『日本のいちばん長い日』役所広司&松坂桃李 単独インタビュー
松坂が心の底からゾッとした役所の切腹シーン!
取材・文:轟夕起夫 写真:杉映貴子
降伏か、はたまた本土決戦か。日本が刻一刻と破滅へと向かう太平洋戦争末期、祖国の未来を信じ、今日の平和の礎を築くため、命を懸けて戦った人々がいた。戦後70年の節目に製作された映画『日本のいちばん長い日』は、極限状況下でのそれぞれの重い選択を、勇気をもって描き出した。本作で阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大臣を演じた役所広司、畑中健二少佐にふんした松坂桃李。映画を通して“歴史を生きた”二人が、言葉を交わし合った。
“あの時代”に軍人となった若者たちに思うこと
Q:最初から直球の質問をさせていただきます。昭和天皇のご聖断が下ったあと、中心になってクーデターを企てる畑中少佐の生き方を、陸軍大臣・阿南を演じられた役所さんはどう感じられましたか?
役所広司(以下、役所):松坂くんが演じた畑中ら青年将校たちは、日本という国を守るため、上官である阿南たちが手塩に掛けて育てた軍人の模範なんですよ。「敵国に対して徹底抗戦すべき! 最後の一人になっても戦うんだ!」と主張するのは、陸軍の教えを忠実に守ってのこと。だけども情勢が変わり、血気盛んな彼らを阿南は抑えようとする。非常に複雑な心境になりましたね。
松坂桃李(以下、松坂):畑中にとっても、他の青年将校たちにとっても、阿南さんは軍人の指針であり鑑(かがみ)であり、心のよりどころだったと思います。だから僕も阿南さんの言葉、そのひと言ひと言をとても大切にしていたのですが……。
Q:映画の序盤で、東條英機を前に、阿南陸相の言葉をそらんじますね。えーと、「積極ハ……」の次は何でしたっけ(笑)。
松坂:積極ハ如何ニ努メテモ猶ホ神ノ線ヨリ遠シ……勝利は攻撃精神に徹してこそある、という。難しい用語、言い慣れない言葉がたくさん出てくるのが大変で、原田(眞人)監督からいただいた資料を読み込み、自分の体の中にしっかり入れて現場に挑みました。畑中は純粋な男なんですよね。ただ客観的に考えると、畑中は自分で考え、発言する環境にはいなかったんです。そういうことが許される立場ではなかったんですよ。
役所:阿南として、また個人的にも、何の疑いもなく行動していったあの時代の若者たちを見ると胸が痛みます。戦争で戦うためには、まさにそういう軍人を作らなきゃいけなかったんだけど、今度は終わらせるためには不必要な存在となってしまった……これは理不尽であり、悲痛極まりないことです。
松坂が心の底からゾッとした阿南の切腹シーン!
Q:完成した映画をご覧になって、役所さんのシーンで、松坂さんがとりわけ心に残っているところはどこでしょうか。
松坂:いっぱいありすぎて困ります。……そうですね、やはり自害をされるところでしょうか。全ての運命を受け入れて、ちょっとほほ笑まれるんですよね、役所さん、いや、阿南さんは。切腹をされる前には、義弟の竹下中佐らとお酒を飲まれて、「飲めば血行がよくなり、出血多量で確実に逝ける」なんてことも口にされて、鬼気迫るものがありました。
役所:それまでずーっと禁酒していましたからね、阿南さんは。やっぱり若者たちと一緒に飲みたかったんでしょう。自分の部下との最後の時間を大切にしたんじゃないかな。
松坂:そうですよね。いざ切腹を始めて、竹下中佐が「介錯(かいしゃく)を致しましょうか?」と言葉を掛けると、阿南さんは毅然と「無用だ、あちらへ行っておれ」と答える。その意志の力がすごくて、心の底からゾッとしました。見終わっても一連の切腹シーンは、“戦慄”として僕の中に強く残っています。「こうやって人が死んでいかなくてはならない戦争って、本当に怖い」という思いと共に。
Q:では、松坂さんのシーンで、役所さんが特に心に残っているのは?
役所:放送会館へと乗り込んだ畑中が、電源が落とされた中、スタジオで一人、マイクに向かって演説するところですかね。あそこもひどくかなしいですよ。
松坂:最初台本を読んで、そのシーンを撮るまでに自分なりにイメージしていたのは、スタジオだったので座るとマイクがあって、でもコードなどつながれていないところで自分の思いを原稿にしたものを読み上げる、というものだったんです。ところが現場に行ってみたら、ブースはあったんですがそこは使わず、監督から「舞台に上がって、つり下がっているマイクに向かってセリフを言うように」とサジェスチョンがあって。ちょっと戸惑ったんですが、マイクに向かって背筋をあらためて伸ばしたら、「ああ、畑中だったらこうするだろうなあ」と感じました。
役所:まだ20代も半ばくらいの若者たちが、自分たちの国の行く末を思い、純粋に生きようとする姿自体はとても美しいんだよね。だからこそ、誘導の仕方によっては危険な領域に進んでしまうんだけども。
松坂:届くはずのない演説をしながら、より一層、悔しい気持ち……いろいろな感情が込み上げてきました。それと、自分ではどうすることもできない己の無力さも。
役所:畑中が読み上げるのは、阿南が以前許可した“陸相訓示”なんだよな。
松坂:そうなんです。でも畑中は、阿南さんに逆らうようなことをしているわけで、いろいろな感情が渦巻き、苦しかったです。
戦争を知らない世代にバトンを手渡す義務
Q:親子というか、師弟の関係であった二人が、ご聖断が下って真正面からぶつからざるを得なかったところに、歴史の不幸がありますね。映画にすると大変ドラマチックなのですが。
松坂:陸軍省にいる阿南さんに、畑中が「辞職して全部をひっくり返してください」と掛け合うシーンも忘れられないですね。
Q:「納得できぬなら、まずわたしを斬れ!」と阿南さんが一喝する場面ですね。
松坂:今まで信じてきたものが、全て崩れ去ってしまったというか、阿南さんに「どんどん行け!」と言われていたのに、一気に裏返ってたたきつけられ、畑中に衝撃が走ったシーンでした。あそこはもう、現場の空気に身を委ね、畑中の腹の底から湧き出てくる気持ちを頼りに演じていました。
役所:阿南という男はね、1945年4月、陸軍大臣に選ばれたときから、死を覚悟していたのでしょう。ずーっと自分のことを慕い、信頼してくれていた青年将校たちを暴走させないようやってきたものの、結果的にだますことになってしまった。彼らは優秀な人間たちですからね。生き残った者たちが“日本の未来”を作っていくと信じていた。だからクーデターは何としても避けたく、それであの場面で「まずわたしを斬れ!」と体を張ったんだと思う。「命を無駄にしてほしくない」という切なる気持ちで。
Q:昭和史研究の第一人者・半藤一利さんの傑作ノンフィクションが新たなアプローチで映画化され、戦後70年の今年にこうして公開される意義は大きいですね。
役所:僕も封切時に観ましたが1967年に岡本喜八監督版の『日本のいちばん長い日』が製作されたころは、スタッフにもキャストにもまだ戦争体験者がたくさんいらっしゃったんですよね。今回は原田監督を筆頭に、幸いにして“戦争を知らない”世代で挑んだんですが、悲劇を繰り返さぬためにも作り続ける意義はあるのではないでしょうか。
松坂:日本は敗戦国になったからこそ、70年前に起きた出来事を自分たちで直視して、発信し続けていく必要があると思うんです。今後、戦争体験者の方々は一層少なくなってしまうわけで、その方々からいただいた言葉、願いを次の世代へとつなげていきたい。この作品に出演して、「バトンを手渡す義務」の大切さを以前にも増して感じています。
役所:うん、立派だ!
松坂:(びっくりしながら)いえ(笑)。
役所:ここにも一人、純粋な若者がいて、ちょっと安心したよ。
本作の撮影中、常に役所の背中を眺めていた松坂の感想は、「とても重たかったです。役者としての重みが違います」。それはそのまま、阿南惟幾という大人物の背中を、尊敬の念と共に見つめていた畑中少佐の気持ちとも通じるだろう。互いに国を案じ、しかし、最後には対立してしまった歴史上の二人。彼らの犠牲によって手にした“平和”のもと、松坂は役所の胸を借りた。そうしてバトンは受け継がれていく。
(C) 2015「日本のいちばん長い日」製作委員会
映画『日本のいちばん長い日』は8月8日より全国公開