第1回:制作会社Wetaワークショップを直撃!
ニュージーランド訪問記
J・R・R・トールキンのファンタジー小説を映画化した『ロード・オブ・ザ・リング』および『ホビット』シリーズは、ニュージーランド人監督ピーター・ジャクソンによってニュージーランドで撮影され、ニュージーランド人俳優が多数出演し、ニュージーランド製作で……とニュージーランド一色の作品です。『ホビット』シリーズ第2部『ホビット 竜に奪われた王国』の公開に合わせて現地へ飛び、映画史に残るファンタジーを生んだニュージーランドの秘密、そして製作の裏側に迫りました。第1回は世界から熱い視線を注がれている制作会社Wetaワークショップを直撃!(取材・文・構成:編集部・市川遥)
“中つ国”を現実のものにしたWetaワークショップとは?
Wetaワークショップとは、リチャード・テイラーとタニア・ロジャーが取り仕切る、ニュージーランドの首都ウェリントン・ミラマーにある制作会社です。『ホビット』シリーズでは、コンセプトデザイン、特殊メイク、よろい&コスチューム、武器、クリーチャーを担当していますが、そのほか小道具、乗り物、ミニチュア、オブジェなどを手掛ける部門もあります。1987年にリチャードとタニアのアパートの一室で生まれた会社に1993年、友人だったピーター・ジャクソン監督と編集技師のジェイミー・セルカークが加わってWetaが誕生。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズと『キング・コング』で合計五つのオスカーを獲得し、名実共に世界屈指の制作会社になりました。
■Wetaワークショップが手掛けた主な作品
『エリジウム』(2013)
『ホビット』シリーズ(2012~2014)
『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』(2011)
『第9地区』(2009)
『アバター』(2009)
『ナルニア国物語』シリーズ(2005~2010)
『キング・コング』(2005)
『ヘルボーイ』(2004)
『ラスト サムライ』(2003)
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(2001~2003)
■名前の由来
Weta(ウェタ)という社名は、Wetaいわく「とてもクールなとげとげした小さいモンスター」であるニュージーランド固有の昆虫・ウェタから取ったものです。中でも世界最大・最重量の昆虫である「ジャイアント・ウェタ」という種は『第9地区』に出てくるエイリアンのような強烈な見た目です。ニュージーランド愛あふれる社名といえますね!
Wetaワークショップのシニア・コンセプトデザイナーを直撃!
■プロフィール
ダニエル・ファルコナー
Wetaワークショップ シニア・コンセプトデザイナー
38歳という若さながらWetaワークショップで17年間働いている古株。『ロード・オブ・ザ・リング』および『ホビット』シリーズをはじめとした映画で印象的なキャラクター、衣装、武器の数々を生み出してきたほか、Wetaが出版しているコンセプトアートを収めた本の著者としても活躍中。
トールキンの原作が大好きで学校の昼休みにも教室にこもって本を読むという少年時代を過ごし、『ロード・オブ・ザ・リング』製作時には俳優のためにそのキャラクターについての情報を網羅したメモを自主的に作ってあげ、さらに奥さんへのプロポーズはエルフ語で行った(!)という筋金入りのトールキンファンであるダニエルに、Wetaワークショップでのキャリアについて、そして『ホビット 竜に奪われた王国』に新たに登場するキャラクターの制作秘話について聞きました。
ダニエル:最初は大学で科学を学んだけど、半分くらい終えたところで「科学は好きだけど趣味に近い。本当に愛しているアートの方に進もう」と思い立って、オークランド工科大学でグラフィックデザインを学ぶことにした。これが3年間の授業だったんだけど、広告グラフィックデザインをもうすぐ修了するかってときに、映画業界での仕事を見据えて専攻をイラストレーションに変えたんだ。それこそが僕がやりたいことだったと理解したんだよ。子どものころから映画のメイキングをよく観ていて、ああいう世界やクリーチャー、コスチュームを作る人になりたかったんだ。
現在では“中つ国”とそこに暮らすキャラクターたちを創造しただけでなく『ロード・オブ・ザ・リング』や『ホビット』のメイキングにも出演し、まさに少年時代に憧れた仕事を手に入れたダニエルですが、当時のニュージーランドの映画業界は発展しておらず、そうした仕事に就くには外国に行かなくてはならないのだろうといつも考えていたといいます。そんな時に出会ったのがWetaワークショップのリチャード・テイラーでした。
ダニエル:卒業間際にWetaのことを知った。リチャード・テイラーはテレビ番組「Hercules and Xena」のためにクリーチャーを作っていて、たまたま僕はその番組で働く機会があったんだよ。仲良くなったリチャードが「ウェリントンに来て僕たちがやっていることを見てみなよ。君に合うと思うよ」と言うから、ウェリントンまで行ってWetaで1週間過ごした。週の終わりにはリチャードから「このままここに居てもいいよ。君に仕事があるよ」って言ってもらえたから、「やったー!」って感じだね(笑)。すぐに卒業して1週間後にはWetaで働き始めた。それが17年前のことだ。
当時Wetaワークショップで働く人はわずか20人でしたが、2014年2月現在では100人以上になり、大きなプロジェクトの最中だとその数は300人にも上ります。ほとんどがフリーランスですが、ダニエルと一緒に働き始めたうちの何人かはいまだにWetaワークショップに残っているそうです。
ダニエル:リチャードとタニアはロイヤリティーを大事にしているのだと思う。ニュージーランドのような小さな国での映画業界は難しい。たくさん仕事があるときもあれば、半年間全くないときもある。だからキャリアを維持するのが難しいんだ。だけどリチャードとタニアはすごくいい仕事をした。仕事を継続的にここに持ってきて、クルーを維持することができるようにしているんだ。僕たちはそれぞれの仕事をしているけど、ほとんどの時間で安定したチームになっている。だからこそ次の仕事を求めて世界中を旅することなく、ここにいてキャリアを築けるんだ。これは本当に重要なことで、僕たちの多くに安定した生活をもたらしている。家族や住居とかね。この仕事をしているとこうしたことは本当にタフだから。
コンセプトデザイナーってどんな仕事?
コンセプトデザイナーの仕事は、映画製作者たちが描こうとしている映画の中の世界をコンセプトアートとして目に見える形にすることです。具体的には一体どういったことをしているのでしょうか?
ダニエル:コンセプトデザイナーは、一つの映画で6人~12人くらいのチームになってコンセプトアートを手掛ける。監督たちは僕らのもとに来て、このキャラクターはどんな見た目なのか、どんなコスチュームを着ているのか、どんな武器を使用するのか、またクリーチャーの見た目や彼らがどんなところに生きているのかを尋ねるから、僕たちはそれに対し、想像し得る限り多くの提案をするんだよ。
しかし、監督たちが「これ!」と一つのコンセプトアートを選んですんなり決定することはほとんどなく、彼らのリアクションを受けてまたコンセプトアートを描いて……という過程を何度も繰り返して、監督が求めているものに近づけていくのだそうです。
ダニエル:例えばコスチュームだったら「この色はいいけどデザインがあんまり。それとそれを変えてみてよ」という感じだね。そして最終的に監督が「これこそが求めていたものだ」と言ってくれるものにするんだ。そしてワークショップでそれらが3Dに変換される。実際にコスチューム、武器、クリーチャーを作るメンバーと僕たちデザイナーの距離は近いよ。なぜならいいデザインのためには、それがどのように作られるのかを知る必要があるから。依頼が来るのは脚本完成前のときもあるし、完成後のときもある。製作のかなり初期の段階では、デザインを脚本執筆の手助けにする場合もあるんだ。初期段階からプロジェクトに参加できるのはすごく面白いよ。自分のアイデアが作品に大きな影響を与えることができるからね。
ダニエルは現在、コンセプトデザイナーとしてだけでなく、Wetaの製作の裏側を見せるアート本の著者としても活躍しています。この仕事を始めることになったのは、『ロード・オブ・ザ・リング』のフィギュアの包装の箱の裏にキャラクターのちょっとした説明文を書いたことがきっかけでした。
ダニエル:「僕がやるよ。面白そうだから」って立候補していくつか説明文を書いたんだ。それをリチャードが気に入って、さらに権利元のニューラインシネマも気に入って「他のおもちゃの箱や本も書いてくれる?」って聞かれたから「もちろん!」って。だから最終的にはデザインしたのと同じくらい『ロード・オブ・ザ・リング』関連商品について執筆することになった。そして執筆するのはすごく楽しいって気付いた。そして『キング・コング』のために作ったクリーチャーをまとめた本「The World of Kong」をWetaから出すことになった時、リチャードはほかの会社に頼むより自分たちで書いた方がいいって考えたから僕が書くことになった。みんなが気に入ってくれて「もっと作ろう」となって、今や僕はデザインよりもっと多く執筆するようになったよ(笑)。絵を描くのは好きだけど、文章を書いてここでの物語を伝えるのもすごく面白いんだ。
ダニエルの最新の本は『ホビット 竜に奪われた王国』の美しいコンセプトアートの数々をまとめた「The Hobbit: the Desolation of Smaug - Chronicles: Art & Design」。最終的なデザインにたどり着くまでにあった代替案、アーティストたちの細やかなこだわりも記されたファン必見の一冊となっています。
『ホビット 竜に奪われた王国』新キャラの創造の裏側
では、『ホビット 竜に奪われた王国』で新たに登場するキャラクターはどのように創造されたのでしょうか? 森のエルフの王スランドゥイル、唯一の映画オリジナルキャラクターである女戦士タウリエル、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの人気キャラで今回“中つ国”にカムバックを果たしたレゴラスという3人のエルフと、タイトルにもなっている邪竜スマウグについて話してもらいました。
■森のエルフの王スランドゥイル(リー・ペイス)
ダニエル:偉大で素晴らしいエルフは誰もが好きだと思うけど、僕がスランドゥイルを好きなのは、彼がエルフ的であることに加えて、少しワイルドで予期できないところを持ち合わせている点だ。エルロンドやガラドリエルは「何が世界にとって正しいことなのか」を基準に行動しているけど、スランドゥイルは「何が自分にとって正しいのか」を中心に考えていて、ためらうことなく相手を牢屋(ろうや)の中に100年閉じ込めたりもする。彼の王冠、剣、コスチュームをデザインする際はそんな危険な雰囲気を反映させようとした。例えば王冠はとげのようなデザインにしてみたりね。実際にリー・ペイスがコスチュームを着てセットに座ったさまは本当に素晴らしかった。思い描いた通りだったよ。
■女戦士タウリエル(エヴァンジェリン・リリー)
ダニエル:タウリエルは原作に名前も出てこないし、彼女のようなパーソナリティーを持った人物も描かれていない。だけど製作者はこの映画に強い女性のエネルギーを織り込みたいと考えたんだ。トールキンの本にはほとんど女性が出てこない、というか「ホビットの冒険」には一人も出てこないよね。中つ国で女性を描く機会はあまりなかったから、タウリエルを創造するのは本当に楽しかった。
ピーターからはタウリエルについて「女性のエルフでファイター。美しくエレガントだけど、自分の面倒は自分で見られて危険でパワフルにも見える人物」という希望があって、実際僕たちはかなり時間をかけて取り組んだよ。たくさんの異なるコスチュームを描いて、どれだけ武器を身に着けさせるとか、素早く動けるようにするために武器をどのくらいの重さに見えるようにするのかとか。武器を少なくしすぎると戦士には見えないし、装飾しすぎると活発に見えない。どれだけ武装させるのか、バランスを見つけるのが重要だった。ピーターが求めているのとぴったりのタウリエル像を創るのはすごく時間がかかったよ。
■レゴラス(オーランド・ブルーム)
ダニエル:レゴラスのナイフや弓といった武器は、『ロード・オブ・ザ・リング』のときと同じ物なんだ。僕は新しい物も作りたかったけど、ピーターが「いいや。レゴラスは同じ物を使っているんだ」って言うから(笑)。でも本作ではトーリンの剣であるオルクリストも使うから、クールだよ。オーランドとは『ロード・オブ・ザ・リング』のときは一緒に出掛けたりもした。ほら、彼が超有名になる前だから(笑)。だけど『ホビット』で再会した時も「元気だった~?」ってハグしてきて、昔のように気さくだったよ。今では二人とも子どもがいる身になったから、父親同士の情報交換をしたよ(笑)。
■スマウグ(ベネディクト・カンバーバッチ)
ダニエル:僕自身はあまりスマウグには関わっていないけど、同僚たちが彼に取り組んでいるのを見てきた。原作でもスマウグは強い個性を持っていて、とてもパワフル。そうしたエネルギーをキャラクターデザインに入れ込むのを見るのは面白かった。
同時に難しい仕事でもあったんだ。西洋文化ではスマウグはある意味、究極的なドラゴンだ。たくさんの映画のドラゴンが彼の性格や見た目を参考にしてきた。だからそうしたドラゴンの原型といえるスマウグを今描くと、「これ見たことある」ってつまらないものになってしまう恐れがあった。だからこれまでと全く違う見た目にしようとしたんだけど、ピーターは、それはいいアイデアではないと考えたんだ。原型から離れすぎると、それはもうスマウグではなくて奇妙な見た目の別の何かになってしまうからってね。ピーターがシンプルな、ドラゴンの原型とは何かという点に立ち戻る決断をしたのはとても勇敢だったと思う。で、それは本当にうまくいった。Wetaデジタルはとてもいい仕事をしたね。とてもパワフルで説得力のあるドラゴンになった。僕の娘も「ワァーッ! 今まで見たドラゴンの中で一番!」って言っていたよ(笑)。サウロンと目が似ているって声を聞いたこともあるけど、これは偶然で、意識的に似せたわけではないよ。
トールキン作品の魅力は「そこで描かれる世界がとても豊かで深く、どんどんその世界に入っていくことができる点。本に文字として書かれた物語だけでなく、まだ自分が読んでいないその他の物語が同時にたくさん進んでいると信じられるんだ」と語るダニエルが、実写映画化に関わる上で心掛けたのは「映画版でもそれと同じ体験をできるようにすること」。ジャクソン監督、リチャード、ダニエルをはじめとしたアーティストが深い愛情を持って手掛けた『ロード・オブ・ザ・リング』 『ホビット』シリーズは、ダニエルの望み通り、横道にそれ、フレームの外にある世界をも冒険できるような豊かさをたたえた作品になったといえるでしょう。
映画『ホビット 竜に奪われた王国』は2月28日より全国公開
(C) 2013 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.
『ホビット 竜に奪われた王国』キャストインタビュー
■マーティン・フリーマン(ビルボ)&ベネディクト・カンバーバッチ(スマウグとネクロマンサー)インタビュー
■エヴァンジェリン・リリー(タウリエル)インタビュー
■ルーク・エヴァンス(弓の名手バルド)インタビュー
『ホビット 竜に奪われた王国』関連サイト
■『ホビット 竜に奪われた王国』オフィシャルサイト
■『ホビット 竜に奪われた王国』特集:一緒に冒険に出たい!あなた好みのステキ男子を探せ!ワイルド&スイートな6人のイケメンたちを徹底マーク
■ニュージーランド政府観光局オフィシャルサイト
■ニュージーランド航空オフィシャルサイト