『いけちゃんとぼく』蒼井優&西原理恵子 単独インタビュー
子どもでなくなった世代の心にキュンと響く作品です
取材・文:阿部奈津子 写真:高野広美
漫画家・西原理恵子が2006年に出版した絵本「いけちゃんとぼく」が実写で映画化され、西原の故郷・高知県で全編にわたってロケが行われた。主人公の少年・よしおのそばにいつもいて、彼をずっと見守っている不思議な生き物・いけちゃん。フルCGで生まれ変わったいけちゃんの声を演じた蒼井優、そして原作者の西原に、多くの大人が涙したこの感動ストーリーが誕生するまでの経緯や、いけちゃんという不思議なキャラクターの魅力などについて話を聞いた。
役をもらう前に原作を読んで、素直に泣きたかった
Q:お二人が並ぶと、何となく雰囲気や顔の感じが似ていますね?
西原:ええーっ! 親子くらい年齢違いますよ。でも、ありがとうございます。うれしくて、丼3杯くらいお替り食べられます(笑)
蒼井:わたしも、ありがとうございます。
西原:えっ、ホント?
Q:蒼井さんは初めて「いけちゃんとぼく」の絵本を読んだとき、どんな感想を持ちましたか?
蒼井:いけちゃんの声を演じることが決まってから読んだので、「えー、このキャラクターに声を当てるの?」というのが正直な感想でした。もっとフラットに読めたら、すごく素直に泣いていたと思うんです。でもそういう状況じゃなかったので。確かに読んでいてジーンとは来るのですが、ここに声を入れなくてはいけないというプレッシャーと、どうやったらいいんだろうという葛藤(かっとう)があって……。できれば、役をいただく前に読みたかったと思いました。
Q:この絵本はテレビ番組で絶対泣ける本の第1位に選ばれるなど、すごく評判がいいですね。
西原:普段マンガを描いていると、途中でいつも嫌になるのですが、この作品だけは何も考えずにスラスラ描くことができました。小さい男の子って必ずイマジナリーフレンドっていうか、想像の中の友だちって持っていますよね。男の子がボーっと考えごとしているときは、必ずそういうやつらが頭の中に来ているときですから。そんなことが本作のテーマになりました。
いけちゃんは息子の落書きから生まれたキャラクター
Q:いけちゃんのキャラクターは、西原さんの息子さんの落書きがモデルだとか。息子さんは何をイメージして描いたのでしょうか?
西原:おばけみたいなものじゃないかなあ。「これ何?」って聞いたら、「いけちゃん」って即答していました。いけちゃんって名前は多分、深作欣二監督の映画『仁義なき戦い 広島死闘編』に出てくる「いけいけどんどんじゃー!」ってセリフから来ているはずなんですが(笑)。
Q:その落書きからどのようにイメージが膨らんでいったんですか?
西原:男の人って、付き合っている女の人に自分の弱いところをしゃべりたがるでしょ。子どものころ、こんなつらいことがあった、あんな悲しいことがあったって。それって恋人にだけしゃべる話じゃないですか。わたし、今までいろんな男の人と付き合って、いろんな子ども時代のエピソードを聞いて、それが頭の中に入ったままになっていたんです。今、息子が男の子から少年になる時期に差しかかっているんですが、そんな息子を見ていたら、過去の恋人たちの言葉がパーッとよみがえってきたんです。まさに息子の背中を通じて、今まで付き合っていた人たちのつらかったことや、悲しかったことが一つにスパッとまとまって、ストーリーが出来上がったという感じです。
Q:母親ならではの発想だったわけですね。
西原:息子は僕のお父さんの話だと信じているみたいですが、お父さん以外の男の話も入っているんだよって感じです。その辺はちょっと秘密なんですが。
蒼井:ここで言ったら、ばれちゃいますよ。
西原:そうね、今のうちにお母ちゃん、言っときます。わたし、いろいろ薄汚い部分もありま~す。
Q:出来上がった映画を観たときの感想は?
西原:こんなへんてこな絵がちゃんと動くとは思いませんでした。でもうれしくて、孫の写真を見ているような気持ちでした(笑)。
女性的な声と中性的な声を使い分ける難しさ
Q:蒼井さんはいけちゃんを演じるとき、表現方法や声の出し方などでどんなことを心掛けましたか?
蒼井:いけちゃんはよくわからない生き物じゃないですか。なので、いけちゃんが何なのかわかってくるにつれて、女性的な声と中性的な声の間をゆっくり移動できたらと思って演じました。
Q:いけちゃんはときどき、テンションが上がって「ワー」と叫んだりしますよね。
蒼井:それをどこまでやっていいのか、わからなくて難しかったですね。とにかくテンションが上がったときのいけちゃんは大変でした(笑)。
Q:西原さんは蒼井さんのアフレコを聞いて、いかがでしたか?
西原:すごく良かったですよ。アニメ声も出るし、「キャー」ってすごく高い声も出るんでビックリしました。「蒼井さん、いけちゃんの雰囲気にとっても合っているね」って、大岡俊彦監督とも話してたんですよ。それにしても、こんなしょぼいキャラクターの声やらせちゃってすみません。蒼井さんが声を吹き込んでくださって、このしょぼいのが上等な品物になった気がします。
好きな人との幸せな最期を思い浮かべて
Q:実際にいけちゃんみたいな存在がそばにいたら、蒼井さんどうですか?
蒼井:悪いことしなくなるでしょうね(笑)。誰かに見られていると思うと、理性が働きますから。その点、映画の中のよしお君はすごいと思います。いけちゃんが近くにいるのに平気で悪いこと、たくさんしますから(笑)。
Q:最後に、この映画をどんな人に観てほしいですか?
蒼井:すてきなファンタジーに仕上がっていて、キラキラした子どもたちがたくさん出てきます。彼らのしぐさを見ているだけで胸がキュンとします。原作は絵本ですが、子どもではなくなった世代にこの作品の面白さはぐっと心に響くと思います。そんな大人の方々に観ていただけたらうれしいです。
西原:わたしはぜひ、好きな人と観てほしいと思います。好きな人ができても、ずっとうまくいくわけじゃないですし、その後もいろいろ大変じゃないですか。だからこの映画を観て、ちょっと心をホッとさせてほしいですね。二人の最期はこうだったらいいななんて想像しながらね。
蒼井:そうですね。好きな人がいる人は、好きな人と一緒に観てほしいですね。
一語一語かみしめるようにおっとり話す蒼井と、ギャグ連発の弾丸トークを繰り広げる西原の対比が実に面白いインタビューだった。でも、二人の心底の部分には共通したものがあるようで、西原ワールドの不思議キャラクター・いけちゃんの声を蒼井はまさにはまり役といった感じで、みずみずしく透明感たっぷりに演じ切っていた。好きな人の子ども時代を見てみたい……そんな大人たちの純粋な思いが根底に流れているこの作品。最近、心が乾いていると感じている人は必見だ。きっと、忘れていた何かを思い出させてくれるのではないだろうか。
『いけちゃんとぼく』は6月、角川シネマ新宿ほかにて全国公開