『そこのみにて光輝く』綾野剛 単独インタビュー
自分の内面に愛がなければ、誰かをいとおしいと思う感覚は生まれない
取材・文:柴田メグミ 写真:奥山智明
映画にドラマに快進撃が続く綾野剛の最新作は、「海炭市叙景」の佐藤泰志が唯一遺(のこ)した長編小説を原作とする映画『そこのみにて光輝く』。主人公は、仕事を辞めて無為な日々を送る佐藤達夫だ。『オカンの嫁入り』の呉美保監督が短い函館の夏を舞台に、達夫と愛を諦めた千夏との出逢い、そして格差社会の底辺に生きる家族の姿を紡ぎ出してゆく。ヒロイン役の池脇千鶴、その弟・拓児役の菅田将暉とがっぷり四つに組んで魅せる綾野が、達夫や作品への特別な思いを語った。
コンプレックスに向き合ってきた人は強い
Q:脚本を3行読んだだけで、出演を決められたそうですね?
音楽を聴いたときに、イントロだけで「好きだ」と思うことと一緒です。サビまでいかなくても絶対に好きだと感じるような、非常に単純なことですね。
Q:無精ひげなど達夫のビジュアルについては、監督と話し合いをされた結果ですか?
ひげを伸ばしたのは自然の成り行きでした。達夫は毎晩飲んで、毎日パチンコ店に入り浸っているような男ですから。話し合ったのは、達夫の背中のアザに関してだけです。台本にも書かれていなかったので、自分から提案しました。生まれつきのアザという設定にして、コンプレックスを背負わせたほうがいいと思ったからです。達夫はアザが原因で子どものころ海に入るのがイヤだっただろうし、中傷も受けたはず。自分のコンプレックスに向き合ってきている人は、強いんです。
Q:綾野さんご自身にも、コンプレックスがありますか?
コンプレックスみたいなものは、ずっとあります。でも現場に入ったら、自分に興味はないですから。演じる人物が主役であり、自分は裏方という意識。自分は必要ないというか、入ってくる隙がないです。
Q:達夫を演じるにあたって、ほかにどのようなアプローチをされましたか?
現場に行かないと正直わからないので、いわゆる役づくりみたいなことって、基本的に何もしないんです。どこか自分の意識しない部分でつくっていることは絶対にあるはずだし、過去の経験を何かしら知恵にしているとは思いますけど。意識的に自分でつくっているのは、見た目と発声の方法くらいです。発声は現場に行って感じ取った上で、役ごとに全部変えています。例えばドラマの「S -最後の警官-」では声を太くして話したり、「最高の離婚」ではホワホワした感じにしゃべったり。その人の生き方が、発声や言葉に表れますから。達夫は他人とずっとコミュニケーションを取っていなかったので、しゃべることにブランクがある。だからとつとつとした感じにしました。
お酒は“達夫を生きる”ための安定剤
Q:ロケ地の函館では、監督やプロデューサーの許可を得た上で、毎晩お酒を飲んでいたそうですね。
一人ではなく、函館で知り合った友人たちと飲みに行くことが多かったです。お酒は、“達夫を生きる”ための安定剤。メイクをしないのもひげも同じ理由ですが、健康的な顔ではできない役ですから。酒焼けしている顔って一発でわかるし、飲んでいないと表情に出ない。アスリート並みにすごく健康志向だったら、この役は表現し切れないと思います。それくらい“生(なま)”が大事でした。
Q:逆に達夫が「家族を持ちたくなった」と語るターニングポイント的なシーンの撮影では、すごくスッキリした顔で現れたそうですね。直前まで飲んだくれのむくんだ顔をしていたはずなのにと、監督も驚いていました。
達夫は真面目でまっとうな人なので、「家族を持とう」と思ってからはお酒を一切口にしなかったはず。ここは徹底させて、その差を見せなきゃいけないと思いました。ついさっきまで酔っぱらいの顔をしていたのに、今度はお酒が残っていない顔にしなくちゃならないから、ちょっと大変でしたけど。もちろん、意識をどれだけもっていけるかも重要だと思います。
Q:家族を持ちたくなるきっかけとなった千夏(池脇千鶴)のある行動ですが、普通の男性なら引いてしまうのではないでしょうか?
理屈じゃないので、言葉で説明するのは難しいですが、千夏に対して同じ匂いを感じたんじゃないかなと思います。それに男って、割と博愛的なところがあるんです。「何とかしてあげたい」という、勝手な使命感みたいなものが芽生えたり。愛という名の感情を、千夏と拓児(菅田将暉)が教えてくれたんだと思います。
「聖域」のような、こだわりのラブシーン
Q:確かに千夏との男女の愛だけでなく、拓児との疑似兄弟のような関係にも引き込まれました。
日本だけでなく全世界において、拓児みたいな人間が愛されなかったら、その国は終わりだなと思うんです。彼みたいに素直な性格の人が、一番愛されなきゃいけない。彼みたいな人を抱き締めてあげなきゃいけない。いとおしいと思える心って大事だと思います。自分自身の内面に愛という感情がなければ、誰かをいとおしいと思う感覚も生まれないですから。達夫の中で、その感情がどんどん成長していったのだと思います。
Q:拓児役の菅田将暉さんとは、以前からの顔見知りだったのですか?
プライベートな食事の席でたまたま会ったことはありますが、共演するのは初めてです。台本を読んで「この役、菅田くんがやってくれたらうれしいな」とプロデューサーか監督にボソッと言った覚えがあります。僕が言う以前から、将暉にオファーしていたのかもしれないですが。彼の出演作品を観て、すごく魅力的な役者だと思ったし、何でもできるだろうなという気がしたんですよね。僕には芝居のうまい下手はわからないですが、将暉や池脇さんの芝居は好きだなとずっと思っていました。
Q:「男と女が結ばれてゆく過程をちゃんと見せたい」という、監督の期待に応えるラブシーンもステキでした。
達夫と千夏が、心からお互いを求め合ったということです。みっともないものではなくて、動物的なものでもなくて、海外作品にありがちなあえぎ声がうるさいものでもなくて。昆虫の交尾みたいに静かに愛を育んでいく、聖域みたいな性的描写にしたかった。静かに粛々と、けれどすごく時間をかけて愛し合っている。相手の全部を自分の中に入れてしまうような、お互いの愛を表現したいと思いました。ここまで演じるのは、初めてです。
監督の優しさゆえの格別なラスト
Q:完成作をご覧になって、どのような印象を持たれましたか?
愛すべき作品になったなと思います。幸いにも、僕は良い作品に巡り合うことが多いです。自分の役を愛することと、作品を愛することはまた別のベクトルですから。いとおしい作品というのは、やはり特別なんじゃないでしょうか。
Q:ハッピーエンドと呼ぶには乱暴ですけど、バッドエンドでもない、深い余韻を残すラストも格別ですね。
難しく考える必要はないけれど深読みもできる、安易な答えを与えないラストですよね。この人たちはこの先も生きていくだろうと伝えることが、一番重要なんだと思います。ピーカンの太陽に当たるのは、あのシーンだけ。二人が本当の意味で求め合った瞬間に、初めて太陽が照らしてくれた。その先の未来に自分たちの思いをようやくはせることができる。それは生活する上で、とても幸せなことだと思うんです。この作品は起承転結うんぬんではなく、日常を描いているだけ。その日常を不器用ながらも一生懸命に生きる、一生懸命に愛を育んでいこうとする人たちへの監督の優しさでしょうね。実はあの後も芝居は続いているんですが、編集でカットされていました。でも大切なのは、ちゃんと地に足を着けてそこにとどまること。最後のシーンから、二人の本当のラブストーリーが始まる気がします。
「綾野剛と申します」のあいさつからインタビュー後の「お忙しい中、取材していただきありがとうございます」まで、多忙を極める旬の役者とは思えないほど謙虚な姿勢で取材に臨み、言葉を選びながら丁寧に答える綾野。主演俳優でありながら、自分は作品を支える「裏方の一人」だという意識が、まさに全身からにじみ出ていた。その彼が生(なま)の芝居にこだわり、重い鎖を背負った面倒くさい女を愛し抜く男を体現した本作は、これからもずっと綾野のプロフィールで輝き続けることだろう。
(C) 2014 佐藤泰志 / 「そこのみにて光輝く」製作委員会
映画『そこのみにて光輝く』は4月19日よりテアトル新宿ほか全国順次公開