細田守監督作品の裏側:敏腕プロデューサーたちが語り合う『バケモノの子』
『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』の細田守監督が3年ぶりに手掛けた最新作『バケモノの子』。それを支えたのが、『時をかける少女』以降、監督と二人三脚で映画を作り続け、共にスタジオ地図を立ち上げた齋藤優一郎プロデューサーと、『告白』『悪人』『モテキ』などヒット作を次々に生み出し、『おおかみこどもの雨と雪』から細田監督作品に携わっている川村元気プロデューサーだ。作品の裏側をよく知る二人が、細田監督の作品について語り合った。
■細田監督作は3年に1度のプロデューサーの腕試しの場
川村元気(以下、川村):まず細田監督の作り方が面白いんです。監督は自分のプライベートな生活や日常から発想する人で、『おおかみこどもの雨と雪』も、母親が亡くなった後の気持ちと、子供が生まれたらいいなという思いから「母と子供の物語」が始まった。今回は監督自身に男の子が生まれたから、「男の子と父親の物語」になったんだなって。打ち合わせも、理想的な父と子の関係って何だろうと、みんなで雑談していく形で、細田監督の中にエピソードをためていく。それらがたまったあとで、細田監督が脚本を書く。ぜいたくですよね。3年に1度、自分のすごく大事なプライベートな部分を絞り出して作るというか。その細田監督が自らを削りながら、自分の歴史のような作品を作っていくプロセスに付き合っていきたいなと思わされる。僕にとっても3年に1度の腕試しの場ですよね。自分はこの3年で成長できたのだろうかと。
齋藤優一郎(以下、齋藤):細田監督と作品に試される?
川村:そう。細田監督は、発想力がずば抜けている上に、本当に勉強しているし、よく考えている人。そういう腕試しの場に3年に1度集まっているという気持ちです。
■取材の量はハンパじゃない!膨大な資料から作られる作品
川村:最近は映画がすぐにジャンル分けされてしまう時代ですが、その中で、細田守という作家には見たことのないユニークなものを作りたいという思想が強くあると思います。『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』のいずれも、キャラクターや世界観がユニークで、細田監督のオリジナリティーがあふれている。観客にとっても多様な見方ができる重層的な映画を作る監督ですね。でもそのためには多大な労力が必要で、取材の量もすさまじいです。細田監督は、ものすごく取材するよね?
齋藤:する。そもそも持っている知識量もさることながら、映画に向き合う中で、考え学ぶ努力をいとわない勉強家。そして自身の身近な日常を通して見つめる「今」に対して、常に好奇心や問題意識を持っている人。そんな人だと思う。だから例えば映画の舞台を決めるにしても、そこに住む人や土地が持つ文化や歴史、また現代の映画の舞台に据える意味とかね、ありとあらゆることを考えて、調べ抜く。『バケモノの子』の舞台である渋谷もそういったプロセスと検証の中で決まっていったよね。
川村:だから僕らの仕事の肝は、膨大な資料やテーマやメッセージを基に、細田監督が脚本とかコンテという形で出してきたものに対して、ここが面白いんじゃないかとか、細田監督が本質的にやりたいことがどこにあるのかを見極めることだと思います。そういう気持ちで打ち合わせには臨んでいましたね。
齋藤:うん、同じ気持ちです。
■もはや結婚状態!?12時間の長すぎる打ち合わせ
川村:(打ち合わせが)長いよね……。
齋藤:食事まで含めると12時間くらいかな(笑)。
川村:長すぎるよ(笑)。
齋藤:でも、特に企画の打ち合わせなどは会議机の前で話しをすることばかりが、良いとも思えないだよね。それこそ食事であったり、例えば海外に行った時に話す、何げないことが、監督の刺激や新しい発見につながったりすることもある。そういうことの積み重ねや検証の繰り返しが、細田監督作品の本質的な打ち合わせなのかもしれない。
川村:僕はさすがに全部は付き合えないです(笑)。でも細田監督の周りには、さまざまなタイプのプロデューサーがいます。齋藤プロデューサーはスタッフや予算管理のことからスタジオ地図のことも全部見ている。細田監督と完璧に伴走していますよね。
齋藤:川村プロデューサーはじめ、たくさんの人たちに支えてもらいながらね。
川村:ずっと一緒にいるからこそ、見えてくることがたくさんあるんだと思います。一方で、ずっと見ていると何がいいかわからなくなることもあると思うので、たまに来て「あ、ここどうして変わったんですか?」みたいなことを言う役割を果たそうと思っていました。
齋藤:絶妙の距離感とタイミングでね(笑)。一緒に『おおかみこどもの雨と雪』をやってくれないかと話をしたあの頃から変わらず、すごくありがたい存在と思っていますよ。
川村:それぞれが作品にとって一番良くなる動き方をしているチームだと思います。
齋藤:僕はある時から細田監督とその作品のプロデューサーであり続けたいと自分の人生を決めた瞬間がある。スタジオ地図を作ったのも、それはプロデューサーチームの中で、自分がやるべきチャレンジと役割だと思ったから。
川村:すごいですよね。結婚より重い(笑)。
齋藤:重いなんて思ったことはないよ。でも結婚……ではないと思うよ(笑)。
■声優探しは作品のためだけに
齋藤:キャスティングについては、映画の人物に合う方に出会うまで探し続けるという考えがあります。だから、映画の人物と魂が共鳴し合える方がいらっしゃれば、オーディションに限らず、その方法はどんなものでも良いと思ってる。それはずっと変わっていないですね。
川村:すごく作品本位な監督だから。仲良いからキャスティングするなんて、絶対にしないんですよ。本当にこの役、作品に合っているかどうかを煮詰めて決めますよね。
齋藤:煮詰めて煮詰めて、作品に寄り添ってね。
川村:でもこの時代にメジャーのど真ん中で、そこまで純粋に作品本位で作ることができる監督も少ない。それが細田監督を特別にしているのかな、と一緒にやっていて思います。
齋藤:そう思います。でも、本当に幸運な出会いをいつもさせてもらっている。今回も本当に素晴らしい才能の方々とご一緒させていただきましたね。
川村:それと細田組はタレントぞろいというイメージはありますね。スタッフやキャストの個性は全然違うのだけれど。それぞれのジャンルで、ものすごく才能がある人たちが集まっているというか。そういう才能を吸引する力があると思いますね。
■細田監督作品を世に出す恐怖
川村:細田監督の作品を世に送り出すときは緊張します。監督は今までにない、ユニークな映画を作っている。だから、『サマーウォーズ』や『おおかみこどもの雨と雪』のようにものすごく時代にはまってヒットすることもあるけれど、世間とずれてしまうこともあるんじゃないかという恐怖があるわけです。細田監督のプライベートな感情や感覚が世間や世界と通じているかどうかという戦いを絶えずしていて。でも細田監督はその勝負にずっと勝ってきた。そこがすごいなと思う。今回であれば、血のつながっていない親たちが、みんなで子供を育てる話で、「社会全体に親の役割がある」という、新しいテーマを提案している。大胆ですよね。でもそういう大胆なことをやっていかないと映画って面白くならないと思います。
齋藤:監督は、自分の家族で起こっている喜びや問題は、世界の家族でも起きていて、自分たちの家族の問題を解決することができたら、世界の家族の問題も解決することができるんじゃないかと考えながら、そういったモチーフやテーマを題材に、誰もが到達可能な理想を込めて、ずっと映画を作っているんだと思う。だから今回は日々成長していくわが子を見守る視線を通して、これから大きく変化していく社会の中で生きていく子供たちの未来に対して、親に限らず大人や社会そのものが、もっと励ましや祝福の気持ちを持って関わっていく必要があるんじゃないかと。そういう新しい家族の価値観にチャレンジしているんだと思うんだよね。『サマーウォーズ』以降、ずっと監督は家族というものを考え続けている。
川村:こういうテーマを描こうとすると、小難しい映画になりがちなんですが、それをとことんエンターテインメントとして作ろうとしていることが、細田監督のすごいところだと思うんですよね。それを成し得ているのは、宮崎駿監督やジョン・ラセター監督であったり。『バケモノの子』はそこに初めて到達した作品かもしれないですね。ついに巨匠の域に並ぶか、の勝負かなとも思っています。
齋藤:もう一つ、監督のチャレンジには、夏に少年が不思議なものと出会って冒険をし、一皮むけて、そして大人になるというアニメーション映画の王道にチャレンジしようと言うことがあった。そこに現代的なテーマ性も込めて、夏の思い出を彩る、子供と大人が一緒に楽しめる新しいアニメーション映画が出来たんじゃないかと思う。川村くんが言うように、とことんエンターテインメントに徹した本作を、ぜひ楽しんでいただけたらうれしいです。
ストーリー:人間界「渋谷」とバケモノ界「渋天街」は、交わることのない二つの世界。ある日、渋谷にいた少年が渋天街のバケモノ・熊徹に出会う。少年は強くなるために渋天街で熊徹の弟子となり、熊徹は少年を九太と命名。ある日、成長して渋谷へ戻った九太は、高校生の楓から新しい世界や価値観を吸収し、生きるべき世界を模索するように。そんな中、両世界を巻き込む事件が起こり……。
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取材・文:編集部・井本早紀