『フライト』デンゼル・ワシントン 単独インタビュー
自分で自分を完璧だと思ったら、そこから進歩は生まれない
取材・文:斉藤博昭 写真:金井堯子
あわや墜落寸前という旅客機で、背面飛行まで試みて、奇跡の不時着を成功させたパイロット。犠牲者は最小限に抑えるものの、彼に信じ難い「疑惑」が浮上する。英雄から一転し、犯罪者のレッテルを貼られる映画『フライト』の主人公は、ハイレベルな演技力が要求されるが、見事に応えたのが、デンゼル・ワシントンだ。本作の名演技で、4度目のアカデミー賞主演男優賞ノミネートも果たしたデンゼル。誰もが認める名優が、複雑な役へのアプローチから、仕事への取り組み方までを語った。
上下逆さまのセットで背面飛行撮影を体験!
Q:これまでもさまざまな「職業」を演じてきたあなたですが、今回、パイロット役ということで、航空会社の協力でフライト・シミュレーター(模擬飛行装置)を体験したそうですね。
パイロットのシミュレーターを体験させてもらって、「この機械が欲しい!」と思ったよ(笑)。おもちゃとしては最高に楽しいんだ。ただ現実では、初めて飛行機に乗ったのはティーンエイジャーのころで、少年時代、とくにパイロットになりたいという夢はなかった。(以前に映画『サブウェイ123 激突』で共演した)ジョン・トラヴォルタみたいに子どものころからの「空を飛びたい」という夢をかなえた人に実際の操縦は任せて、僕は彼の助手席に乗せてもらいたいね(笑)。
Q:飛行機が背面飛行するシーンで、360度回転するセットを使って撮影したというのは本当ですか?
ああ、本当だよ。コックピットの内部がぐるっと回転するんだ。機長役の僕も逆さづりの状態で演技をした。ただ、肉体的にはそれほど過酷ではなかったね。1回の撮影で逆さの状態になるのは、せいぜい2分くらい。多少、頭に血が上るくらいさ。
Q:飛行技術は優れている主人公が、私生活ではさまざまな問題も抱えています。ちょっとだらしない一面も描かれていますね。
とにかく食べまくった。それも夜遅い時間にね。何キロ増えたかは知りたくなかったので体重計に乗らなかったよ(笑)。いま思い出してもちょっと恥ずかしい体形になったが、これは監督の指示ではなく、僕が自分で決めて、実行した役づくりだ。僕が演じたウィップは酒も好きで、パーティーなんかも楽しむタイプ。だから普段、ジムなんかに行っていないと考えた。ジムに行くにしても、若い女の子に会うのを目的にしたりする男なんだ(笑)。
監督としての3作目も企画中
Q:ロバート・ゼメキス監督との仕事はいかがでしたか?
ボブ(ロバート・ゼメキス)は、とにかく現場をリラックスさせてくれる。僕は自分の演技に集中しているから、ボブの仕事のやり方をそんなに観察していたわけじゃないけど、アングルのチョイスなんかが洗練の域に達していると思う。僕も監督経験があるから、彼の才能に感心したよ。
Q:ちなみにあなた自身は、今後、監督作の予定は?
詳しくは話せないけれど、準備している作品はある。2015年あたりには完成させたい。監督と俳優は、共に違った面白さがあるだろう? 本来、その作品では監督に専念したいのだが、スタジオ側から「作るなら主演も兼ねて」と頼まれている。ビジネスの問題もあるから、なかなか難しいよ。
Q:このウィップという主人公は、ヒーローでありながら、もろさや弱さも抱えています。役の「ヒーロー観」をどう捉えていますか?
ヒーローというのは、あくまでも周りが呼んでいる言葉であり、その人自身はヒーローだと思っていない。ウィップは英雄的な行為はしたかもしれない。でも彼の全ての面を人々は理解できないはずだ。ウィップが(飛行機事故後に)入院してからは、そんなさまざまな面が浮き彫りにされる。
意外な素顔!仕事以外ではダラーッと過ごす?
Q:緊急時のウィップの行動はヒーロー的であり、機長として天賦の才能を発揮します。俳優としてのあなたの完璧な姿とダブりますが……。
確かに僕自身も基本的には、それほど慌てないタイプだな。パニック状態になる前に、うまく避けるように行動しようとする。でも僕はいまだに、俳優としての「完璧」というものが何かわかっていない。とにかくベストを尽くしているだけで、完璧の状態を理解したことがないんだ。ベストを尽くしていれば、ストレスもたまらない。仕事のための準備を怠るほうが、逆にストレスは増えるよ。
Q:あなたから「完璧じゃない」という言葉が出るのは、ちょっと意外です。
これからも仕事を続けたいから、あえて「完璧じゃない」と自分に言い聞かせている。もし撮影の最終日に役をつかんでいたとしても、初日と同じく、やる気満々でいることが重要なんだ。安心してしまったら、進歩はない。もちろん役と一体化するのも大事だし、その日の撮影が終わったら自分自身に戻って切り替えることも大切。例えばフランスなまりの男を演じても、撮影が終われば、普段どおりの英語を話す。そういうことさ。
Q:仕事が終わればリラックスするわけですね。
まあね。仕事が終わって家に帰ると、(実際にポーズをとって)こんなふうにダラーッとソファに寝転んで、テレビでも見ながら、何か食べて、思い切りリラックスしているよ(笑)。それで次の日の仕事に備えるんだ。
オスカー像は自宅の図書室に飾ってある
Q:次回作のための脚本選びのポイントは?
取りあえず次は、パイロットの役は避ける(笑)。この前、撮影が終わったマーク・ウォールバーグとの共演作はアクションもあるけれど、ちょっと軽いノリで笑える作品だ。同じような役が続かないよう、違ったチャレンジをできることが、作品選びのポイントかな。
Q:本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされましたが(残念ながら受賞はならず)、過去2回のオスカー像は大切に飾ってあるのですか?
家にちょっとした図書室があって、子どもたちの卒業証書やトロフィーなんかと一緒に飾ってあるよ。映画のロケや旅でしばらく家を空けた後なんかは、「盗まれていないかな? ちゃんとあるかな?」と確認している(笑)。
Q:では今回も帰宅したら確かめてください。何か日本でお土産を買う予定は?
前回と同じく、今回も妻に買物を頼まれた。キモノと扇子を探そうと思っている。
Q:では最後に、改めてこの映画『フライト』の魅力を、日本のファンに伝えてください。
「この部分が面白い」と特定できない。そこが本作の素晴らしさだ。僕も最初に脚本を読んだとき、全ページに引き込まれた。飛行シーンに始まり、主人公の家族関係まで、本当に全てが見どころとなっている。少なく見積もっても「映画2本分」くらいの満足は得られるよ(笑)。
インタビュー中、常にリラックスした表情を崩さず、ところどころにユーモアを交えて場を和ませるデンゼル・ワシントン。映画でのカリスマ性たっぷりの存在感とは真逆の、素顔の彼がそこにいた。自分に「完璧はない」という謙虚な気持ちを常に忘れない姿勢が、ハリウッドでこれだけ長くトップの地位をキープする秘訣(ひけつ)なのかもしれない。そんなデンゼルの究極のチャレンジ精神が発揮された映画『フライト』は、間違いなく彼の代表作のひとつとなった。
映画『フライト』は全国公開中