『ディア・ドクター』笑福亭鶴瓶&西川美和監督 単独インタビュー
罪じゃない、いいうそもあるんです
取材・文:斉藤由紀子 写真:高野広美
『ゆれる』で数々の映画賞を総なめにした西川美和監督が、待望の新作を完成させた。山あいの小さな村を舞台に描かれる『ディア・ドクター』は、希代のエンターテイナー・笑福亭鶴瓶の初主演作となる、ミステリアスかつユーモラスな味付けの人間ドラマ。村人たちから信頼される献身的な医師でありながら、ある秘密を抱えて失踪(しっそう)してしまう主人公を熱演した鶴瓶が、西川監督とともに作品への思いや撮影の裏話などを明かした。
周囲からの評判は上々!
Q:まずは、完成した作品をご覧になった感想からお願いします。
鶴瓶:それがね、映画自体は素晴らしいと思うんだけど、自分の演技が気になってしまって、落ち着いて観ていられないんですよ。
西川:鶴瓶師匠は、ほかの役者さんのシーンでばかり笑っていましたもんね。
鶴瓶:そう、自分以外のところは普通におもろいなぁと思うんだけどね。でも、僕が信用している人たちは、映画を観てすごく良かったって褒めてくれるんですよ。ダメな作品だったら、「あんなん出たらあかんで!」って正直に言ってくれる人たちなんでうれしいです。
西川:わたしは、そんな風に誰かに言ってもらえて、初めて「ああ、良かった」って思うんですよね。
Q:主人公の伊野は、尊敬される医師であると同時にとんでもないうそつきという、複雑なキャラクターでしたね。
西川:伊野は、目の前にいる人のために、その人のいいようにしてあげてしまう性分なんですよ。それは、善人であるとか良心とか愛とかで定義されるものではなくて、人間の持っている本能の一つだと思っているんですけど、実は鶴瓶師匠にもそういうところがあるんです。師匠のお父さんも人を喜ばせるのがお好きだったんですよね。
鶴瓶:そう、うち昔は貧乏やったんですけど、オヤジが町内会を仕切っていたんですよ。町内のみんなを旅行に連れていってあげたくて、うさんくさいバス会社に頼んだんですよ(笑)。で、僕より一つ年上の子から、「おっちゃん、この間はありがとう、楽しかったわ」って言われて、また来年も連れていってあげなあかんなって張り切ったりして。その顔がすごくうれしそうでね。そんなオヤジを見て育っているから、僕も似ているんでしょうね。
鶴瓶師匠のついた罪のない、いいウソって?
Q:監督は、鶴瓶さんの資質を見込んで伊野の役をお願いしたんですか?
西川:最初は深く考えずに役をやってもらったんですけど、偶然なのか、鶴瓶師匠も本能的に人に合わせてしまう要素を持っている方で。撮影から1年近く経っていますが、最近、師匠って伊野だったんだと思うことが増えました(笑)。
鶴瓶:僕は、演じた後からどんどん伊野になっているんですよ。この作品に「そのうそは、罪ですか」っていうコピーがあるでしょ。僕も監督のそばでうそをついたことがあるんです。この間、スタッフのみんなと食事したとき、店からごっついキャラのおばちゃんが出てきて、「鶴瓶さん、カヨちゃんって知ってる? すごくお世話になったんです!」って言うから「知ってるよー」って答えたんやけど、実はまったく知らなかった。
西川:ええ!? すごく自然にお話していましたよね!
鶴瓶:僕をほかの芸人さんと間違えていたんでしょうね。でも、おばちゃんに恥をかかさないように話を合わせていたんです。このうそは罪じゃない。いいうそなんです。
西川:なるほど、そこで本当のことを言って何になるんだと。
鶴瓶:そうそう。まさに伊野なんですよ(笑)。
笑いの演出は鶴瓶が担当!?
Q:『ゆれる』とは異なり、全編にユーモアが散りばめられた本作ですが、この作風は監督が始めから意図されたものですか?
西川:最初からそうしようと思っていました。『ゆれる』で評価されたことの反発もあったというか。ああいったキツくて重い作品を作ってほしいという人もいると思いますけど、それだけが映画ではないし。明るくて楽しいものも好きなんですよ。
鶴瓶:前半は本当に面白いよね。言うたら笑いの連続みたいな。それがあるから後半のドラマが生きてくる。
西川:でも、師匠を前にして言うのも何ですが、人を笑わせるのって難しいと思うんですよ。前作は、テーマ的にも笑いの要素を入れるのが難しいからやらなかった。今度はもっと楽しい映画が作りたかったんです。
Q:本当に、コミカルなシーンとシリアスな展開とのバランスが絶妙でした。
西川:『ディア・ドクター』もテーマ自体は重たいし、病気や老いや死をどう受け止めるのかという話なので、だからこそ楽しい装いにしないと観るのがイヤになってしまうかと。でも、実際は俳優さんたちの力に頼ってしまう部分があって、いくら華があってカッコいい役者さんでも、おかし味のようなものが自然ににじみ出てくるようなタイプでなければ、ちょっと難しいと思っていました。そういう意味では、前半は鶴瓶師匠が現場で演出されたといっても過言ではないですね。
鶴瓶:いや、僕もフリーの笑いはできますけど、映画の笑いは難しいですよ。決められた映像の中での笑いっていうのは、間をちゃんと出さないとあかんから。ほかの役者さんたちとの間合いっていうのはね、一つでも外れるとダサいものになるんですよ。
西川:そうなんですよ! だから、カメラの前では面白くても、編集でカットのタイミングを間違えたらダメになってしまうし、カメラの位置で台なしになることもありますよね。今回は、わたしの演出というよりも、鶴瓶師匠の芸人さんとして培われたユーモラスなしゃべり方やコミカルな動きに、すごく助けられたと思っています。
日本の地方から世界の観客に向けて
Q:茨城県常陸太田市の撮影現場では、地元の方々の温かい協力があったそうですね?
鶴瓶:撮影に協力してくれた地元の皆さんを、僕がしっかり掌握していましたから(笑)。今でもお付き合いしている人もおります。
西川:鶴瓶師匠がすべての人にファンサービスをしてくれたんです。
鶴瓶:いい映画を作るためでもあるんですけど、もともとサービスしちゃう性格なんで、ちょうど良かったんじゃないですかね。撮影中は、地元でコンビニをやっているご家族が、僕らのために昼と夜それぞれ70食分の弁当を用意してくれたんです。1日140個ですよ!あの店、僕らがいなくなって、もぬけの殻になっているんじゃないですか(笑)?
Q:本作は8月に開催されるモントリオール世界映画祭に出品されますが、お気持ちはいかがですか?
鶴瓶:とにかく楽しみです! モントリオールという街も楽しみだし、映画祭自体も楽しみだし、役者としていくから芸をする必要もないしね(笑)。
西川:賞が取れるかどうかなんてどうでもいいんです(笑)。映画って国境を越えやすいですよね。わたしもいろんな外国映画を観てきたし、どこの国の人が観てもわかるように工夫して工夫して映画を撮っているんです。だから、モントリオールのような大きな映画祭で紹介してもらって、一人でも多くの人に観てもらえるのを楽しみにしています。
一緒にいるのが楽だと語る鶴瓶と西川監督の間には、親子や恋人同士のような親密な空気が流れていた。インタビュー中は、鶴瓶の絶妙なトークに笑いが絶えず、流れるような話の展開とオチに感心するばかりだ。さすがは日本を代表する噺(はなし)家である。そんな天才芸人を主役に迎えた『ディア・ドクター』は、西川監督ならではの深い心理描写と情感あふれる演出で、観終わった後に思わずホロリとさせられる。人間や物事の二面性を鋭く切り取りながら、優しさと笑いに満ちた本作は、海外でも大きな反響を集めるに違いない。
『ディア・ドクター』は6月27日よりシネカノン有楽町1丁目ほかにて全国公開