映画『草原の椅子』佐藤浩市、西村雅彦、吉瀬美智子 単独インタビュー
世界最後の桃源郷で新たな一歩を踏み出す大人たちの物語
取材・文:前田かおり 写真:吉岡希鼓斗
宮本輝の同名小説を『八日目の蝉』の成島出監督が映画化した『草原の椅子』。人生の岐路に立った男女3人が、育児放棄をされて心を閉ざした4歳の少年と共に、世界最後の桃源郷といわれるパキスタン・フンザへの旅で新たな希望を見いだすまでを描く。50歳を過ぎて友情を育むことになる主人公の遠間、富樫と同世代の佐藤浩市と西村雅彦、そしてヒロインの貴志子を演じた吉瀬美智子が、大人の寓話である本作への思いを語った。
問題を抱えても人生を前向きに生きていく
Q:テーマとしては不況によるリストラ、母親による育児放棄など、非常に重たいものをはらんだ作品ですね。
佐藤浩市(以下、佐藤):確かに、内包しているものがたくさんあり、(少年の母親役の)小池栄子さんのセリフにはドキっとさせられるものがあります。だけど、人間って問題を抱えてない人はいないわけで、それでも人生を前向きに生きていかなくちゃ仕方ない。本作はそういう人間賛歌にもなっています。
吉瀬美智子(以下、吉瀬):そうですね。最初、台本を読んだとき、子どもが虐待されていたくだりがあるので映画として重たくなるのかもと思ったら、見終わったときに明るくなれるというか。全然、違う気分になれましたね。
Q:佐藤さん、西村さんは役柄と同世代ですが、50歳にして人生を見つめ直した彼らに自分自身を投影することはありましたか?
西村雅彦(以下、西村):特別そういうことはありませんでした。ただ、僕が演じた富樫は、誠実で、物事に逃げないで立ち向かっていくところがあり、とても共感できました。本作にはそんな富樫や遠間と違って、厄介なものから目を背ける、放棄するという人も登場しますが、その対比を見ると、改めて自分の50歳を考えるきっかけになりました。自分は逃げるのか、それとも問題を受け止めて立ち向かっていこうとするのかってね。僕自身は前を向いていきたいです。恐怖にかられて逃げたくなるときもあるけれど、逃げていてもそこに気分の良さって感じられませんから。苦しみから脱け出した後の解放感というか達成感というものに喜びを感じたいです。
佐藤:最後、遠間は50歳を過ぎて新しい未来を構築しようとします。だけど、確かな未来なんてないし、そんなことは誰もわからない。でも、仮にうまくいかなくなったとしても、遠間たちはフンザで人生の再スタートを切った、その立脚点に立ち戻るんだろうなと思うんです。僕自身のことを言うと、自分が今ここからまた新しいスタートを切るということはなかなかできない。だからこそ、遠間たちを「頑張れ」と応援したいですね。
Q:吉瀬さんは心に深い傷を抱えた女性を演じていますが、共感するところはありましたか?
吉瀬:ええ。「(物事を)難しくしているのは自分だった」というセリフがあるんですが、実は自分にもそういうところがあるんです。貴志子は、それを砂漠に捨ててきたから、新しいスタートを切ることができたんですよね。わたしにも似たようなことがありました。
描かれているのは、男性の夢や願望!
Q:本作では、50歳を過ぎて男性2人が友達になるということがドラマの軸になっています。同世代の男性としてはどのように感じられましたか?
西村:実際にはない話だと思うんです。でも、映画を観てくださった方がそこにうそを感じなかったのであれば、「ああ、こういうことが自分にあったらいいな」という願望があるからではないかと思うんです。僕自身もそういうことがあったらいいなと思いますね。だけど、自分が誰かに突然「親友になってくれ!」と言ったら絶対に拒否されるだろうし、実際に行動に移すのは怖いですけど(笑)。
佐藤:僕も現実的には難しい話だと思います。もっとも遠間の場合はしがらみがあるんですよね、富樫は取引先の社長ですから。でも、彼とのことと並行して、圭輔(心を閉ざした少年)や貴志子とのことが起こる中で、富樫に頼らざるを得なくなる。二人が親しくなっていく過程は、台本の中で成島監督が無理なく進めてくれたと思うので、僕も演じていて、途中からうらやましくなりましたね。
Q:中年男性にとって貴志子は理想の女性の象徴ではないかと思いました。遠間が雨の日にタクシーの中から貴志子を見掛けて、そのまま後を追うシーンもありますよね?
吉瀬:成島監督が「貴志子が雨の中に飛び出すシーンに、男はほれるんだ」「飛び出す瞬間が大事だ」っておっしゃっていて。どうも、男性はその一瞬にほれるらしいんですよ。だけど、女子にはその男性の心理はイマイチわからなくて(笑)。
佐藤:遠間はそのとき、目で貴志子の姿を追っているけれど、タクシーも動き出すから「ま、そんなもんだよね、縁なんてないよな」と思う。でも、貴志子が店に入っていくところが見えて、ふっとスケベ心が動いて。思わず「ちょっと止めてください」と言ってタクシーを止めて、店に入っていく。この間、雑誌のインタビューで30代ぐらいの若い記者から「僕らには、あれはできません」って言われたんですよ。でも僕らの世代だと、思わず車を止めちゃう。で、同じ店に入ったからって、いきなり「名前、何?」ってナンパするわけじゃなく、「ああ、そうかそうか、こういう店の人か」と一通り見て帰るつもりだった。なんか、そんな小っちゃなスケベ心がかわいい。自分で言うのもなんだけど「かわいい」って思えないと、「何、このスケベオヤジ」で終わっちゃいますから(笑)。
西村:ハハハ(笑)。
子役くんは大人泣かせ!?
Q:圭輔を演じた子役・貞光奏風くんの目の表情には驚きましたが、まだ幼く、初めての映画ということで現場ではかなり苦労があったと聞きました。
佐藤:確かに、すごい目力ですよね。でも、全く演じたことがない子だから何も考えていないし言うことも聞かない。途中から、一つぐらい年上の女の子を入れて対抗意識を燃やさせようとしたり、「壁を見て」と言っても見ないから、そこに仮面ライダーみたいなものを置いたり、演じさせるためにいろんなことをやりましたよ。ホントね、忠犬ハチ公の映画を撮っているんじゃないかと思うくらい(笑)。
西村・吉瀬:(爆笑)。
佐藤:そうですよ。ロケ現場の写真などを見ると、僕の膝の上に座っているものがあるでしょ。懐いて座って、かわいらしく見えるけれど、現場では偉そうにというか……(笑)。
西村・吉瀬:(大爆笑)。
佐藤:でも、それだけ苦労した分、情が移ったというか、映画の中と同じように愛情を感じることができた。これは演技に慣れた子役とでは生まれなかったものだと思いますし、彼のおかげです。
Q:最後に、映画のココを楽しんでほしいというポイントを教えてください。
佐藤:人が人を思い合い、人と人が関わり合っていく中で生まれるものは「1足す1で2 」じゃなく、それ以上のもの、ということを持って帰れる映画だと思うので、いろんな人に観ていただきたいですね。
西村:成島さんが作る映画はほとんどそうだと思うんですが、真実味があふれていてうそがない。観てくださる方が自分の現実と照らし合わせて、共感できる部分をいっぱい持ってもらって、最終的には映画の世界の住人として、フンザの地に立った気分になり、希望の光を感じていただけたらうれしいです。
吉瀬:人によって、いろんなことを感じ取れる作品だと思います。そして、このフンザの景色はこの映画でしか見られないので、ぜひ劇場の大きなスクリーンで観ていただきたいと思います。
『風の谷のナウシカ』のモデルという説もあるロケ地・フンザ。フンザまでは、パキスタンの首都イスラマバードから約30時間もバスに揺られる過酷な旅になったという。だが、そうして撮った広大な砂漠でのクライマックスは観客の心を揺さぶる。取材が終わり、立ち上がった佐藤が「2度、観るといいんですよ。本当に僕は1度目よりも良かった。何か、味わい深いものがあるんです」としみじみと語った。彼のその言葉を心に留めて、劇場で本作をじっくりと楽しんではどうだろう。
(C) 2013「草原の椅子」製作委員会
映画『草原の椅子』は2月23日より全国公開