのは男性的な感情に属すことになるんだ。
監督として至福のとき
Q:監督として至福のときを味わうことはありますか?
俳優と、その一瞬一瞬と、太陽の光線とカメラが最大限にいい作用をして働いたとき。ちょうどぴったりの波が来て30秒だけ水の上に立てるサーフィンをしているようなもので、それはまさに奇跡的な瞬間なんだ。そういうときこそが至福を感じるとき。1カット、1シーンで撮っているから、鏡のシーンでもそうだけど、さまざまな感動が自分の中でたまっていったときにテイクすると、1回目のテイクでその感情がワーッとあふれ出て奇跡的な映像が撮れるんだ。
Q:最後にこの作品を観る多くの観客のためにメッセージをお願いします。
観に来てくださってありがとう(笑)。わたし自身も一観客として映画を観に行くのでよく分かるけど、自分の観たいものを観れば間違いないんだよ。『アンジェラ』のポスターを見ても分かるように、ポエジーにあふれた愛の物語であって、男と女の関係そして美しいもの、白と黒の映画であるということが分かってもらえると思う。それと『アンジェラ』の奥にあるものは、日本文化と通じるものがあるのではないかと思っているんだ。
伏し目がちでインタビューに答える監督はとてもシャイ。写真撮影の際も「僕は俳優じゃなくて監督だから」と決して笑顔を見せることはなかったが、真剣な瞳の奥にまじめで純粋な人柄が見えたような気がした。柔らかなフランス語のメッセージは受け取ると胸に深く刻まれ、ずっしりと重い。大切なものをはぐくみ、育てあげ、わたしたちに届けてくれた夢の配達人とも言うべきベッソン監督。独自の映像美と奇跡のストーリーは絶対に見逃せない。
『アンジェラ』は5月より松竹・東急系にて公開。