読み物連載-第1回 少年たちの物語は東京の巨大団地から始まった【5人の俳優が12年間同じ役を演じ続けた!】第一弾『ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』
東京だけど、東京じゃない。東京湾を埋め立てて建設された、都内のすみっこに浮かぶ離島……。品川区とは名ばかりの、どこか垢抜けないマンモス住宅地「八塩団地」に生まれ育った5人の少年たちがいた。
平凡を絵に描いたようなシュン、おぼっちゃん育ちのボン、リーダー格でスケボーを乗りこなすタクマ、不運に付きまとわれるハル、八塩限定暴走族のヘッドを張るチュウ。中学で同じクラスになって以来のクサレ縁。家庭環境も性格もバラバラなのに、いつも5人でつるんでいる。何くれとなく集まっては、ちょっとした悪さをしたり、アダルトビデオを見たり。
目的もなくダラダラと、くだらないことに費やす時間がたまらなく楽しい。大人になる前の「今」だからこそ許される瞬間を満喫していた。そんな彼らも、いよいよ高校最後の年を迎える。
卒業後の進路も身の振り方も決めないまま、満を持して乗り出したのは若者の街・原宿だった。今回のミッションは、ずばり、ナンパ! 可愛いギャルをゲットすべく、八塩から原宿に殴り込みだ! 陸の孤島とも言うべき八塩と東京本土をつなぐものは、3本の橋だけ。島国根性にまみれた5人は、八塩住民の熱い声援を背に、意気込みマンマンに橋を渡る。そして、原宿に足を踏み入れると、集合時間だけ決めて個別行動へ。振り返れば、この日をキッカケに、彼らの運命は大きく動き始めたのだった。
シュンは八塩団地の普通棟に住む、自称「平凡を絵に描いたような高校生」。
ちょっと変わったところと言えば、数年前に母を亡くしてから、奇天烈な海賊DJにのめり込んでいるイカれた父がいることくらい。念願の原宿では、誰よりも熱心にナンパに励むものの、まったく成果なし。いい加減、諦めかけた時に出会ったのが、ロング・ストレートの黒髪をなびかせた清楚な女子高生みくだった。可憐なみくに心奪われたシュンは、ケータイストラップを餌にみくを誘い出し、次の約束を取り付けることに成功! みくとの交際は誰にも言わず、シュンは初めて仲間たちに秘密を持った。夏祭りの夜には、溶けかけたアイスクリームを片手にミクとキスするという青春っぽい一場面を味わう。
卒業後の進路など何も考えていなかったくせに、ミクに見栄を張りたい一心で「青山学園大学に行く」と言ってしまったシュンは、遅ればせながら受験勉強を始めた。だが、それは仲間にとって裏切り行為と映る。大学受験なんてものは、ベロベロに酔っ払って醜悪な姿を晒しながら屋形船に乗る“つまらない大人”への入り口と捉えられてしまうのだ。みんなに非難糾弾されたシュンは思わず「八塩しか知らずに死んでいくのかよ? お前ら、本当にそれでいいのかよ? 俺は高校と一緒に、この街からも卒業する!」と啖呵を切るのだった。
受験の準備は進めながらも、シュンは仲間と過ごせない時間を味気なく思う。そして、「八塩を出るための元服の儀式」と称し、つまらない大人にはならないという意志表明のため、青学受験前日に仲間たちが見守る前で屋形船転覆計画を実行する。運命のイタズラなのか、その屋形船にはハデハデ厚化粧のみくがコンパニオンとして乗っていた! きゃーきゃー悲鳴を上げて脂ぎったサラリーマンにしがみつくミクの姿に、シュンは激しく失望する。こうして、初めての恋は敢え無く終わった。だが、そんなことよりも、5人で協力して船を沈没させた事実の方が、今のシュンには大切だった。
父を亡くしたタクマに付き添っていた為に寝過ごし、青学受験を断念しようとするが、チュウの尽力によりギリギリで会場に到着する。これで合格していたらカッコよかったんだけど……、浪人決定。翌年のリベンジに目標を定めた。(つづく)
ボンは優しくてイイ奴だ。八塩の中でも高額所得者が集まる「リッチ棟」に住みながら、決して他者を見下したりしない。
彫りの深い端正な顔には、いつも穏やかな笑みを浮かべている。だけど、その内面はなかなかハングリー。いつか、「リッチ棟の最上階、角部屋に引っ越す」という野望を秘めているのだ。ビッグな男を目指すナイスガイなのだが、その割にはちょっとズレたところがあり、みんなで原宿に繰り出した時にはおもむろに即席のクレープ屋台を出す。ボンが焼いたクレープは原宿ギャルたちに大好評だったが、周辺のシマを仕切っているヤクザに見つかり、ボコボコにされてしまった。やっぱり、どこか抜けている。
そんなボンに、いきなり留学の話が持ち上がる。居酒屋を営む父の勧めで、ベトナムへ行くことに……。別れを悲しむ仲間の前で、ボンは高らかに宣言した。「インターナショナルな男になって、きっとこの団地にカムバックする。その時には八塩を変えるタフガイになっているはずだ。約束しよう。全棟すべての階にエレベーターを! 八塩に建てるぜ、丸井ヤング館! 市民プールを使う女は全員トップレス!」。特に最後の公約は、みんなの熱い支持を集めた。さらば、ボン。君の未来に幸あれ!……ところが、ボンの留学先は八塩団地の別の棟に住むベトナム人家庭。駅前留学ならぬ団地内留学だったのだ。
なんとも締まらない話だけど、そういう間の抜けたところもボンらしい。やがて、自分が本当にやりたいことを見つけたボンは、経営者の道を望む両親を説得し、板前修業に出ることを決意する。(つづく)
八塩ヒエラルキー最下層のビンボー棟に住むタクマは、中学の頃からAERAとか読んじゃって、ガキのくせに妙にクールなところが周囲から浮いていた。
でも、好きで一匹狼を気取っていたわけじゃない。本当は、みんなの輪に入りたかった。万引きが流行した際、タクマは思い掛けない行動に出る。店頭のコンドームを拝借し、全部に穴を開けてから、元通りの棚にリターンする神業を披露。その翌年、八塩には爆発的なベビーブームが到来したという……。それ以来、みんなから一目置かれるようになり、今では5人組のリーダー格。鋭い眼差しで「つまらない大人」を蔑み、屋形船に乗ってドンチャン騒ぎをするような奴らにはズボンを下ろして「お尻ペンペン!」と馬鹿にする。茶髪
タクマが夢中になっているのは、原宿で手に入れたスケートボード。そう、八塩に初めてスケボーを持ち込んだのはタクマなのだ。颯爽とスケボーを操るタクマの姿に、八塩の若者たちは尊敬の目を向け、歴史に残る偉人になぞらえて「八塩のフランシスコ・ザビエル」と呼んでいる。だが、タクマの自尊心はナンパに繰り出した原宿で打ち砕かれてしまう。タクマなど及びもつかないスケボー・テクニックを見せつける集団「ストリート・スライダース」に遭遇したのだ。この日の屈辱は、タクマの心に大きな傷となって残るのだった。
しかし、それ以上に大きな悲劇がタクマを待ち受けていた。母が家出し、父が自殺を図り、タクマは天涯孤独の身となってしまう。父の遺体を発見した時には、黙って寄り添ってくれた仲間たちの存在が有り難かった。否応なしに大人にならざるを得なくなってしまったタクマは、父の遺した保険金を元手にしてカリフォルニアへ留学することを決める。可愛いユカからのキスを受け、タクマはスケボーに乗って八塩を出て行った。いつか、もっと大きな男になって戻ってくるために。(つづく)
なぜか、いつもツイていない。八塩団地の普通棟に住んでいるハルは、いつでもどこでも不運に付きまとわれる宿命を背負っている。
エロ本を隠せば母親にすぐ見つけられ、団地で投身自殺する者あれば、必ずその現場に遭遇してしまう。おどおどした態度、滑舌の悪いモゴモゴした口調、優柔不断な気弱さは、そんな不運体質に起因するものだろう。アルバイトでコツコツ貯めた軍資金10万円を手に原宿に乗り込むが、女の子に声を掛ける前にキャッチセールスに引っ掛かり、延々、怪しげなセールストークを聞かされる羽目に……。原宿から戻ったハルの手元に残ったのは、どこかで見たことがありそうなイルカの絵と、英会話教材だけだった。
八塩に引っ越してきたユカに一目惚れしたハルは、彼女が住む棟の新聞配達を志願する。新聞の誤配で接近を試みるも、親しくなれたのはユカではなく、その母親の方だけ。それでも「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」の心意気で、ユカに近付くための糸口として付き合いを続けるが、強引な誘いに負けて母親と不倫関係を持ってしまう。意外にも、仲間の中で最も早く童貞を卒業したのはハルなのだ。
何事にも流されやすく、巻き込まれやすいハルだが、屋形船事件の時だけは違った。いち早くシュンに共鳴し、自ら船に飛び込んで行った。その行動は、図らずもシュンの窮地を救うことになる。その一方で、屋形船事件に一抹の罪悪感を抱えているのもハルらしいところ。卒業後は、八塩の大型スーパーに就職することが決まった。良いことも悪いこともひっくるめて八塩という地で生きようとするハルは、もしかしたら、誰よりも堅実な男なのかもしれない。(つづく)
髪はリーゼント、頬には大きな古傷、服は時代遅れの特攻服。
それがチュウのスタイルだ。ガラの悪い人々が集まるちょっとヤバい第9棟に在住し、八塩限定の原チャリ暴走族「鮫洲一家」第二十五代目ヘッドを務めている。ま、実力でのし上がったと言うよりは、同じくヘッドを務めていた兄の七光りで就任したようなものなんだけど。実は、チュウは5人の中で1人だけ“元”同級生。チュウが気に入っていた女子生徒にチョッカイを出したスケベ教師にキレて暴力沙汰を起こし、高校をクビになった経歴を持つ。
当然、原宿に赴いてもナンパに精を出すなんてことはしない。なぜか路上で瓦割を始め、瓦だけじゃなく自分の額を割って、血まみれになる。おまけに火の輪くぐりまでやろうとするのだから、始末が悪い。それでも、仲間の前では頑なに「この地に魂を刻んできました!」と言い張るのだった。
バカで血の気が多いチュウだけど、人一倍、仲間思いの男だ。青学受験に遅刻しそうになったシュンを叱咤激励すると、愛車の後ろに乗せてテリトリーの八塩を飛び出し、原チャリで都内を爆走した。大学という輝かしい未来へ飛び立とうとする仲間の背中を押してやりたかったのだ。だって、自分には、決して出来ないことだから……。更に、屋形船事件の犯人と決め付けられて「鮫洲一家」は一時解散の憂き目に遭い、チュウ自身も保護観察処分を受ける。ハルは真実を告げようとするが、「こういうことはアウトローに任せておけ」とすべての罪を1人で被るのだった。原チャリに乗れなくなった今は、ママチャリで八塩の街を走り抜けている。(つづく)(文:杉浦真夕)
なお、「ピカ・ンチ LIFE IS HARD だけど HAPPY」には原作本(竹書房文庫、著:河原 雅彦)があります。今回は原作者さま、ジェイ・ストームさまの許可を得て別の著者が特別に創作させていただきました。
「ピカ☆★☆ンチ」とは?
2002年、堤幸彦が監督を務め、嵐が主演の東京のマンモス団地を舞台にした青春映画『ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』が劇場公開。その2年後、嵐が再び同じ役でキャラクターたちのその後を演じた『ピカ☆☆ンチ LIFE IS HARD だから HAPPY』が公開される。それからさらに10年後、30代になり青年になった彼らが再び再会する『ピカ☆★☆ンチ LIFE IS HARD たぶん HAPPY』(VD&ブルーレイは2月25日(水)発売、3月18日(水)レンタル開始)がスピンオフという位置づけで公開される。嵐の5人は12年間同じ役を演じ続けた。