『岸辺の旅』深津絵里&浅野忠信 単独インタビュー
撮影後も、ずっとどこかで心がつながっていた
取材・文:斉藤博昭 写真:尾鷲陽介
3年前に失踪した夫が突然、家に戻ってきた。彼は平然と「俺、死んだよ」と告白する……。黒沢清監督が、カンヌ国際映画祭のある視点部門で監督賞を受賞したことで注目された『岸辺の旅』。すでにこの世の者ではない夫と、その帰りを待っていた妻の旅という異色のラブストーリーに挑んだのは、深津絵里と浅野忠信。夫婦役での共演を待ち望んでいたという二人は、黒沢監督の撮影現場で、どのように役に近づいていったのか。それぞれの思いを語り合った。
もっと濃密な関係の役で
Q:どんなことが出演の決め手になったのでしょうか?
深津絵里(以下、深津):まず原作が素晴らしかったですし、黒沢清監督の作品は初めてで何か刺激をもらえると思いました。そして何より浅野さんと再び共演できることが決め手でした。
浅野忠信(以下、浅野):僕にとっても深津さんとの共演が大きなポイントですね。以前、三谷幸喜さんの『ステキな金縛り』で同じ現場を経験したとき、「次回はもっと濃密な関係の役で共演したい」という思いが強く残ったんです。
深津:不思議ですね。わたしもあのとき、同じように感じていました。あと、40代の男女を主人公にした作品って、ありそうであまりないですよね。
浅野:そうそう。
深津:いろんな要素がぴたっと重なって今回の共演が実現した感じです。
Q:念願の夫婦役での共演ということで、意気込みも違ったわけですね。
浅野:確かに、「深津さんとの共演で、こんな機会はもうないぞ」くらいの意気込みがありました(笑)。かなりテンションを上げて臨んだ記憶があります。
深津:浅野さんの役は、そこまでテンションを上げる役ではないですけどね(笑)。
浅野:そこが僕の図々しいところで、心の中だけでテンションを上げ、相手のやる気に火を付けるんです。「さあ深津さん、よろしく!」みたいな(笑)。この『岸辺の旅』は、みっちゃん(深津が演じた瑞希)の視点で描かれる物語ですからね。
撮影現場で存在を消す黒沢監督
Q:浅野さんにとって、黒沢監督作への出演は『アカルイミライ』以来12年ぶりですね。
浅野:『アカルイミライ』の頃、俳優として、自分のやり方や方向性に迷いがあって、黒沢監督に対して自分に近い何かを感じたんです。それで「やり切ってしまった」という妙な達成感があり、この先どう進むべきかという問題をあらためて考えさせられました。
深津:浅野さんもそんなふうに思うことがあったんですね。
Q:深津さんは今回が初参加になりますね。実際の黒沢監督の撮影現場はいかがでしたか?
深津:監督によって現場の雰囲気はさまざまですが、黒沢監督の場合は、「どこに居るのかな」とこちらが捜すほど、存在を消している感じでした。
浅野:だから僕らも演じやすかったですね。
深津:監督の精神状態に波がないので、わたしも全てを信じることができました。
Q:「自分は死んだ」と告白する夫と、それを受け入れる妻。非常に難しい役どころだと思います。
浅野:確かに僕が演じた優介は、居るのか、居ないのか、はっきりしない存在ですからね。
深津:でもわたしが演じる瑞希にとって、優介は、この世に居るかどうかというより、「自分の夫」という意識が強いんじゃないかな。
浅野:そういう感覚を素直に演じれば、監督がうまく描いてくれる信頼感がありましたよね。
深津:だから、最初に優介が登場するシーンは重要でした。あそこで瑞希の感覚が観る人に伝わらないと、その後の物語に違和感を与えるかもしれないですし。
浅野:あそこは台本にも「いきなり現れた」と書いてあったので、僕がその通りに演じれば、黒沢監督の映画なので少しショッキングにもなるかなと……。
深津:単に「突然、夫が帰ってきた」という状況とも違う。瑞希の頭の中には、ずっと彼が存在していた……という複雑な精神状態ですよね。
またいつか、違う物語で再会したい
Q:本作のように、すでにこの世に居ない誰かに伝えたい思いはありますか?
浅野:誰かが亡くなった場合、それなりに納得するようにしていたんですけど、何年か前にずっと会っていなかった友人を亡くしたとき、「何かを伝えたい」と感じました。仕事で葬儀にも出られなかったので、彼と夜釣りに行った逗子海岸をたどって、お線香を上げた思い出があります。
深津:わたしはこの作品に関わって、「死ぬこと」と「生きていること」の違いがどこにあるのか考えさせられました。結末を観れば、「死は、ただ悲しいだけじゃない」と感じられるのではないでしょうか。
Q:本当にそうですね。お二人が夫婦を演じたことがそれに説得力を与えていました。
深津:二人だけのシーンが多く、撮影期間はずっと一緒に居たので、余計なことを話さなくてもいい空気が出来上がっていましたよね。
浅野:深津さんとは、同じような姿勢で演技の仕事に携わっている感覚があったんです。その安心感を夫婦役で生かせたんじゃないかな。
深津:ここまで特殊な状況の夫婦を、当たり前に、リアルに表現するのは難しい。本当に浅野さんでよかった。
浅野:撮影が終わった後も、他の作品や雑誌なんかで深津さんの活躍を気にしていました(笑)。あまり「離れている」って感覚がないんですよね。
深津:この映画の一つのテーマでもありますが、「人と人の縁」って、こういう感じなんでしょうね。
浅野:またいつか共演してください。
深津:喜んで! 次はどんな物語でお会いできるのか楽しみにしています。
突然、姿を現した夫と、彼の帰りを3年間、待ち続けた妻。念願の再会を描くこの『岸辺の旅』の物語をなぞるように、演じた浅野と深津も「念願の共演」が実現したことを心から喜んでいた。飾らない言葉でお互いへの感謝を語る二人の姿は、まるで長年寄り添った夫婦かと錯覚してしまうほどだった。同じ役者として、魂の奥底で通じ合い、共演できる機会はまれかもしれない。そんな貴重な時間を共有した彼らの素直な思いが、『岸辺の旅』に輝きを与えたようだ。
映画『岸辺の旅』は公開中