映画『さや侍』松本人志監督 単独インタビュー
ラストはほんま楽しみにしてもらいたいですね
取材・文:シネマトゥデイ編集部 森田真帆
映画『大日本人』『しんぼる』などで海外でも高い評価を受けている松本人志監督が、新たに挑戦したのは、完全オリジナルストーリーの時代劇『さや侍』。脱藩した武士が、母を失い心を病んだ若君を、30日の間に笑わせれば無罪という“30日の業”に処され、たった一人の娘と共に奮闘するストーリー。主演男優にまったくのド素人である野見隆明を抜てきし、まさにイチかバチかの大きな賭けに挑んだ松本監督が、撮影の裏話、そして新境地に挑んだ心境を“松本節”全開で語った。
素人のおっさん主演俳優・野見隆明のキャスティング
Q:主演の野見さんについて聞かせてください。
フジテレビで昔、「働くおっさん劇場」という番組をやっていて、そのときにキャラクターの強いおっさんに、おもろいことをしてもらっていたんです。その中でも群を抜いていたのが、野見さんだったんです。そのときから「いつかこの人で何か撮りたい」というイメージが、頭の片隅の片隅にあったんです。
Q:板尾創路さんも、全編にわたって素晴らしい演技を見せていました。
僕らの会議の中では、当初板尾は、ポーカーフェイスがすごくいいということで、お殿様を演じる話も出たほどでした。でもあるとき、本人の方から、「門番をやってみたい」って言ってきたんです。そのときに、「そうか、ちょっと待てよ」と、いろいろと自分の中で頭を整理したんです。そしたら、確かに完全に素人の野見さんをアシストしてくれる人が必要やな、それはたぶん芸人さんじゃないと難しい、そう考えると板尾は適役なのかなと思ったんです。そっからはもう、「よし、わかった」ということで決めさせていただきました。板尾は、ほんまに上手になりましたよね。僕も、今まで何本も板尾が出演している映画を観ているんですが、撮影の途中で、「板尾、うまなったなあ。こんなにできるんや!」と思いました。
30個以上用意した、「30日の業」!
Q:面白いことをして殿様を笑わせるという30日の業のネタは、ちゃんと30個用意されたんですか?
本当は映画なんで、割愛することも可能だったんですけど、どうせなら本当に30日分やってみようか、ということで、映画の中のネタは、設定上は数えたら30個になっていますよ。実際は、30以上やっているんですけど、面白くないのもあったんでそれはカットしました。
Q:面白くないものもあったんですか?
ほんっとに、難しいんです。調子に乗っちゃうんですよ、あの人。周りがウケると、どんどん調子に乗って、面白くなくなってしまう(笑)。ちょっと怒ったくらいの方が面白いんですけど、それはそれでナーバスになってしまうので。だからその辺のアメとムチが本当に難しかったですね。
Q:30日の業は、いろいろな仕掛けが出てきて、すごかったです!
美術にお金をかけられるのは、主演俳優にお金がかからないってことがかなり大きいですよね(笑)。
Q:ちなみに、あのネタは全部野見さん本人がやっているんですか?
やっています! あの人は、全部ガチなんです! オエッていう声も、ヘビにかまれたのもガチ。例えば、ふすまをバンバン倒していったりするのも、「ふすまいっぱい倒して、向こう側の男の子にカステラ渡して」って言われて、必死にやっている。だから、ひざから血が出ているのも、カステラ渡すとき、ちょっと手がプルプル震えているのも、全部マジなんです。
野見さんが、役者に目覚めたラストシーン
Q:ラストシーンは明かせないと思いますが、観た方はきっとびっくりされると思います。あのシーンはどのように演出されたんですか?
ラストシーンの撮影あたりで、この撮影も佳境を迎えていることをどこかで感じたみたいでね。まるで捨てられる犬のように、「そろそろ終わりか……」っていう直感が働いたみたいなんですよ。そのときから顔つきが本当に変わって、役者になったんです。
Q:野見さん、最高の笑顔が出ていましたね。
あれも賭けだったんですけどね。やってみたら、意外にうまくいった。あの人の笑顔って微妙なラインなんですよね。どんどん歯がなくなっていくし(笑)。
Q:エンディングは、胸にしみるものがありました。意外な方にオファーしたそうですが?
僕は、彼が本当に大好きで、彼に絶対出てもらわなあかんって思っていたんです。だから、手術明けでしたけど、つえをついて、君しかいないって、直接お願いしに行ったんです。ラストは僕と彼の共作です。ほんま楽しみにしてもらいたいですね。
笑いになるか? 感動になるか? 紙一重の挑戦!
Q:撮影中は、入院されたり、ご苦労の連続でしたね……。
そうですね。僕も手術明けで、完治した状態ではなかったので、結構大変でした。いつものことなんですけど、レギュラー番組に加えて、ちょうど年末で特番の収録なんかも抱えていたので……。
Q:今回は後半にかけて、内容がシリアスになっていきますよね。バラエティーとのバランスは大変じゃなかったですか?
なかなかチャンネルの切り替えが難しくてね。もちろん体調が悪かったのもあるんですが、本当に今回に関しては気持ちの切り替えが一番大変でした。
Q:松本作品としては、まったく違うテイストの作品となりましたが、撮影を振り返っていかがでしたか?
いやーでもやっぱり、なかなか思うようにいかないことも多いし、スタッフも野見さんを調子に乗せないように、笑いをこらえながらでしたから、大変でした。本当にどんなラストシーンになるかわからない、紙一重の撮影の連続だったので、今思い返しても無謀な映画だったと思います。
「本当に大変でした」と、何度も繰り返しながら、主演の“おっさん”野見隆明の話をしている松本監督は、とにかく楽しそうに笑っていた。きっと現場でも、こんなふうに楽しそうに笑っていたのではないだろうか? 映画の前半は、つい松本監督と同じようにくすくすと笑ってしまうシーンが多い。しかし、クライマックスにかけての野見の変化、彼が呼び起こす感動は、監督のみならず、きっと観客も予測できないだろう。松本監督が放つ、時代劇エンターテインメントは、泣けて笑える、最高の感動作になっている。
(C) 2011「さや侍」製作委員会
映画『さや侍』は6月11日全国公開