2007年、『大日本人』にて満を持して映画監督デビューを果たした松本人志監督。今週末10月5日には、実力派俳優・大森南朋を主演に迎え、豪華女優陣がSMの女王様役で出演することでも話題の映画『R100』が公開される。その独創的な世界観で観る者を異空間へと誘う松本ワールドと映画監督としての実力を作品ごとに分析する。 |
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監督デビュー作でいきなり第60回カンヌ国際映画祭の監督週間に正式招待作品として選出され、大きな話題を呼んだ処女作『大日本人』。日本国内で突如として現れる巨大な獣(じゅう)を代々退治してきた大佐藤家の6代目・大に密着取材をしたモキュメンタリー(ドキュメンタリーを滑稽なアプローチで撮った作品)である同作は、怪獣映画の衣をまとったシュールな笑いの中に、松本監督が思う当時の日本の現状や、自身のヒーロー像などが投影された作品となっている。
唯一無二の存在としてお笑い界をけん引する存在だけに、松本ファンのみならず映画ファンの期待も高かった同作は、興収11億円(日本映画製作者連盟調べ)を突破し大成功したように思われた。だが、自身も「テレビの延長線上」と語っていたスタンスが日本の観客には根強く浸透してしまったためか、既存の映画作りを完全に無視した松本ワールドは賛否両論を巻き起こす結果となった。
一方で、「海外では松本人志監督として評価してもらっている」と自負する通り、カンヌでのワールドプレミア上映を筆頭に、トロント国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭、釜山国際映画祭など20もの海外映画祭で上映。加えて、遅れて公開されたアメリカでは好評を博し、約1年半にわたり全米26都市で上映された。これを受けて、メジャースタジオ複数社からオファーの手が挙がり、『アイ・アム・レジェンド』のプロデューサー&『タイタンの戦い』の脚本家が参加してのリメイクが決定するまでとなった。なお、このリメイクに喜んだ松本監督は、自らも何らかの形で参加する予定だと公言しており、新たな『大日本人』が誕生することになりそうだ。 |
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ハリウッド版はどんな作品に!?
© 2007 吉本興業
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前作の世界でのリアクションの良さを受けてか、初めから海外に出品することを意識して作られた『しんぼる』。ある不思議な部屋に閉じ込められたパジャマ姿のおかっぱ男が、知恵を振り絞って脱出を図ろうとする密室劇と、メキシコを舞台にしたプロレスラーと少年のストーリーが並行して進行していく物語だ。
言葉が通じない国の人が観ても何かを感じてくれる作品に仕上げるため、セリフは意識的に少なくしたという本作だが、その狙いは功を奏したようで、韓国の釜山国際映画祭をはじめ、カナダのトロント国際映画祭、スペインのシッチェス映画祭、ポーランドのワルシャワ国際映画祭、ハワイ国際映画祭など、海外映画祭への招待が次々に決定していった。中でもオランダのロッテルダム国際映画祭では、観客賞ランキングで是枝裕和監督の『空気人形』や崔洋一監督の『カムイ外伝』を押さえての日本勢のトップを獲得し絶賛された。また、世界のインディペンデント映画がロンドンに集うレインダンス映画祭でもインターナショナル作品賞にノミネートされるなど、順調に高い評価を獲得していった。
一方日本では、やはり賛否両論。興行収入も前作を超えることはなく、「ダウンタウンの松本人志」として彼を知り過ぎている日本人には、「映画を壊してやろう!」という松本監督の発想はうまく伝わりきらずに、大きな足かせとなってしまったのかもしれない。監督業と併せてパジャマ姿のおかっぱ男を一人芝居で演じた松本は当時、「自身の人生を振り返ったときに最もきつかった仕事の一つ」と語ったが、出口を探してもがいている主人公の姿は面白おかしく描かれている一方で、監督としてもがいている松本の姿を投影したようにも感じられるだろう。
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このビジュアルがまた芸人・松本を思わせてしまう!?
© 2010 吉本興業
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娘を持ったことですっかり人生観が変わったという松本監督が、前2作で務めた主演から降り、監督業に専念して作り上げた第3作目は時代劇『さや侍』。脱藩した罪から逃れるべく、命懸けで一日一芸を30日間行う主人公と一人娘との親子愛が描かれている。今までとは毛色の違うその作風に「新章への突入」というキーワードが浮かび上がってきたのがこの3作目である。
本作で主演という大役を務めたのは、一般人の野見隆明。松本の番組に出演していた「ちょっと変わったおじさん」である野見の性格をよく知る監督だけに、野見を撮る際、撮影の前半は映画の撮影であることも松本が監督であることも教えず、台本は撮影が終了したときに渡して映画を撮っていたことを明かしたという独自のスタイルで作り上げた。とにかく撮ってみなければわからなかったという松本監督の挑戦=野見の起用だが、結果的に素人とは思えない見事な哀愁が作品に生きた形となった。賭けではあったものの、天才ならではの「野性のカン」が働いた結果ともいえるのではないだろうか。
ちなみに同作は、スイスのロカルノ国際映画祭に出品され、約8,000人が収容できる野外の大広場で上映された。また同時に前2作をトリビュート上映する「松本シネマ」も開催され、わずか3作しかない監督がこのような特集を組まれることは異例中の異例と話題になった。さらに北野武監督の人気も高いフランスでも、パリにある映画の殿堂「シネマテーク・フランセーズ」で同3作の特集上映が行われ、こちらも大きなニュースに。
過去3作で「極めて独創的な映像作家」として世界から高い評価を得てきた松本監督だが、獣や侍といった日本映画らしいテーマを笑いのカリスマである松本ならではの視点でユーモアを交えて描いていることが、海外からの高い評価につながっているのかもしれない。 |
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誰もが予想だにしなかった時代劇
© 2011『さや侍』製作委員会
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前作『さや侍』は「映画らしい作品にした感じがある」と語った松本監督。それだけに規制に縛られない、とにかく振り切れるだけ振り切った作品にしたいというアツい思いのもと、作られたのが最新作『R100』だ。
テーマはSM。松本といえば、「ドS、ドM」という言葉を広めた張本人であることは有名な話であり、昔からSMに対して独自の哲学があったという。そんな自身にとってなじみ深いテーマを、メチャクチャにすると決めた映画で描くことにした、それだけに今回は初めて台本をしっかり完成させてから撮影に挑んだのだとか。また、これまで素人や芸人を中心としたキャストで作品を撮ってきたが、「メチャクチャをやるからには、しっかりと演技のできる俳優がいなければ映画として成立しない」と考え、日本を代表する豪華俳優陣を念入りにキャスティングしたという。
そんな作品の出来を左右することになる主人公を演じたのは、実力派俳優の大森南朋。都内の有名家具店で働く主人公・片山(大森)が、謎のクラブ「ボンデージ」に入会したことで巻き込まれる摩訶(まか)不思議な出来事を安定した演技力で表現し、観客に適度な緊張感を与えつつ不思議ワールドへと誘う。
キャスティングといえば、大地真央や寺島しのぶといった大女優たちがボンデージ姿でムチを片手に大暴れする女王様を演じているのも話題。冨永愛、佐藤江梨子、片桐はいり、渡辺直美といった個性豊かな女王様それぞれの活躍もすさまじいが、中でも松本監督が「スイッチの入りっぷりがスゴい!」と絶賛した大地の女王様は必見だ。
海外では、早くもトロント国際映画祭にてミッドナイト・マッドネス部門(独特の世界観が魅力の作品を上映する部門)に出品され、評判は上々。また、釜山国際映画祭にも4作連続で出品されており、今後も続々と出品が予想される。
本作を、映画に限らず自身の作ってきたものに対する結論と位置づけ、「一つの分岐点になる作品」と自ら語る松本監督。「観客にはどう捉えてもらっても構わない、ただ何も考えずに観てほしい」という監督の望みは国内外の松本監督ファンにどのように伝わるのだろうか。本作を経た新たな映画監督・松本の作品が早くも楽しみではあるが、まずは他に類を見ない、前代未聞のファンタジーエンターテインメントを体感してほしい。 |
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映画『R100』は10月5日より全国公開 |
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文・構成:シネマトゥデイ編集部 浅野麗 |
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