第4回:『ロード・オブ・ザ・リング』“いとしいしと”誕生の土地ネルソン
ニュージーランド訪問記
現在公開中の映画『ホビット 竜に奪われた王国』は、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの60年前を舞台にした『ホビット』シリーズの第2部です。両シリーズを通して物語の鍵を握る「一つの指輪」、ゴラムに言わせれば“いとしいしと”は、ニュージーランド・ネルソンにあるジュエリーメーカー「イェンズ・ハンセン」で作られました。連載第4回ではネルソンを訪れ、「イェンズ・ハンセン」でイェンズの長男であるハーフダン・ハンセンに指輪の制作秘話を聞きました。(取材・文・構成:編集部・市川遥)
「一つの指輪」はイェンズ・ハンセンの遺作
■ネルソン
南島の北端に位置するネルソンは、輝く海とビーチ、三つの国立公園に囲まれた町です。たくさんの工房やギャラリーが立ち並び、芸術家が集うアートの町としても知られています。
「イェンズ・ハンセン」は、そんなネルソンにイェンズ・ハンセンが作り上げたジュエリーショップ&工房です。まだ少年だった1950年代に両親と共にデンマークからニュージーランドにやって来たイェンズは、オークランドでジュエリー作りの訓練をした後、再びデンマークに戻って訓練を積んでおり、そのスタイルはスカンジナビアのモダンデザインから強い影響を受けたものとなっています。
1970年代に学校を卒業してプロのジュエリーメーカーになったイェンズは、数々の現代的なスタイルのジュエリーを発表し、ニュージーランドのアート界でよく知られる存在となりました。そして映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの「一つの指輪」を作ってもらえないかと持ち掛けられたのは、1999年のことでした。
ハーフダン:当時、ピーター・ジャクソン監督とアート部門のチームはニュージーランドで『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのいろいろな小道具を作るのを手伝ってくれる人々を探していて、「一つの指輪」には僕らが選ばれた。イェンズはリングメーカーとしてよく知られていたから、コンペなどもなく、彼らは真っすぐ父のもとに来たんだよ。彼らが求めていたのは、強く、パワフルな印象を与えるとても滑らかな指輪。蛇や花などが付いたファンタジーに出てくるような指輪ではなく、全く混じり気のない形で、とても重くて厚い。父と僕の弟のトーキルは異なるスタイルの指輪を15個作ったんだけど、その中から重さも輪郭もたっぷりしたものが最終的なデザインに選ばれた。いわゆる普通の指輪よりもかなり重さがあるけど、スクリーンにはとてもよく映えるんだ。
2001年に第1作『ロード・オブ・ザ・リング』が公開された段階で初めて、「イェンズ・ハンセン」が「一つの指輪」を制作したことが明らかにされましたが、その時にはすでにイェンズはガンで亡くなっていました。亡くなったのは1999年夏で、イェンズは自身の指輪をスクリーンで見ることはかなわなかったのです。
ハーフダン:「一つの指輪」はイェンズが最後に手掛けた大きなプロジェクトだから、彼の遺作といえると思う。残念なことに彼がスクリーンで指輪を見ることはなかったけど、指輪は彼の有名な遺産となった。多くの人々が彼を世界で最も有名なリングメーカーとして記憶してくれているしね。世界中からたくさんの人々がここを訪れてくれるよ。
「イェンズ・ハンセン」は、「一つの指輪」のほか、フロドが指輪を下げていた銀のネックチェーンとエルロンドの指輪ヴィルヤもデザインしました。「一つの指輪」だけでも撮影ではたくさんの異なるサイズが必要なため、デザイン決定後、2年間で約40個の「一つの指輪」を制作したといいます。
ハーフダン:普通の小さな指輪からスタント用(落としたり、転がったりする用)の大きな指輪、またそれぞれの種族や俳優に合ったサイズの指輪を作った。俳優たちへのプレゼント用やプロモーションで使用されたものもある。『ホビット』シリーズのために新たなデザインはしなかったけど、追加でマーティン・フリーマンなど俳優のサイズに合った「一つの指輪」を作ったんだ。
「一つの指輪」と日本文化の共通点とは?
「一つの指輪」の制作者にコンペなしで選ばれるなんてうらやましい限りですが、イェンズ・ハンセンは『ロード・オブ・ザ・リング』サイドから話があった際、何と初めはオファーを断っていたそうです。
ハーフダン:たぶん彼は最初、「なぜ単なるシンプルな指輪を自分が作らなくてはいけないんだ」と感じたんだと思う。だから僕と弟は父に考え直すように言ったんだよ。映画に関われるなんて素晴らしいし、店のいい宣伝にもなると思ったから。あと僕にとって「一つの指輪」のデザインは、日本文化を思い起こさせるものなんだ。「Less is more(少ないほど、豊かである)」という部分が似ている。例えば、生け花もとてもシンプルだけど、そこで作り出される美しさは、ごちゃごちゃと飾り立てた時よりも混じり気のないもの。僕たちが作った「一つの指輪」を見て「ただの指輪だ」と言う人もいるけど、車で考えてみたらいい。四輪とハンドルがあれば「車」だけど、ヒュンダイとレクサスではデザインやクオリティーが違う。だからこそ、「一つの指輪」は「イェンズ・ハンセン」が取り組む価値のあるプロジェクトだと思ったんだ。
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで「一つの指輪」が最も存在感を放つシーンは、ビルボが指輪を袋小路屋敷のドアの前に落とした際、それが跳ねたり転がったりせずにドアの前で意思を持ったように止まるシーンでしょう。ここでは表面を金でコーティングした鋼の巨大な指輪が使われました。
ハーフダン:今なら全てコンンピューターでやるのかもしれないけど、当時使われたのは鋼の指輪と磁石。床にとても強い磁石を仕込んでいたから、あのようにすごく重そうに見えるんだ。
最後に「一つの指輪」にまつわるとっておきの話を教えてもらいました。
ハーフダン:観光客を映画のロケ地へ連れて行く仕事をしているヘリコプターツアーのオペレーターに「数週間前、君のところの最も高価な金でできた指輪を購入したアメリカの若い女性のことを覚えている?」と聞かれたことがある。彼女、ここで指輪を購入した後にヘリコプターツアーに参加したそうなんだけど、“滅びの山”のロケ地の上空に来た時、指輪を窓から投げ捨てたんだって(笑)。
趣向を凝らした「衣装」のミュージアム
ネルソンにある「ワールド・オブ・ウェアラブルアート&クラシック・カー」は、衣装とクラシック・カーのミュージアムです。「ワールド・オブ・ウェアラブルアート・アワード・ショー」は『ロード・オブ・ザ・リング』および『ホビット』シリーズを手掛けたWetaワークショップのリチャード・テイラーも審査員に名を連ねる衣装の祭典で、そこで実際に披露されたきらびやかな衣装の数々がショーを再現するかのような趣向を凝らして展示されています。
1987年にネルソンで誕生した同ショーはどんどん規模が大きくなり、現在は毎年秋に首都ウェリントンで約2週間にわたって開催され、5万人を動員する一大イベントにまで成長。動画からもわかるように、いわゆる普通のファッションショーとは一線を画した、照明、特殊効果、音楽、ダンスを巧みに用いたサーカスのようなエンターテインメントになっています。
また「ワールド・オブ・ウェアラブルアート・アワード・ショー」には、昨年からWetaコスチューム・アンド・フィルム部門も設立され、同部門の優勝者にはWetaワークショップでの4週間のインターンシップができる権利と滞在費および航空券が支給されます。経験のアリナシ問わず世界中誰でも応募できるので、Wetaワークショップで働きたいと考えている人にとってはチャンス! ちなみにこちらが2013年の優勝者ジリアン・サンダースさんの作品。タトゥーをたくさん入れたため、人間がタトゥーに着られてしまったというイメージだそうです。
『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビット』ゆかりの店
■ ザ・ボート・シェッド・カフェ(The Boat Shed Cafe)
ネルソンの海の上に建っているレストラン。
シーフードが有名な同店は、『ホビット』シリーズのキャスト・スタッフのお気に入り。撮影期間中はしばしばここで食事をしたそうです。
ペンギン注意の標識が!
■1.1パーセントビール
ネルソンのすぐそばにあるリッチモンドには、『ロード・オブ・ザ・リング』の“躍る小馬亭”や“ホビット村”の撮影で使用した特別なビールを作ったハリントン醸造所があります。どこが特別かというと見た目も味も素晴らしいのに、アルコールが1.1パーセントだという点。映画の撮影ではテイクを重ねるため、これ以上アルコールが含まれていると役者たちが悲惨なことになってしまい、かといってノンアルコールだと雰囲気がでない、ということで1.1パーセントのビールが開発されました。『ロード・オブ・ザ・リング』のために2万リットルのビールが提供されたそうです。
現在でも1.1パーセントビールはお土産用として発売されており、早い時間から一人で飲んでいた地元のおじさんも「あれはおいしいよ」と太鼓判を押していました。
映画『ホビット 竜に奪われた王国』は公開中
(C) 2013 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.
『ホビット 竜に奪われた王国』が生まれた場所!ニュージーランド訪問記~バックナンバー
■第1回:制作会社Wetaワークショップを直撃!
■第2回:本当の“中つ国”!『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビット』のロケ地に潜入
■第3回:映画の街ウェリントンは『ホビット』ゆかりのものがいっぱい!
『ホビット 竜に奪われた王国』キャストインタビュー
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『ホビット 竜に奪われた王国』関連サイト
■『ホビット 竜に奪われた王国』オフィシャルサイト
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■ニュージーランド政府観光局オフィシャルサイト
■ニュージーランド航空オフィシャルサイト