『舞妓はレディ』周防正行監督&上白石萌音&長谷川博己 単独インタビュー
歌と踊りを交えて、京都の楽しさを表現したかった
取材・文:横森文 写真:高野広美
周防正行監督が『Shall we ダンス?』以来18年ぶりに、本格的なエンターテインメント大作に挑んだ映画『舞妓はレディ』。楽しいミュージカルシーンも取り入れたこの作品を、周防監督はどんな狙いで作ったのか。そしてオーディションで800人の中からヒロインの春子役に選ばれた上白石萌音と、田舎育ちで津軽弁と鹿児島弁を話す春子に京言葉を指導する言語学者・京野役の長谷川博己は、どんな思いを込めながら撮影に臨んだのか。三人が本作にまつわる苦労話や意外なエピソードなどを、ざっくばらんに語り合った。
歌や踊りはないことに!?
Q:試写をご覧になった方からは、どんな評判を聞いていらっしゃいますか?
周防正行監督(以下、監督):歌や踊りがあると知らずに観た方で、ド肝を抜かれたと言ってくださった方が多かったんです。何も知らずに観て、萌音ちゃんが最初に歌うシーンで引き込まれたと聞いたときは素直に「やった!!」と思いました。あの歌の力は大きかったと思いますね。
長谷川博己(以下、長谷川):僕も取材であるライターさんから、ミュージカルだと思わないで観たほうがすごく楽しめると言われたんです。それで得したような気持ちになると。
監督:というわけで、記事には「歌は歌わない」と書いておいてください(笑)。
上白石萌音(以下、上白石):わたしが一番うれしかったのは、本物の舞妓(まいこ)さんや芸妓(げいこ)さんが観てくださって、本当にこの映画で描かれたようにお稽古しているし、お見世出し(修行後の舞妓としてのデビュー)のことを思い出した……と言ってくださったことです。少しでも本物の舞妓さんに近づこうと思いながら演じていたので、本物の方に共感していただけて良かったなと思いました。
幻想的な花街(かがい)体験
Q:取材前に花街(舞妓や芸妓遊びのできる地区)体験はされたんですか?
長谷川:はい。素晴らしい世界だと思いましたね。ちょうど雨が降っていて、お店を移動する時に番傘で一緒に舞妓さんたちと歩いていたのですが、街灯が電灯ではなくロウソクの明かりだったんですね。細い道を舞妓さんの履物であるおこぼの音を聞きながら進んでいくというのは、幻想的でした。
監督:やっぱり花街は現代のファンタジーですよね。しかもお客さんの気分をよくしてくれるような仕掛けがたくさんあるんです。
上白石:舞妓さんっていうと、あの格好で夜のお座敷でおもてなしするというイメージしかなかったんです。でも役づくりのために滞在させていただいたら、お座敷で見せる笑顔の裏にこんなに厳しいお稽古やしきたりがあるのかと驚きました。毎日毎日お稽古の繰り返しで、すごく苦しいのに、それを感じさせない笑顔なんだなと気付いたとき、舞妓さんや芸妓さんは本当にプロフェッショナルなんだと思いました。
Q:花街について一番驚いたのはどんなことでしたか?
上白石:舞妓さんはあの髪型を維持するために、1週間に1度しか髪が洗えないということ。あと箱枕という特殊な枕を使って寝るから熟睡できないとおっしゃっていたことですね。
監督:僕が花街で一番驚いたのは、映画の中でも草刈民代さんと田畑智子さんにやっていただきましたが、「しゃちほこ」と呼ばれる逆立ち芸を見たとき。舞妓さんといえば「はんなり」という言葉が代表するように、優雅なイメージがあるのに、その舞妓さんが突然、足に着物を挟んで逆立ちですから。こういうのもありなんだと。あれはお座敷の楽しみ方という意味で僕の入り口になりましたね。
長谷川:僕は、映画の中でも描かれていた、舞妓さんがはっきり断ることがないという事実かな。全てを「おおきに」で済ませるという。あれは京都の人たちを象徴していますよね。はっきりとは断らない。日本の美って、全て淡さに通じるものがあるんですが、その淡さ=曖昧さに通じるものを感じたんです。
監督:要するに京都の花街は、お客さんと、芸妓さん、舞妓さん、女将(おかみ)さん全員で独特のお座敷空間を作るんです。だからお客さんによって、出来上がる空気が違う。その空間を作るバリエーションを、舞妓さんも芸妓さんもたくさん持っているんです。だからきれいに遊ぶお客さんだと楽しいことがいろいろ巻き起こるし、彼女たちが最も嫌う偉そうに知ったかぶりするお客さんだと知らないうちにボロボロに飲まされていたりする。本当に対等なんですよ。お客さんを持ち上げているように見せ掛けて、実は「ピシッ」と言うべきことを言っていたり。でもその「ピシッ」も京都的な曖昧なニュアンスでくぎを刺されているんです。あの間合いが僕は面白いですね。ちょっといじわるだけど知的で。京都ならではの批評精神がある。それはスリリングで怖いですよ。でも知ったかぶりをせず、ありのままに飛び込めば親切にいろんなことを教えてもらえるんです。
長谷川:僕も初めて花街に行った時はいろいろ教えていただきましたね。ああいう知的な世界に自分も認めてもらいたいと思いましたし、僕が演じた「センセ」と呼ばれる言語学者の京野が、花街に認めてもらいたくて、春子を一人前の舞妓にするという方便を使おうとした気持ちもわかりましたね。
京都の楽しさを伝えるための方法
Q:今回の映画にミュージカルという方法を取り込んだ理由とは?
監督:とにかく僕は京都の楽しさ、その空気感を表現したかった。例えば長谷川さんが言った「おおきに」だけで相手の誘いをかわすのは、お座敷ではよくあること。でもその会話の妙や楽しさをせりふだけで見せるのは難しい。お座敷をリアルに表現しても伝わりにくいから、歌と踊りを交えて表現することにしたんです。だから今回は京都の楽しさを伝える方法論としてミュージカルを使ったのであって、本格的なミュージカル映画を撮りたかったわけではないんです。
長谷川:撮影中も、あくまで周防監督の感じた京都の姿を見せたいんだというのは、すごく伝わってきたんです。これこそ日本の歌劇というか、すごくオリジナリティーのある作品だと思いました。
Q:方言の習得は大変だったと思いますが、いかがでしたか?
上白石:最初は津軽弁と京言葉だけだったんですが、わたしが鹿児島出身ということで、春子の設定に鹿児島弁もプラスされたんです。でも自分の故郷の言葉を映画の中で、役として話せるのがすごくうれしかったですね。鹿児島弁も津軽弁と同じくとてもなまりが強い設定だったので、習得する方言が増えたことは、もちろん大変でしたけど。
長谷川:僕は方言を使いこなす言語学者の役でしたので、パニックになりかけていました。
監督:練習する時間もあまりなかったしね(笑)。
長谷川:京言葉と鹿児島弁を両方やったので、どうしてもどちらかに寄ってしまって。演技が自由にならない感じはずっとありましたね。それが歌のところで解放できたかなと(笑)。
役者だからこそ出せた歌の力
Q:もともと歌はお好きなんですか?
長谷川:好きです。ただ知人のミュージシャンからは歌わないほうがいいよと言われていますけど(笑)。みんな下手なのも結構いいよねと言ってくださるんですが、そもそも自分ではそこまで下手だと思っていなかったので「あれ?」と(笑)。それを聞いて逆に歌を練習したい気持ちになりました。
上白石:わたしも小さい頃から歌は大好きで、母が音楽教師だったので、おなかの中にいる時からピアノを弾いてくれたり、母の歌う童謡を聞いて育ちました。今でも気が付いたら一日中歌っていたりします。なので歌うなと言われたら死んじゃうかもしれない(笑)。家だと歌うと迷惑がられるけど、現場では「もっと歌って歌って」となるから、楽しかったです。
Q:劇中で一番難しかった歌とは?
上白石:『これが恋?』という、センセへの思いを歌った曲です。何度歌ってもドキドキしてくるんですよ。それで声が震えて高音とかが出なくなってしまう。そうなるとすごく悔しくて。それで何度も何度も練習しました。
監督:とにかく「この役者さんがこんなふうに歌うのか」といったようにね、楽しんで観てほしいです。歌手にはできない、役者だからこそ出せた歌の力があると思います。役者の底力を見てほしいですね。
長谷川:日本の新しい音楽映画という気がします。そう言いつつも正統派のトラディショナルなものも感じる映画だなと。皆さんにどう感じていただけるか、とても楽しみです。
上白石:いろんな方の力を借りながらけなげに成長していく春子の姿に、演じたわたし自身も勇気づけられました。観てくださった方が新しいことを始める勇気を持てたとか、明日からがんばろうというキッカケになってくれたらうれしいです。あと舞妓さんってすてきな世界ですけど、お座敷の裏でどんな思いをしているのかも知ってほしいですし。全部ひっくるめて京都を観光する気持ちで楽しんでいただきたいですね。
とにかくかわいらしいヒロイン、上白石萌音の魅力をどう最大限に引き出して、映画に映し込むか。それが撮影現場で最優先に行われていたであろうことが、周防監督と長谷川の彼女を見る優しいまなざしからヒシヒシと感じられた。この作品をキッカケにさまざまな先輩方の胸を借りて上白石は大きく飛翔するに違いない。長谷川の言うようにオリジナリティーに富んだこのユニークな作品が、どのように観客に受け入れられるかも楽しみだ。
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映画『舞妓はレディ』は9月13日より全国東宝系にて公開