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第8回こはたあつこ「スタント・ドライビング・スクールで1回転の巻」

うわさの現場潜入ルポ

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こはたあつこのうわさの現場潜入ルポ
「スタント・ドライビング・スクール」で1回転の巻

「取材・文・写真:こはたあつこ」
キキキーーーーーッ!!
 
車がものすごいスピードで走ってくる。そして、目も前で思いっきりスキッド(走行中に後輪の回転を止めてスリップしている状態)し、360度のスピン!
 
「オーケー、スコット!今のは、良かった。今度はもうすこし早めにハンドルを切っていこう。じゃあ、次はソニア! アクション!」
 
まるで、映画の中のカーチェイスを見ているよう。それもそのはず、ここはリック・シーマンのスタント・ドライビング・スクールの練習場。トランシーバーで生徒たちに指示を出しているのは、リック・シーマン、59歳。ハリウッドでは、カーアクションの第一人者として知られている有名人だ。彼のアシスタント・スタントマン・チームも、リックと一緒に生徒たちの様子をじっと見守る。映画のカーアクションを学びたい生徒たちがトレーニングを受けている養成所に潜入した!
リックの学校は、こんなのどかなところにある。練習場の前の道路。
リックの助っ人たち。みんなプロのスタントマンで、スリルと運動と車が好きな野郎ばかり。何かあると、すっ飛んでいく反射神経がすごい。向かって左から、ダレン、チーフ・インストラクターのジェレミー、そしてクリスとカール。
リック・シーマン。体にいいことは何もしていないそう。「一度、カイロプラクティックに行ったら先生に『あんたは手遅れです』とさじを投げられたよ。困ったもんだ! ははは!」と豪快。
リックの授業。もちろん野外で行われる。3人とも、真剣に聞いている。リックは、おもちゃの車を使って、ハンドルを切るタイミングなどを教える。
360度のスピンをやったばかりのスコットに、リックがアドバイスをしているところ。
キキキーッとスピンをするソニアの車。あまりの摩擦に、タイヤからもうもうと煙が出ている。3日間のコースの中に、2.3回タイヤを取り替えなければならないのもこれなら納得。
このタンクの中に水が入っていて、それを地面にまいて、スキッドしやすい状況をつくる。このあとの実習は「ぬれた地面での360度のスピン」。
いつもはひょうきんなモンティーも、デモンストレーションを見る表情はさすがに真剣。スタントマンとしてのキャリアは浅いが、とても筋がいい。『キャットウーマン』と『アイ,ロボット』に出ている
シュワちゃんのスタントをやっていたスコット。『M:i:III』や『チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル』などにも出演。さすが、40代のベテランだけあって、何をやっても、安定感がある。体に15か所の傷があるそうだ。
モンティー(オレンジ)、ソニア(青)、スコット(黄色)が乗る車。トランシーバーでリックからの指示を待っている。
スタント・ウーマンのソニア。メグ・ライアン顔負けって書いたのうそじゃなかったでしょ? スタイルも抜群! 飛行機映画『パニック・フライト』では、レイチェル・マクアダムスのスタント・ダブルに。今週末はスノボーに行くんですって。一日だけ、彼女になってみたいよー。
スタント・ドライビング・スクールのみんな。さすがスタントマン。みんな元気だ。
わたしが乗ったスタントカーの内装。かなり年季が入っている。これは、リックとその仲間がオリジナルで作った、スタント専用の車。良いスタントマンは、車のメカに強くなくてはいけないそう。
トラックの中に積み上げられてあるタイヤ。授業中に、交換が必要なタイヤをどんどん替えていく。
1転! 2転!! 3転!!! ぐるぐるぐるぐる目が回る~
ロスから車で1時間。山に囲まれたパームデールに、リックがこの学校を開いたのは、1997年のこと。一見、へんぴなところにあるが、まっすぐなレーストラックもあり、「カースタントなら、リックの学校に行け」とハリウッドの業界では評価が高い。実際、ここに来る生徒の80パーセントが、すでにプロとして活躍しているスタントマンだ。多いときで、年間100人ほどのプロが、もっとわざを磨くためにこの学校にやってくる。
 
コースはレベル1、2の2種類だけ。両方とも3日間で、値段は2,475ドル(約30万円)と安くはない。しかし、たったの3日間で、1台の車のタイヤを、2、3回は変えるそうなので、整備代もばかにならない。
 
今回のコースの生徒は3人。一人は、スコット。シュワちゃんの専属スタントマンとして『ジングル・オール・ザ・ウェイ』や『ターミネーター3』など、すでに数々の映画に出ている。もともとサーカス団出身の彼は、アクロバティックなスタントが専門。
 
続いてモンティー。カナダのバンクーバーから、わざわざこの学校の授業を受けにやってきた、若手のスタントマン。ビリー・クリスタルを思わせるひょうきんなタイプで、いつもみんなを笑わせている。『キャットウーマン』と『アイ,ロボット』への出演経験あり。
 
そして、ソニア。メグ・ライアンもかすんでしまうぐらいキュートなスタント・ウーマン。こんなにかわいいのに、女優になる気はさらさらないという。スタントをやっていたほうが「ずっと楽しいから」と言い、毎朝、日の出とともにサーフィンをする、根っからのスポーツ・ウーマン。出演作は『スパイダーマン2』や『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』シリーズがある。
 
今回のコースでは、「ぬれた道路でのスキッド」「180度、270度、360度のスピン」「高速バック運転」「高速で走ってきて、いきなり90度の角度でスキッドし、パーキングスポットに瞬時に入れる」などのテクニックを学ぶ。リックがおもちゃの車を使ってデモンストレーションをする。講義を聞く3人の表情は真剣そのもの。
カー・スタントの第一人者リックを直撃!
そもそも、リックが学校について考え始めたのは、40代後半になってから。当時のスタントマンは、自分の技術を秘密にする人がほとんどだった。当然リックもそうだったが、40代になってから「おれが65歳になったら、秘密にしておいた技術が一体なんの得になる? それなら、どんどん若手に引き継いで、業界で役立ててもらったほうがどんなにいいか」と考えたそうだ。今では、この学校出身のスタントマンの多くが業界で活躍している。
 
「自分の人生で一番いい選択をしたよ! ハハハ!」と豪快に笑い、タバコをおいしそうにふかすリックは、まるで荒野のカウボーイのよう。
 
スタントする際の心構えについて「大きなジャンプや、危険なスタントをするとき、緊張はしても、“恐怖”があっちゃだめなんだ。だから、恐怖がなくなるまでテストや練習をして、万全の準備をしないといけない。そして、本番では『このスタントをぜひやってみたい』という気持ちに変わってないとだめだ。」と語る。
 
今、ハリウッドで求められているスタントマンとは?
 
「監督に何が可能で、何ができないかを上手に説明できるスタントマンだね。最近は、より派手で危険なスタントが好まれる。でも、生身の人間が出来ることは限られている。だから、監督が求めるものを「こうすればもっと安全にできる」と上手にガイドできるスタントマンが必要なんだ。」
ドリフト走行にチャレンジ! 体当たり取材を敢行
「じゃあ、君もやってみるかい?」
 
リックの右腕であるジェレミーがそう聞いたとき、心臓が止まるかと思った。
 
自慢じゃないが、運転は2年前、ロスに来てから始めたばかり。しかも、カリフォルニアの免許を取るとき、実施で3回も落ちている。最近になってやっと、話しながら運転できるようになったのだから、カースタントがこれほど不似合いな人間もいない。
 
スタントの内容は次の通り。
 
まず、スピードを上げて、よきところに来たら、右足で、ブレーキを軽く踏む。つぎに、左についているサイドブレーキを、左足で思いっきり踏み潰す! すると後輪がロックされるので、その瞬間にハンドルを切って、車を180度、スピンさせるという“ドリフト走行”。
 
一通り、やり方を見せてもらったあと、今度はわたしの番。骨組みだけあるような、年季の入った、オリジナルのスタントカーに乗り込み、両肩と腰が収まるシートベルトをがっちりつける。
 
「さあ、スピード上げてー。」
 
助手席のジェレミーが言った通りに、アクセルを踏むと、車が広い練習場をグィーンと走り始める。ああ、このまま、フェンスに突っ込んでしまったら、どうしよう!
 
「ブレーキを軽く踏んでー……、そしてサイドブレーキを思いっきり踏んで、ハンドル切る!」
 
サイドブレーキを力いっぱい踏み込むと、とたんに、車はキキキーッと音をたてて、大きく回転する!
 
「きえーーーー!!! ジェットコースターみたあぁぁぁぁぁーい!」
 
し、信じられない! なんとこのわたしが、180度のスキッド・スピンをやってしまったとは!!
 
帰りの高速は、もうどうやって帰ったか、覚えていない……。
 
でも、体中の細胞が生き生きよみがえったような感覚がしばらく抜けなかった。もしかしたら、スタントマンが求めるのは、この感覚なのか。
 
……というわけで、今回のスタント・ドライブ・スクールの取材は、山に囲まれたレーストラックで、未知の体験や考え方に触れ、ものすごくリフレッシュできた一日だった。
 
そして、スリルと運動をこの上なく愛し、スターや俳優になることには何の興味もないスタント野郎たちに、ちょっとした憧れを抱いたのだった。
 
おーい、みんな、体にどうか気をつけて、これからもスリル満点のアクションシーンをよろしく!
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