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その3:ブライアン・ジョーンズ(元ローリング・ストーンズ)を描いたスティーブ・ウーリー

この人の話を聞きたい

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この映画にローリング・ストーンズのオリジナル曲を使えば、ミックやキースが先立ってしまい、ブライアンにとって不誠実な映画になってしまう。~この人の話を聞きたいその3~ブライアン・ジョンズを描いたスティーブ・ウーリー~
3年ぶりにロック界永遠の反逆児たちが、神風の吹くこの島に降り立った。60歳で未だ軽い身のこなしで歌うミックや、しわの数ほど重厚な音を出すキース、そして脇を固め、味わいと憂いのあるビル・ワイマン、チャーリ・ワッツ、そう皆さんご存じローリング・ストーンズが嵐のごとく日本を縦断した。

だがこの世界で指折り数えるほど著名なロック・バンドを知っていても、どれほどの人が、このバンドの結成者で命名者でもあるブライアン・ジョーンズの名を耳にした事があるだろうか?

イギリス映画『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』は、そんなステージ脇に追いやられた彼の生涯に、再びスポットライトを浴びせている。今作品は、『インタビュー・ウィズ・バンパイア』『バックビート』『マイケル・コリンズ』などで名を馳せた英国プロデューサー、スティーブ・ウーリーの初監督作品。彼が12年もの間、胸元で暖めていた企画は、1人の看護婦の証言から始まった……。それは、ブライアンの友人フランク・サラグッドが死の床で、自分がブライアンを殺害したと主張したことである。

完成に至る経緯を含め、監督とブライアンの彼女アニタ・パレンバーグを演じたモネ・マズァーに話を聞いた。
スティーブ・ウーリー
Q: 多くの題材がある中で、初監督作になぜこの選択なさったのですか?

(スティブ・ウーリー)まず始めに、興味を持ったのが、多彩な楽器をこなす天才ブライアン・ジョーンズを、皆さん御存知ないことです。さらに空前絶後の巨大なバンドになる前のローリング・ストーンズを、把握して欲しかったんです。オリジナルでは、テレビ映画だったんですが、テレビ会社を説得して映画という形で、公開する事を決意しました。最初の7、8年間制作を進展させていた際、わたしが脚本に満足していない理由で、監督を2人ほど失ないました。

わたし自身、さらなる情報を得て、もっと多くの人々に質問し、信憑性のあるものにしたかったんです。さらに脚本の改稿を続けていたある時、脚本家に「あなたが、監督しなければ、この映画は絶対制作できませんよ!」と言われたんです。それから監督をする決意をし、あっちこっち奔走していた際に、ジャネット・ローソン(看護師)に出会ったのです。

彼女は、メディアを避けて生活していて、ほぼ行方不明の状態だったのですが、故スタンリー・キューブリックのアシスタントが、すすめてくれた探偵を通じて彼女の住所を得て、長い手紙を送り、ある人里離れた草原で合いました。それから話をじっくり聞き出し、今の経緯に至ってます。
Q:ローリング・ストーンズのオリジナルの曲が不在であるため、この時代を伝えるのに苦労されたのではないですか?
彼らの曲を使えば、それはまた別の映画になるでしょう。ローリング・ストーンズの映画に。ブライアンは、公式に彼らのヒット曲を書いて、クレジットされてない上、彼らの曲を使えば、ミックやキースが先立ってしまい、ブライアンにとって不誠実な映画になってしまいます。それと私は、ブライアンがインスピレーションを受けたジャズのロバート・ジョンソンに着目したんです。それでもホワイト・ストライプスやビーズがローリング・ストーンズをカバーして当時の空気を十二分に伝え、曲の音源を反響させています。

Q: 主役のキャスティングは、どういう形で選考されたのですか?

レオ・グレゴリーを『Out Of Control』と言う映画で拝見し、彼は黙りとして暴力的でタフな役を演じていて、始めは、ブライアンのような穏やかなで、エンジェルに触れているような感覚はなかったのですが、彼のエージェントを通じて合った時に、ブライアンの持つ寛容なイメージにピッタリでした。ほかの有名俳優も考慮に入れたのですが、例えばジュード・ロウと金髪のカツラ、ユアン・マクレガーとモミアゲみたいにスタイルがその人のキャラクターの型にはまってしまうため、諦めました。数年前のゴシップでは、ブラッド・ピットが演じるような記事があったらしいが、僕の映画とは全く関係は、ありませんでした。

モネ・マズァー
Q:どうやってこの役を手中に入れたのですか?

(モネ・マズァー)イギリスの雑誌「アリーナ」で写真とインタビューをやった時に、内容がが自分の思っていたものと違う、厚かましい感じになってしまっていたの。それをたまたま監督のスティーブが読んで、わたしにアニータの役に適してると手紙をくれたの。おかしいのは、そのインタビュー自体全然私らしくないものなんだけど……。

Q:あなたのお父さんが、あの有名なローリング・ストーンズの唇のロゴデザインされたのですが、どうしてこれほどこの時代を熟知しているのですか?

ヒッピー系の両親の子どもとしてロンドンで育ち、その時代のファッションやドラマ、少し気違いじみた傾向にいつも惹かれていたの。
Q:アニータは、ドラッグを続けるブライアンに見切りを付け、キースのもとに走り、その後彼と2人の子どもを授かるのですが、彼女自身どういう思いだったでしょうか?
われわれ一般の人は、ブライアンの親友であるキースと一緒になるということがひどい仕打ちだと思索するでしょうけど、身体的にも、精神的にも痛めつけられていた彼女にとって、キースはその場に仲間としていてくれた人なのだと思うわ。皆同じ状況下に置かれたら多分同じことをするでしょう。
 
事実、ブライアンのスライド・ギターに惹かれたミックとキースは、彼をバンドに引き込んだ。当然初期は、彼がリードでバックにキースがいた。彼のシンボルは金髪のマッシュルーム・ヘア・カット、彼の人気度は、ボーカルのミックの比ではなかった。だが、自意識過剰であり、辛らつな口調を叩くこの男は、才能というものに溺れ、実績という形を残さなかった。その後、ドラッグに溺れる彼は、メンバーに解雇される。過去にゴダールが撮った映画『ワン・プラス・ワン』で悪魔の憐れむ歌のレコーディング中の際に、ミックに無視されている映像が映し出されている。
 
撮影開始5週間前に、あるイギリス有名俳優に代わり、レオ・グレゴリーが抜擢された。監督スティーブンは、無思慮であると配慮し、その理由と代役前の名さえ口に出さなかった。未だにローリング・ストーンズは、開く記者会見の度に、この映画の存在さえ否定している曰く付きのこの映画。だが物議を醸し出すからファンの食指を動かせてやまない。最高峰にいるこのバンドを語るのなら、原点も知るべきでなかろうか?
(ニューヨーク:細木信宏)
 
細木プロフィール
海外での映画製作を決意をする。渡米し、フィルム・スクールに通った後、テレビ東京ニューヨ-ク支社の番組モーニング・サテライトでアシスタントして働く。しかし夢を追い続ける今は、ニューヨークに住み続け、批評家をしながら映画製作をする。
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