『自虐の詩』中谷美紀 単独インタビュー
自分の半径50センチ以内で幸せを見ることができたら、それはすてきなこと
取材・文:シネマトゥデイ 写真:田中紀子
気に入らないことがあると、怒とうの勢いでちゃぶ台をひっくり返すイサオと、彼を献身的に愛する幸江の2人をコミカルに描いた伝説の4コマ漫画「自虐の詩」を映画化。イサオを演じる阿部寛とともに、絶妙な“夫婦演技”を見せるのは、『嫌われ松子の一生』『LOFT』など、話題作が続く中谷美紀。CGやギャグが満載でありながらも、最後には間違いなく号泣してしまう本作で、ヒロイン・幸江を演じた中谷に話を聞いた。
ロケ地大阪を散策しながら役作り
Q:幸江というキャラクターをどのように作り上げたのですか?
撮影前に少し時間があったので、監督たちが幸江の少女時代の撮影をする土地へロケハンにいらっしゃるというときに、ちょっとだけお邪魔しました。特別なことは何もしてないんですけれども、気仙沼の海があって、山があってという景色の中で、ああ、きっと水上げされたさんまを食べてたんだろうなとか、そんなふうに想像しながら……。それから、幸江が、イサオと暮らす大阪の飛田という街があるんですが、実際には、アパートの部屋ですとかアパートの前の路地っていうのはセットなんです。美術さんが、それはそれは緻密(ちみつ)に飛田という街を再現してくれまして。撮影前にこの街を足で歩いてみて、そこから何となくイメージをふくらませていったという感じですね。
Q:“シャブ中”演技というのも、中谷さんにとっては初挑戦だったのでは?
そうですね、実際にそれを体験してみるわけにもいきませんし、体験もしたくもないですし、あくまでも想像とか見聞から計るしかないので……。以前、仕事の都合でそういった方々の自助施設のようなところの方とお話させていただいたことがありましたので、そのときの記憶を思い出しながら演じました。
Q:ちゃぶ台をひっくり返すシーンは、どのように演じられたのですか?
何度も反復するシーンでしたので、堤監督もお客さんを飽きさせないようにとても気を付けていらしたようです。ひっくり返す阿部さんはもちろん、リアクションをとるわたしも、毎シーン違うことをしてみようというふうに考えて演じました。
大事な大事なだんな様
Q:遠藤憲一さん演じるあさひ屋の主人、阿部寛さん演じるイサオ……という2人のキャラクターに愛される役でしたが、2人に対する幸江の反応が面白いくらい違いましたね
遠藤さんって、声も渋くて、背もスラッと高くて、本当はとてもすてきな方なんです。にもかかわらず、“キモカワイイ”キャラクターになってしまって(笑)。でも遠藤さんのアクションを見ていればこちらのリアクションも、必然的にどうしても嫌々モードになってしまうというか……(笑)。あるいは、まるで視野に入っていない、というふうにどうしてもなってしまうんですよね。対するイサオさんは、やっぱり大事な大事なだんな様なので、物理的にも精神的にも傷つけないように、とにかくどんなにイサオがカリカリしていても荒れていても、やわらかく優しく包んで支える……というふうに心掛けました。
Q:イサオさんのような男性をどのように思いますか?
ビジュアル的にはとてもチャーミングだと思ったんですね。パンチパーマってこんなにかわいらしいものなんだって初めて思いました(笑)。とてもよくお似合いでしたので、いいなって思うんですけれど、自分が作ったお料理をちゃぶ台ごとひっくり返されたら、私だったら耐えられないだろうと思います(笑)。やはり、幸江さんは素晴らしい、懐の深い人間だと思いました。
Q:イサオを演じた阿部寛さんとの共演はいかがでしたか?
監督を信頼されていて、必要以上に何かをねじ曲げたり、介入したりせずに、寡黙にただイサオさんとして現場に立ってくださいました。なので、とても楽に演じることができましたね。
半径50センチ以内に転がっている幸せ
Q:本作には、貧乏ながらもとてもおいしそうな手作りのお弁当がたくさん出てきたのが、印象的でした。
質素ながらも本当に切り詰めて、やりたいことや、やらなくてはいけないことの多くを犠牲にしても、ちゃんとお食事は作ってあげたり、あるいは家事をきちんとしたりするのはすてきだと思います。きちんとぬか床をキープできている幸江さんは、朝食も、前の晩の残りではなく、きちんと毎朝ごはんを炊いているんだと思います。そのために、前の晩も炊き過ぎることなく、イサオさんがお茶わん何杯分食事を召し上がり、何回ちゃぶ台をひっくり返すのかというのを、大体計算してお米をといでいるんだろうと感じました。やはり、本来肉体を作り、精神を作るのは食べ物だと思うので、大事にしたいと思います。
Q:中谷さんにとっての幸せってなんでしょう?
この作品に携わるちょっと前にインドに行っていたんです。インドを旅する中で、貧しさが不幸とは直結していないのを感じました。インドにおける被差別階級の人々でもとても明るくて、身なりも整えていて、自分たちの手作りのカラフルな洋服をきれいに着ていて、本当に自信を持って生きている、そういった姿を見て、すべてを手に入れることが果たして幸せなのかどうかっていうことに気付かされたんです。ない中から生まれるものであるとか、追い求めたり期待したりすると、その分ガッカリすると思うんです。でも、求めなくなったときに、自分の半径50センチ以内に転がっている幸せを見ることができたら、それはすてきなことだと思います。
際立ったキャラクターたちの絶妙な掛け合いに抱腹絶倒しながらも、最後には、小さな幸せに号泣してしまう……。少女時代の幸江が撮影された気仙沼を訪れ、幸江がイサオと暮らす街を歩き続けたという中谷が演じる“幸江”には、つらい生い立ちが見え、彼女の悲しい人生が見える。自らの役が歩いてきた人生を体ひとつで表現し、観客を爆笑させて、そして泣かせられるのは、中谷しかいない。そんな彼女のすごさが分かるインタビューだった。
『自虐の詩』は10月27日より渋谷シネクイント、シネ・リーブル池袋ほかにて公開