『ゼロの焦点』中谷美紀 単独インタビュー
自分が得たチャンスを簡単に無駄にしてはいけない
取材・文:鴇田崇 写真:尾藤能暢
「砂の器」「点と線」などと共に人気が高い松本清張の同名原作を映画化した『ゼロの焦点』に、『嫌われ松子の一生』で数々の映画賞に輝いた中谷美紀が出演した。神懸かり的な美しさと、女性の自立のために尽力する革新的な行動力の裏に、深く強い思いを秘めた社長夫人・室田佐知子を熱演した彼女が、本作が現代に投げ掛けるメッセージについて語ってくれた。
犬童監督は女性目線で気持ちを語ることができる
Q:本作に参加することが決まったときの感想は?
松本清張さんの生誕100年ということがあるにせよ、たくさんある松本清張さんの作品の中で、なぜ今「ゼロの焦点」なのだろうと思いました。わたし自身、清張作品に携わることが初めてだったということもありますが、犬童監督が書かれた脚本をちょうだいして、監督は本当に女性を描きたいのだという熱意が伝わってきましたので、それに応えたいと思いました。
Q:犬童監督は女性の心情を巧みにすくい取る名手として定評がありますよね。
そうですね。本当に驚きました。男性の監督は、思考がマッチョな方か、もしくは過度に女々しい方が多いですが、犬童監督はそのどちらでもなく中性といいましょうか。また、原作がある、あるいはご自分で脚本を書いていない場合に、作品における女性像と監督自身が思い描いている女性像に隔たりがあることがありますが、犬童監督は女性と同じ目線で心情を語ることができる方。とても稀有(けう)な存在の方だとも思いました。
Q:佐知子に対するイメージは、中谷さんと犬童監督とで違いましたか?
犬童監督が目指していらっしゃった方向は最初におうかがいしていたので、その上でわたしが提示した演技を少し修正していただきました。それほど誤差はなかったように思います。
佐知子のような女性たちが闘ったからこそ今の自由がある
Q:佐知子という女性はどのような人物だと思って演じられましたか?
非常に上昇志向が強いといいますか、そうならざるを得なかったとは思いますが、いろいろなものを背負い込んでしまうタイプの女性だと思いました。ゴールに絶対に到達しなくてはいけないという切迫感がなかったら、あのような生き方にはならなかったと思います。佐知子という人は、高い山を登ってしまう性格の人だと思いました。わたしたちは佐知子のような女性たちの恩恵を受けていて、声高に叫ばなくても女性の自由というのはある程度保障されていますよね。本当に男女平等かといえば、きっとそうではないでしょうし、本当の平等を求めたところで、かなわぬことかもしれないですが、今のわたしたちは、彼女たちのような人がいたおかげで、本当に自由を享受していると思います。
Q:最初の質問でなぜ今清張作品、「ゼロの焦点」なのかということを思われたとおうかがいしましたが、公開を迎えた現在、その疑問に答えは出ましたか?
勝手な個人的解釈ですが、現代は夢ややりたいことが見つからないとおっしゃる方が多いとよく言いますよね。女性でも男性でも仕事で辛抱できなかったり、ほんの数年間頑張って働くことすらできなかったりという話をよく聞きます。その背景には物や情報があふれていて、甘やかされて育った功罪、弊害があるような気がします。あくまで主観で、特定の誰かを批判するつもりはないですが、『ゼロの焦点』の時代の女性たちは、自分たちの権利を求めて必死に闘いました。彼女たちのような人がいなければ、わたしたちの今の権利はとても保障されていたとは思えません。当時の女性の苦しみや悲しみに触れることで、わたしは今、自分がいかに恵まれているのかということを改めて考えさせられました。
Q:中谷さんご自身と佐知子には共鳴する要素が多そうですね。
仕事場でしょっちゅう眠いとか、お腹が空いたとか言っていますが(笑)、わたしも与えられた仕事は、全うしたいと思っています。ですから、自分が得たチャンスを簡単に無駄にしてはいけないと思いながら、毎回の仕事に臨んでいます。
相手のことをすべて知ろうとすることは支配につながる
Q:広末涼子さん、木村多江さんとの共演はいかがでしたか?
広末さんは瞬発力の高さ、本番一瞬に賭ける集中力にたけている方だと思います。天才肌なのではないでしょうか(笑)。木村さんもとても集中力の高い方でした。お二人とも本当に柔和な方なので、ガツガツしていなくて過ごしやすく、楽にさせていただきました。お互いに必要以上の干渉をせず、各々のペースを配慮しながらも、話を始めればいつまでも他愛もない話をしているような関係でした(笑)。実際に目と目を見て演技をして、そこでエネルギーが回るか回らないかで俳優たちの充足感が変わってくると思います。『ゼロの焦点』に関しては、こちらが投げたものをキャッチして何倍にも返していただける、こちらも受け止めてそれをきちんとお返しするというエネルギー交換がスムーズに行なわれた現場で、本当に幸せな瞬間でした。
Q:ヒロインの禎子や佐知子の夫は愛する人のすべてを知りたいがために行動を起こしていきますが、その行動は理解できますか?
その考えは支配にもつながっていくように思います。禎子の場合は当然だと思いますが、相手の領域にどこまで踏み込んでいいのかということは、友人関係であっても家族であっても職場の人間関係においても、やはりある程度の距離が必要なのではないでしょうか(笑)。密接な関係を望む方もいらっしゃると思いますので、正しい、悪いなどと申し上げることはできませんが……。
逆にご自身のすべてを知ってほしいと思いますか?
思いませんね(笑)。やはり人それぞれだと思うので、人のことは人のこと、自分のことは自分のこと……とまでは言いませんが(笑)、すべてを理解していただこうということは傲慢(ごうまん)だと思いますし、すべてを理解しようと思うことも傲慢(ごうまん)だと思いますね。かといって、無理に境界線を引くことはないと思いますが(笑)。
作品を通じて本当の幸せとは何なのかを実感
Q:今回の『ゼロの焦点』では出演の前後で何かご自身の中で変化はありましたか?
本当に普通の幸せが一番だと思いました。何か高望みするのではなくて、当たり前の日常が一番幸せであって、一番手に入りにくいものだと思いますね。この作品を通じて、そんなことを思いました。人間はどうしても欲張りなので、いろいろなことを思ってしまいます。そういうことを止めたら、仏や死の境地に近くなるのかもしれないですが、欲張り過ぎても、幸せから遠のいていくのかな(笑)。佐知子の生き方も、ある意味で欲張りでした。人のためと言いながら、自分のエゴを満たしていく。ほどほどのところでセーブするのは難しいですね。
Q:最後に中谷さんから一言メッセージをお願いいたします。
モノや情報があふれている今だからこそ、悩める女性たちにご覧いただきたい作品になりました。ちょっと疲れた日常から一瞬でも離れることができるのが娯楽映画の醍醐味(だいごみ)ですが、今ご自身が置かれている状況を少し見つめ直す機会を『ゼロの焦点』は与えてくれると思います。
女性が政治に参加する新しい社会の創造を目指して闘った室田佐知子を演じて、現在の自分の状況を再確認したという中谷。世は空前のミステリーブームで、松本清張原作の『ゼロの焦点』も同じジャンルに組み込まれるが、本格ミステリーを楽しみながらも、中谷自身も感じたように、なぜ今『ゼロの焦点』なのか? を性別や年代を問わず、劇場で考えてみてはいかがだろうか。
映画『ゼロの焦点』は11月14日より全国公開