「え!? こはたさんは、菊池凛子が今回絶対にノミネーションされるって言い切れちゃうんですか?」
「ええ、受賞するかは分からないけど、ノミネートはされるでしょうね。」
ここは、ビバリーヒルズにあるアカデミー事務局のロビー。時刻は1月23日(ロス時間)の早朝の4時過ぎ。これから約1時間半後の5時38分30秒きっかりに、今年のアカデミー賞のノミネーション発表が行われる。そのため、世界中から400人ほどのメディアが集まり、アカデミー側が用意した朝食ビュッフェをつまんだり、コーヒーを飲んだりしながら、このロビーで待機している。
わたしに質問したのは、日本の有名な新聞社の特派員。ロスは3年目という、活発で有能な感じの女性記者だ。「ノミネートされるって言い切れちゃうんですか?」と驚かれたので、もう一度自分のコメントについて考えてみた。
菊池凛子。ブラピが出演する『バベル』で始めて彼女を見たとき、「来た! 来た!! やっと、海外で活躍できる器の日本の女優さんが出てきた!」と彼女の強烈な存在感に感動したのを覚えている。菊池凛子は、ろうあの女子高生役チエコの怒りと不安を、全裸になることをものともせず、体当たりで演じていた。
わたしの周りのアメリカ人たちも、「アツコ、あの東洋人の女性は誰?」とわざわざ電話をかけてくる人もいれば、「彼女はホットだ!」とうなる男性もいた。
今まで、「海外進出」した日本の女優さんが何人かいたけれど、あまりピンと来なかった。確かに演技がうまかったり、美しかったり、英語が堪能だったりするのだが、こちらの社会でスターとして成功するための強烈な存在感に欠けているような気がした。アメリカはシャロン・ストーンのような女優がスターになる社会だ。北米で成功するには、何か強烈な存在感や個性が必要だと思う。日本人の女優さんで、そのような人が少ないのは、日本の社会がそういう強さを「きつい」と感じてしまうからだろう。
だから、日本の芸者を扱った映画『SAYURI』の主役が中国人のチャン・ツィイーになってしまったのだ。もちろん、チャン・ツィイーは素晴らしかったが、やはり、芸者の役は日本の女優にやってもらいたかった。10年以上も前から、「はやく、アメリカでも活躍できる日本の女優さんに出て来てほしい」と、思っていたわたしは、菊池凛子の出現を心から喜んだ。
わたしは、先ほどの日本の新聞記者にもう一度答えた。
「ええ、ノミネートされると思います。というか、ぜひ、ノミネートされてもらいたいですね!」
そんなやり取りをしているうちに、時刻は朝の5時20分になり、「2階の会場にお入り下さい」とのアナウンスが聞こえてきた。
「早く良い席を見つけなきゃ」と足早に2階の会場に行くと、普通のシアターほどの大きさの会場に、たくさんのテレビカメラや機材が設置されてあった。そして、前方の簡単なステージには、巨大な金色のオスカーが2体並び、5個のモニターがステージ上の壁に設置されてあった。
去年も取材で来たが、ノミネーションの発表自体は、あっという間で、確か5、6分だった。でも、このたったの5、6分かそこらの放送を、アメリカ全土でその日のニュースとして取り上げられるのだ。
さっそく空いている席をみつけ、カメラやメモの準備をする。
そして、いよいよ5時38分30秒。他の報道陣も固唾をのんで見守る中、アカデミー事務局の会長が登場し、さらっとあいさつをする。その後、すぐさま女優のサルマ・ハエックをステージに呼び、二人は発表体制に入った。
そして、なんと、一番最初の部門が、菊池凛子にノミネートされてほしい助演女優賞なのだ!!!
さあ、女優の名前が次々と発表される。
まず、最初に読み上げられたのが、『バベル』のアドリアナ・バラザ。彼女の顔が一番左のモニターに写る。菊池凛子と同じ作品に出演したメキシコの女優さんだ。次に『あるスキャンダルの覚え書き』のケイト・ブランシェット。彼女はすでに一昨年のアカデミー賞で、助演女優賞を受賞している。今年を含めると3回目のノミネート経験を持つ演技派だ。続いて『リトル・ミス・サンシャイン』の子役、アビゲイル・ブレスリンと、『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソン。あっという間に、残るは、たった一人となってしまった!
ああ、もしかしたら、菊池凛子はだめかもしれない。あの新聞記者にあそこまで強気で言わなければよかったか……?
だから、最後に「Rinko Kikuchi !」と英語で彼女の名前が聞こえてきた瞬間、わたしは思わず歓声を上げてしまった!
それは、意外と静かな会場で結構目だってしまったみたいで、周りの人たちが一瞬振りかえったほどだが、皆、「ああ、日本人のメディアの人だから、応援していたのね」と優しい表情。
その後、次々と候補者や作品の名前が発表されていったが、その度に、会場のいろいろな場所から、わたしのような歓声を上げる人たちがいた。メキシコ、スペインの作品や女優の名前があがると、メキシコ出身のプレゼンターのサルマ・ハエックまでが「イエスッ!」と喜びの歓声をあげていたのだから、やはり自国を応援したい気持ちは同じなのだろう。
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