『ラブ・アクチュアリー』『パイレーツ・ロック』『アバウト・タイム』さようなら、ありがとう!リチャード・カーティス監督
今週のクローズアップ
9月27日公開の映画『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』で監督業からの引退を宣言しているリチャード・カーティス監督。「ミスター・ビーン」『フォー・ウェディング』『ノッティングヒルの恋人』『ブリジット・ジョーンズの日記』『戦火の馬』など名脚本家と知られる彼ですが、監督を務めたのは『ラブ・アクチュアリー』『パイレーツ・ロック』『アバウト・タイム』のわずか3作品です。今回は惜別と感謝の気持ちを込めてカーティス監督をクローズアップ。7月に初来日した際のインタビューと共にお送りします。(取材・文・構成:編集部 市川遥)
映画よりも音楽が好き!カーティス監督とポップミュージック
リチャード・カーティスファンには彼のポップミュージック好きは言わずと知れたところ。ザ・ビートルズの「愛こそはすべて」、マライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」などで“愛”を語る、まるでコンピレーションアルバムのような恋愛映画『ラブ・アクチュアリー』に始まり、ブリティッシュロック絶頂期に実在した海賊ラジオ局を描いた『パイレーツ・ロック』では、ザ・キンクス、ザ・フーなど1960年代の名曲が50曲以上も使用されていることからも、カーティス監督作品において音楽が果たす役割が非常に大きいことは明らかです。
カーティス監督:「僕はポップミュージックを愛している。アートよりも、彫刻よりも、小説よりも、というか本は嫌いだ。言ってしまえば映画よりも音楽が好き。だから自分の映画にポップミュージックを組み込めるというのは、僕にとって夢のようなことなんだ。あと、イギリス映画には『愛している』というセリフはあまり出てこないけど、イギリスのポップソングは『愛している』とたくさん歌っている。この点で、僕の映画は“イギリス映画”というより“イギリスのポップミュージック”っぽいと思うんだよね」
そんなカーティス監督の最新作にして最後の監督作である『アバウト・タイム』は、愛する人たちと過ごす何げない日常がいかに幸せなものであるかを、タイムトラベルという非日常の能力を通して映し出した感動作で、音楽においても、映画のテーマや登場人物の気持ちをポップソングで雄弁に物語ってきた彼の集大成といえます。脚本を書くときはいつも音楽を聴きながら、というカーティス監督が本作の執筆中に繰り返し聴いていたのが、劇中でも使われているベン・フォールズの「The Luckiest」とロン・セクスミスの「Gold In Them Hills」の2曲と、エヴリシング・バット・ザ・ガールの「Downtown Train」(トム・ウェイツのカバー)でした。
カーティス監督:「『The Luckiest』と『Gold In Them Hills』は僕のお気に入りだ。その理由は、僕が本当に信じているものを歌っているからだと思う。もともと本作のタイトルを『The Luckiest』か『Gold In Them Hills』にしようとしていたくらいだ。エヴリシング・バット・ザ・ガールの『Downtown Train』は映画には一度も使っていない曲けど、『僕の映画もこういうふうに聴こえてほしい』という曲でいつも聴いていた。あと、ケイト・ブッシュの『Moments Of Pleasure』は映画の最後に使おうと思っていた。結局は使わなかったけど、たくさんのインスピレーションを得た。歌詞の内容だけでなく、曲のトーンも、どんなトーンの映画にしようか決める際の手助けになるんだ」
中でも、愛する人と出会い、共に日々を暮らすことができる自分がどれほどラッキーかを歌ったバラード「The Luckiest」は、オープニングとエンディングという重要なシーンで使われています。
カーティス監督:「オープニングに『The Luckiest』のインストゥルメンタルを使う判断をするのは、とても難しかった。この映画のために音楽を書いてくれた人は『本気でそれがいいの? 僕が別のすてきな曲を書くのに』と言っていたよ(笑)。でも挑戦してみた。うまくいきそうだったし、時には運任せでいかなくちゃいけないときもある。振り返ってみれば、映画のラストに今まで使っていなかった新しい曲が出てくると、メッセージが伝わりにくい。だから『The Luckiest』でこの映画を始め、締めくくることができてよかったと思っているよ」
ちなみにポップミュージック好きのカーティス監督のお気に入りのアルバムを聞くと、「本当にたくさんあるけど」と前置きしつつも、ザ・ビートルズの「ハード・デイズ・ナイト」、ザ・ウォーターボーイズの「ルーム・トゥ・ローム」、ケイト・ブッシュの「ドリーミング」をチョイス。ベン・フォールズ好きには「ロンリー・アヴェニュー」がオススメだそうです。
『ラブ・アクチュアリー』から始まった名優ビル・ナイとの友情!
カーティス監督といえば、ポップミュージック、そしてビル・ナイでしょう! ビルは『ラブ・アクチュアリー』から『アバウト・タイム』までカーティス監督作全3作に出演し、それぞれで味のある名演を披露しています。『ラブ・アクチュアリー』から始まった二人の友情ですが、もともとは同作にビルをキャスティングする予定ではありませんでした。
カーティス監督:「老ロックンローラー役の候補はすごく有名な二人の俳優で、どちらにするか迷っていたときに脚本の読み合わせがあり、しょうがないからキャスティングの女性に『映画には出ないけど、読み合わせに参加してくれる人のいい俳優を探してくれないか』と頼んだらビルが来たんだ。彼は読み合わせで本当に素晴らしかったから、予定していた二人の有名俳優ではなく、そのままビルをキャスティングすることになったんだよ」
『アバウト・タイム』でビルがふんしたのは、ドーナル・グリーソン演じる主人公ティムの21歳の誕生日に、「この一家に生まれた男たちにはタイムトラベル能力がある」と告げ、人生に奮闘するティムを温かなまなざしで見守る父親です。
カーティス監督:「ビルに本作の脚本を送ったら、ぜひやりたいとセットに来たんだ。でも“演技はしたくない”と言っていた。エキセントリックで、英国的で、口ひげがあって、ツイードのジャケットを着て……といった父親ではなく、穏やかな普通の父親、映画を観た人たちが自分の父親だと思えるような人物にしたいと言っていた。ビルに多くの映画に出てもらっているのは、彼が本当に多くのことができるからなんだ。『ラブ・アクチュアリー』では騒がしいビッグなロックンローラーだったし、『ある日、ダウニング街で』(デヴィッド・イェーツ監督、リチャード・カーティス脚本)ではナーバスな官僚そのものだった。そして本作では、すてきでありふれた父親なんだ」
まさにビルのためにあるような役柄ですが、当て書きではないそうです。
カーティス監督:「当て書きはしないようにしていた。何度か、例えば『ラブ・アクチュアリー』ではイギリス首相をヒュー(・グラント)が、彼の妹をエマ・トンプソンが演じることが決まっていたけど、普通は物語の中のリアルな人々を書こうとしている。だから書き終わってからキャスティングするんだ」
お気に入りのシーンについて聞くとまず「みんなを濡らしてカオスのような撮影だったから」と“雨の中の結婚式のシーン”を挙げたカーティス監督ですが、「でもやっぱり一番は……」と口にしたのは、ビルと小さな男の子がビーチに居るシーンでした。
カーティス監督:「あの子は実は僕の息子のチャーリーなんだ。チャーリーはブロンドだったから、(ティム役の)ドーナルに合わせて赤毛に染めた。赤毛で学校に戻ったらみんなにからかわれたって(笑)。とにかく、チャーリーとビルはとてもいい友達なんだ。チャーリーは赤ちゃんのころからビルを知っているからね。5時から6時までの太陽で撮る必要があったから、撮影に使える時間は限られていた。だから僕はビーチの端に立ってビルとチャーリーに『20分間一緒に過ごして』とだけ叫んだ。だからビーチで競走したりするあのシーンは、彼らが友達同士のように、父と息子のように実際にやったことなんだよ。僕はこのシーンが大好きだ。一番初めにやりたいと思ったシーンだしね」
実はこのシーンは、ベン・フォールズと彼の息子がビーチで過ごす「Still Fighting It」のミュージックビデオにインスパイアされたもので、ポップミュージック好きのカーティス監督らしいシーンといえるでしょう。
カーティス監督:「『こういう自然な感じにしたい』と撮影を始める前に『Still Fighting It』のミュージックビデオをみんなに見せたよ。本作でベン・フォールズに会ったけど、彼は素晴らしい。僕のヒーローの一人だ」
監督は本当にこれで最後!
2013年に『アバウト・タイム』での監督業引退を表明したカーティス監督ですが、本気なのでしょうか? 気が変わったということはないのでしょうか……?
カーティス監督:「ああ。本当にこれで引退するよ(笑)。撮影でビルとビーチに居たんだけど、暑くて大変な1日だった。それで、次にビーチに一緒に来るときは、友人同士としてただ歩き回ろうって言い合った。映画を監督するのは3年くらい時間がかかるんだけど、別のことに時間を使いたい。この映画は『平凡な毎日を楽しんで。映画を作って、お金を稼いで、成功する必要はない』って言っているわけだけど(笑)、その命令に従うんだ。人生は愛している人々と一緒に過ごすべきだ。もし僕が何かを監督することがあるなら、iPhoneでとかだろうね(笑)。でも、もう1本は映画の脚本を書くつもりだから、やり遂げられたらとは思っている。僕より優れた監督と仕事をして、どんなふうになるか見てみたいんだ」
ファンとしては脚本だけでも続けてほしいものですが、そのつもりもあまりないようです。
カーティス監督:「少なくともあと1本は書くけどわからない。最近ダスティン・ホフマン、ジュディ・デンチ共演の新作(ロアルド・ダールの『ことっとスタート』が原作のテレビ映画)の脚色をしたけど楽しかった。偉大な俳優との素晴らしい仕事だったから。でも、まるまる1本、映画を書くことはもうないと思う。『アバウト・タイム』は僕が言いたいこと全てだから」
もうカーティス監督作が観られないなんて本当に悲しいですが、彼が残したメッセージを胸に前向きに生きていくほかありません。今回の来日は17歳の息子ジェイクと一緒で、取材前に明治神宮、キデイランド、忍者レストランに行ったと楽しげに明かしたカーティス監督は、『アバウト・タイム』のメッセージに従って人生を満喫しているようでした。
映画『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』は9月27日より全国公開