『もらとりあむタマ子』前田敦子 単独インタビュー
気を張りすぎて失敗しちゃうのが、一番良くない気がします
取材・文:浅見祥子 撮影:高野広美
『リンダ リンダ リンダ』『マイ・バック・ページ』の山下敦弘監督×向井康介脚本コンビがタッグを組んだ新作『もらとりあむタマ子』が完成。山下監督が『苦役列車』で女優として新たな面を見いだした前田敦子を主演に迎え、さらなる新境地へ誘った。前田が演じるのは東京の大学を出たのに実家に舞い戻ったタマ子。毎日テレビとマンガ漬け、ほぼ一日中ジャージ姿でゴロゴロしつつ、父親が作る料理を食べるだけの毎日を過ごす。そのくせ口だけは一人前、逆ギレが日常茶飯事というダメダメな女の子に、前田はいかに挑んだのだろうか?
自分とは違う生き物だけど共感はできる
Q:初めて本作の企画を聞いたときの印象は?
『苦役列車』の初日舞台あいさつのときに監督から聞きました。タイトルも決まっていませんでしたが、絶対にやりた~い! と言ったのを覚えています。山下監督の作品はどんなものにでも、この先もずっと出たいんです。作品の世界観が大好きですから。でも、演出はとても厳しいです。一人一人のキャラクターの人生を奥の奥まで考え、それを表現しながら作品を撮っていくので。こちらが適当にやっているとすぐにバレてしまいます。
Q:その山下監督は、前田さんは「迷いなく演じていた」とおっしゃっていましたが?
もともとどんな作品でもまず監督に言われたことを理解しようとする方で、台本や演出に疑問を持つことはありません。作品づくりの過程では、監督の言うことが一番正しいと思っているので。それにタマ子は自分とはまったく違う生き物だと思っていましたから、自分が「タマ子はこうだ」と考えるのは違うかもしれないなと。
Q:タマ子は自分とは違うけれど、共感できる部分が?
男女を問わず、実家に帰ったらこうなりますよね。テレビをつけっぱなしにして雑誌を読んだり、携帯をいじったりすることってよくあるし。そういう状態をキャラクターっぽく描いたのがタマ子だと思うんです。映画はそんなタマ子の一番ダメな時期を描いています。でも、これから先は普通の人として生活するんじゃないでしょうか。ちょっと変わっているからOLさんにはならないだろうけど、仕事は探すつもりみたいだし。人にはああいう時間が必要なのだと思います。タマ子ほど長い間それが許されるのは無理でも。
前田敦子は父親似!?
Q:タマ子と父親の関係をどう思いましたか?
女の子ってどうしても、お母さんといるときとお父さんといるときとでは違いますよね。お父さんにはちょっと嫌な顔をしちゃうとか、絶対に本音は見せないぞと強がったりして。しかもタマ子のお父さんはすごく優しいので、甘え切っているのでしょう。
Q:ご自身のお父さんとの関係は?
いま(わたしは)一人暮らしをしていて、たまにお母さんには会うけど、お父さんにはあまり会えないんです。今年の正月には親子3人で家族旅行をしましたけど、二人きりでしゃべることもあまりないし。でもわたしはお父さん似で、顔が似ているんです。両親は九州出身で顔がちょっと濃ゆくて、お父さんの“ばさばさ加減”が似ているみたい(笑)。まつげが長いんですよ!
あまりの居心地の良さにセットで本気寝!
Q:完成した映画を観た感想は?
四季折々に時間を置いて区切りをつけながら撮影したので、1本の長編映画というよりは、短編をつなげて観ているような感覚で観ました。でもそれは映画を客観的に観られない、というのとは違います。出演作を観るときはいつも「自分が出ているから」とは考えず、作品として観られます。確かに自分のお芝居が気になる部分はありますが、とにかく山下監督が撮る映画の世界観が好きだから楽しめました。好きな世界観の中に自分が居られるのがうれしくて、ちょっと変な感じでしたけど。
Q:エンドロールで、メイキング映像がちらっと映りますよね?
あれは本気で寝ている映像です(笑)。
Q:よくあるのですか?
いや、わたしも現場で寝ちゃいけないとは思っているんですけど(笑)。山下監督が「寝てもいいよ」と言ってくれて、とても居やすい雰囲気を作ってくれていたのです。タマ子としてはそういう方がいいんじゃないかって。わたしのことをよく知る人には「らしいね」と言われました。普段からよく寝るし、よく食べるので(笑)。
仕事への意識の変化
Q:AKBを卒業後、「普通のことを経験したい」とおっしゃっていましたよね?
はい。自分の中の“時計”が、普通に働く人に近づいた感覚があって、それがとても大きいです。朝は朝、夜は夜という区別がつけられるようになりました。以前は仕事の始まる時間が朝という感覚でしたから。夜10時に終わっても、別に遅いと思いませんでしたし。
Q:それによって日々の過ごし方も変わりましたか?
ぼーっとしながら時間を過ごせるようになりました。それまでは休みができると、何かしなきゃ! と思っていたんです。もったいない! って。でも今はフリースペースのある大きな本屋さんに行って、席が空くのを待ったりするのが好きです。本をどっさり持って、カフェで買った飲み物を飲みながら買う本を選ぶのが楽しくて。なかなか席が空かないんですけどね~。
Q:そうした“普通”を経験して、お芝居の仕方は変わりましたか?
それを意識しないのが大事なのだと思います。こういう場面で人ってこんな感情を抱くんだなとか、プライベートのときにお芝居のことを考える必要はないのかも、と思うようになりました。あまり力まなくなったんですね、構えなくなったというか。変に考えすぎると、空回りしちゃうと思うんです。気を張りすぎて失敗しちゃうのが、一番良くない気がして。頑張れば頑張る分だけ自分に返ってくるとは思っていますが、そのときそのときで集中できたらいいなと思うようになりました。
AKB48卒業から1年を過ぎて落ち着いたのか、22歳という年齢がもたらす余裕か? 前田敦子は明るく伸び伸びと、とても楽しそうに映画のことを話した。スチール撮影のときもその横顔にはほんのりとした色香が漂うようで、女優業の充実ぶりが伝わってくる。一方で、スタッフから差し入れられたブドウを前に「わ~い!」と大喜びする一幕も。取材中もポイと口に放り込んで食べたりする無邪気さは持ったまま。自分でも「あまり構えなくなった」と言う通り、いい感じで肩の力が抜けてきているのかもしれない。そんな彼女はこれからどんな女優へと成長していくのだろう? 興味は尽きない。
スタイリスト:清水けい子 衣装:カレンウォーカー(ディプトリクス) ヘアメイク:熊谷美奈子
(C) 2013『もらとりあむタマ子』製作委員会
映画『もらとりあむタマ子』は公開中