『ブリッジ・オブ・スパイ』スティーヴン・スピルバーグ 単独インタビュー
人々がスパイしあう現代は冷戦時代に通じる
取材・文:吉川優子
スティーヴン・スピルバーグ監督の新作『ブリッジ・オブ・スパイ』は、冷戦時代を舞台に、トム・ハンクスふんする保険専門の弁護士ジェームズ・ドノヴァンが、ソ連のスパイ、ルドルフ・アベルの弁護を引き受け、ソ連で捕虜になったアメリカ人パイロットとアベルの人質交換の交渉をする、という実話に基づく感動ドラマだ。ロサンゼルスのユニバーサル・スタジオ内にあるアンブリン・エンターテインメントの瀟洒(しょうしゃ)なオフィスで、今作に懸ける思いをスピルバーグが語った。
冷戦で世界が終わると思っていた
Q:今作を監督することになった経緯を教えて下さい。
若いイギリスの劇作家マット・シャルマンが、歴史から発見したスパイ交換のストーリーを、プロデューサーに売り込んでいるのを一緒に聞いていたんだ。僕は監督としてではなく、ただの映画製作会社のヘッドとしてね。不思議なことに彼が語り終えた時、僕が関わるべき作品で、監督することになると悟ったんだ。
Q:どういうところに惹(ひ)かれたのですか?
ハリウッドだけが書けるというようなストーリーだけど、実は歴史として起きた出来事だったと知った時、突然、今日的な重要性を感じたんだ。ベルリンで壁が作られたり、偵察機U-2がソ連をスパイするとか、1950年代後半から1960年代初頭に世界で起きていたことと、今日、ソーシャル・メディアやインターネットで、人々がお互いをスパイしあう機会を作っていることにはすごく関連性がある。今ほど多くのスパイ活動が行われていることはないからね。
Q:冷戦について、どう思っていたのですか?
僕は冷戦がこわかった。学校では突然警報が鳴って、避難訓練があり、机の下に隠れないといけなかった。また夕食の席で、両親が、どれほど世界が危険なことになっているのかを話しているのを耳にしたりした。子供の頃、そういうことは、僕にすごく大きな影響を与えたよ。それはトラウマになって、僕は本当に世界の終焉がやってきて、16歳を迎えることはできず、だから運転免許証を手にすることもないだろうと思っていたほどだ。僕はもともと、とても神経質なんだ。
Q:ドノヴァンの息子が核爆弾をこわがって、バスタブなどに水をためるシーンがありますが、あれはご自身がモデルですか?
あのシーンは僕自身が脚本を書いたんだ(笑)。冷戦時代に、実際僕に起きたことを入れたかったからだよ。キューバ・ミサイル危機の時、両親はパーティーに出かけていて、僕は海上封鎖のことをずっと放送しているテレビを見ていた。もしソ連の船が引き返さなければ、フルシチョフ(ソ連の首相)と核戦争になることをわかっていた。それで、僕はすべての缶詰を安全な場所に持って行き、ちゃんと開けられるように缶切りがあることを確認した(笑)。当時、(砂漠の真ん中に都市が形成されている)アリゾナ州フェニックスに住んでいたから、バスタブや洗面台、裏庭の小さな浅いプールを水でいっぱいにしたんだ。
Q:あなたの父親がソ連に行った時、アメリカ人パイロットが乗っていたU-2の残骸の写真を撮ったそうですね。
そうなんだ。父は交換留学で3週間モスクワに行ったんだけど、1960年にロシアから帰ってきた時、僕は13歳だった。当時、何が起きたか話してくれたけど、写真は見せてくれなかった。父は撮ったすべての写真をコンピューターに取り込んでいて、1年半前、今作の脚本を読んだ時、1960年に撮影したU-2の残骸や、フランシス・ゲイリー・パワーズのヘルメット、飛行服の写真4枚を見せてくれた。
旧友トムには今でも驚かされる
Q:映画でトム・ハンクスとタッグを組むのは4度目ですが、久々ですね。
『ターミナル』(2004)以来で久しぶりだったよ。ずっと一緒にやりたかったけど、彼が好きだろうと思う脚本を見つけられなかったんだ。彼にやってもらいたかったのに、彼がやりたくない映画もあったしね。今回の脚本を読んで、最初に思い浮かんだのはトムのことだった。すぐさま彼に脚本を送ったら、とても気に入って、イエスと言ってくれたんだ。
Q:今作で一緒に仕事をしていかがでしたか?
すごく古い友達だから、お互いのことをとてもよくわかっている。あまり話さなくてもすぐに通じ合えるんだ。僕らは今でも、お互いに驚かされ続けているよ。トムは僕の選択に驚かされるし、僕は役者としてのトムの選択に驚かされる。僕らは仕事の上でも、とても深い友情を築いている。一緒に映画を作っている時が、二人にとって最も幸せな時だよ。今回は、トムと一緒に仕事をした中でも最高の経験になったね。なぜなら、トムはこれまでにタッグを組んだ映画3本のどれよりも、演技をしないといけなかったからだ。彼は、本当に全身全霊で演じたと思う。
Q:トムと、アベル役のマーク・ライランスとのやりとりが絶妙でしたね。
彼らはいいチームだった。彼らはとても奇妙なカップルなんだ(笑)。その奇妙さが、たくさんのユーモアと哀愁を生み出してくれたよ。
Q:アベルは謎に包まれていますが、どのようにキャラクターを作っていったのですか?
彼についての情報はあまりないんだ。彼が悪名高くなった時、ブルックリンでの彼の隣人が、アベルとの短い回想録を書いた。でも、アベルの謎に満ちたところが、マークに素晴らしいキャラクターを探求させる機会を与えてくれたんだ。マークは、アベルがどれほど静かで、堂々としていて、いい兵士かというところを気にいっていた。アベルは平然としていて、刑罰を逃れようとしなかったし、どんな情報も決してCIAに渡さなかった。たとえ二重スパイになれば免責されると言われても、絶対にそんなことをしなかった。ドノヴァンは、彼がいい兵士だという事実に敬服していた。敵軍の兵士だけど、裏切り者ではないことを賞賛していた。マークの演技の素晴らしいところは、徹底的に、完全に、静かなことだ。彼はすごく無口だけど、彼の目の奥ですごく多くのことが起きているんだよ。
憎悪と恐怖の中で尊厳を守り抜いた男に心奪われた
Q:前半のアメリカでのシーンと、後半のベルリンでのシーンはトーンが随分違いますが、ビジュアル的にこれらの世界をどう描こうと思いましたか?
最初の部分をドキュメンタリーみたいに、でも同時にアメリカの豊かな色で満たしたかった。鉄のカーテンの背後に行った後は、とても陰鬱で、冷たく、もっとワイドなショットにした。人々はとても惨めなんだ。ドノヴァンは、貨物輸送機で飛んだんだけど、暖房が入っていなくて、機内で病気になり、ミッション中ずっとひどい風邪をひいていた。トムはそれを正確に演じたかったんだ。鼻水が流れているのさえ映画のルックの一部だったんだよ(笑)。
Q:現代に通じる作品ですが、観客に伝えたいことは何でしょうか?
僕にとって最も重要だったのは、尊厳。周囲の人々が、ドノヴァンは間違ったことをしていると言っている時に、法を守り、法の原則に基づいて行動する彼を称えるということだった。彼の家族でさえ、ソ連のスパイを弁護するという自らの評判を落とす選択をすることで、彼が世間から否定的な注目を浴びることを恐れていたんだ。マッカーシー上院議員が何をしたか見てごらん。アメリカから共産主義を追い出そうとして、すごく多くの人々の人生を破滅させたんだ。アメリカに大きな憎悪と恐怖がある時だった。それは僕らが今日、テロリズムに対して感じている憎悪と恐怖とは違うものだよ。僕は、ジェームズ・ドノヴァンの「すべての人間は、法律の下、平等な裁判を受ける権利がある」という道徳的で原則的信念がすばらしいと思ったから、この映画を作ったんだよ。
ドノヴァンやゲイリー・パワーズの子供たちが今作を気に入ってくれたのが、最高のご褒美だと微笑むスピルバーグ。オスカーの呼び声も高い本作は、円熟した巨匠と、盟友ハンクスのコンビならではのスリルに満ちた人間ドラマに仕上がっている。
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映画『ブリッジ・オブ・スパイ』は1月8日より全国公開