『初恋』宮崎あおい単独インタビュー
取材・文:鴇田崇 写真:秋山泰彦
日本犯罪史上最大のミステリーと言われ、いまだその実像が闇の中にある府中三億円強奪事件を題材にした『初恋』。実行犯が18歳の女子高生という大胆不敵なシチュエーションも話題を集めた中原みすずの同名小説が映画化された。原作者と同名のみすずというヒロインを演じたのは、『NANA』や『好きだ、』など出演作が相次ぐ宮崎あおい。原作を読んでヒロイン役を熱望していたという宮崎あおいに、衝撃的な犯罪ドラマに主演した感想などを聞いた。
原作と同じく、映画も好き
Q:完成した映画をご覧になっていかがでしたか?
原作が本当に大好きだったので、観る前は不安でした。原作を上まわっていないと満足できないというか、想像以上のモノじゃないといい映画を観たって思えないじゃないですか。でも、今回の映画版も好きになれて、原作と比べることでもないような気がしたんです。原作は原作で大好きですし、映画は映画として好きになれました。原作のいい部分が、映画にプラスに現れている気がしたので安心しましたね。
Q:その原作で最も引かれたのはどこですか?
映画の中では描かれていないのですが、小出(恵介)さん演じる岸が自分には好きな女の子がいると、でもそれを伝えることはできないって話をする所ですね。みすずは、自分が伝えてあげるよって言ったりするんです。彼女は彼女で岸に子ども扱いされていることが嫌で、同じ立場で話をしたいんです。岸もみすずもお互い好きなはずなのに、それを相手には伝えられないもどかしい感じが好きですね。
Q:3億円事件についてはご存じだったんでしょうか?
一応は知っていましたが、詳しくは知りませんでした。この時代に関しても、映画を観てデモのシーンとか、あんな感じで当時の若い人たちが警察に立ち向かっていって殴られて……というのを、初めて映像で体感しましたね。撮影前に当時の新聞記事や資料は読んでいましたが、こんなに激しい時代だっていうことを、改めて映像で観ると強烈だったのでびっくりしました。現代からは考えられないですよね。
物語は真実
Q:『初恋』は硬派なイメージと、10代のラブストーリーとを自然に絡めて描かれていますよね。
演じていても映画を観ても、初恋だけのお話だとは思わないし、事件のことだけのお話だとも思わないですよね。わたしが大事にしたいのは、みすずや岸の想いっていう部分。お金が欲しくてみすずは事件を起こしたわけじゃないと思うので、3億円事件と聞くとこれまでの報道を想像する方も多いと思いますが、そうじゃない映画になっていると思います。
Q:原作は仮説ですが、本当の話だと思ってしまうほど好きになってしまったとか。
そう思って演じていましたし、今でもそう思っています。撮影前に原作者の中原みすずさんとお会いした時に、いろいろお話も聞かせていただきました。もちろん最初に本を読んだときから信じていましたし、みすずさんとお会いしたことでもっと信じる気持ちが強くなりましたね。みすずさんは、本当だとは言われてませんでしたが、何か質問すればきちんとお答えになってくださいましたし、みすずの気持ちとかいろいろ聞いて、演じる上での参考にもなりました。
中原みすずさんの思い出は壊したくない
Q:その中原みすずさんは映画を観てどんな感想を?
完成披露試写会のときにお手紙を頂いて、舞台の上で司会の方が読んでくださったんです。初めに会ったときは心配だったと書いてあったんですけど(笑)、完成版を観て本当に良かったと言ってくださったので、安心しましたし、とてもうれしかったです。映画化されるとなったとき、これはみすずさんの思い出でもあるわけですから、その部分を壊したくないなって思っていたので、だからこの言葉をいただけたのは本当にうれしいですね。演じられて良かったなと本当に思いました。
Q:そのヒロインであるみすずについては、最初はどんな印象をお持ちになりましたか?
初めは、どうして好きな男の子のために3億円を奪うという大きな行動に出てしまったんだろうって思ってました。あまり共感もしなかったし、その意味が分からなかったんです。でも自分が演じてみて、みすずがなぜ岸の一言で、行動に出たのか理由がよく理解できたんです。最初に原作を読んだときよりも、自分が演じてからの方がみすずの気持ちがよく分かっていった感じですね。
Q:それはやはり「人に必要とされるうれしさ」に共感されたからでしょうか?
この『初恋』の話は、そこから始まっていると思うんです。みすずは今まで誰からも必要とされていなかったけど、お前が必要なんだって言ってくれる人が目の前に現れて……。ただ、その人のそばにいたくて、その人のために何かをしたくて行動を起こすんです。誰かを想う気持ちって大きいじゃないですか。みすずは、とても芯のある、強い子だなぁって思いましたね。
必要とされるなら大胆な行動も……
Q:人に必要とされるなら、3億円を盗むかはともかく、あおいさんも大胆な行動に出るタイプですか?
出ると思います。その人が喜んでくれるのなら……。その人だけでなく、周囲の人もハッピーになることなら、わたしはやりたいと思うし、やれる人でありたいと思いますね。だから気持ちの中では一番大事なことかもしれないです。誰かに何かをお願いされたりとか、困っている人や泣いている友達がいたら、どれだけ自分が眠くても、どれだけ疲れていても、そこに飛んでいってあげられる人でいたいと思っています。そこで起こるパワーって、何ものにも変えられらないぐらい大きいと思うので大事だと思いますね。
Q:そんなみすずは劇中で「大人になんかなりたくないっ!」と叫びますが、あおいさんは?
わたしはゆっくり大人になりたいと思っているタイプで、早く大人になりたいと思うこともほとんどなく20歳になりました(笑)。いつかは大人になっちゃうんだから、子どもでいられる時間を大事にしたいと思っています。20歳なのでもう子どもではないんですけど(笑)。ただ、大人になりたくないとは思わないんですが、みすずの立場であんな大人たちを見てきてたら、わたしは大人になんかなりたくないって思っていたかもしれないですね。わたしの周りにはすてきな大人がたくさんいて、こうなりたいと思える人がたくさんいたので、みすずとは違いますね。
Q:10代を振り返ってどうですか?
10代後半は特に充実していたと思います。お仕事も本当に楽しくできるようになりましたし、やりたいことを自由にできるようになったので。
Q:楽しく仕事をするためには、あおいさんにとっては演じる役を好きになれるかも大事なんですよね。
大事ですね。それが例えば二股とかかけているような悪い子の役でも、好きになれれば楽しいですね。感覚とか勘ですよね。みすずの場合は、ほかの人が演じたら悔しいと思うほど好きでした。例えばわたしの友だちがみすずを演じるなら何とも思わないんですけど、これが自分とはまったくつながりのない人だったら悔しいと思います(笑)。だから、今回『初恋』に出られたことは本当にうれしかったんです。どの年代の方が観ても楽しめる作品になったと思います。3億円事件の話だけじゃなく、その裏には初恋の話があるし、登場人物の目線で観ても面白いと思うので、ぜひ映画館で楽しんでほしいと思います。
スタイリスト:横田勝広「D&N PLANNING 」
使用ブランド: F i.n.t/KALASSE/Jota
質問に言葉を選びながらゆっくりと答える宮崎あおいは、20歳になったばかりとは思えないほどの落ち着いたたたずまいが印象的だった。大きな瞳を輝かせながら今回の『初恋』に賭けた想いを熱く語る宮崎あおいの姿からは、劇中で演じたみすずが、自身にとって特別な役だったことがひしひしと伝わってきた。これまで「映画に愛された少女」と言われてきた宮崎あおいの、その愛される理由が分かった気がするインタビューとなった。
『初恋』は6月10日よりシネマGAGA! ほかにて公開。