『人生の約束』竹野内豊&江口洋介 単独インタビュー
3テイクで靴底がすり減るくらい全力
取材・文:イソガイマサト 写真:平岩亨
「池中玄太」シリーズなどで知られるテレビドラマ界の巨匠・石橋冠監督が、江戸時代から続く富山県の曳山まつりを題材に人と人が繋がることの大切さを描いた感動のヒューマン映画『人生の約束』。本作で亡き親友に導かれるように富山県の港町・新湊を訪れるIT企業の社長・祐馬にふんした竹野内豊と、地元の漁師・鉄也になりきった江口洋介。真逆のキャラクターを演じた彼らが、全身全霊で挑んだ撮影の日々を振り返った。
IT企業の社長と土くさい漁師になるために
Q:お二人は今回、IT企業の社長である祐馬と漁師の鉄也という水と油のような人物に、それぞれどのように臨まれましたか?
竹野内豊(以下、竹野内):祐馬はIT企業の社長であると同時に、親友を失い、友が眠る富山の新湊に行ってから心を揺るがせ、人間性を取り戻していくという繊細な芝居を要求される役だったので、監督の冠さんと一つ一つ相談しながら作っていきました。
江口洋介(以下、江口):僕の場合は漁師になるのがテーマでしたね(笑)。最初に新湊の曳山まつりを実際に見て、撮影に入る前に漁師の人たちの生活スタイルを見せてもらったんですけど、そこでジャージ姿で角刈りというイメージがすぐに固まって。竹野内くんの演じるIT企業の社長と対極に位置する、港町の男の土くささや、自然と向き合っている厳しさみたいなものが出せたらいいなと思っていました。
竹野内:いや~江口さんも洗練されているイメージがあったので、角刈りで無精ひげを生やしている姿を初めて見たときは新鮮だし、「お~」と思いました。だって、本物の漁師の人と区別がつかなかったですからね(笑)。
江口:ジャージに長靴だからね(笑)。
竹野内:普通は撮影が終わって「お疲れさまでした~」って言ったら自分の服に着替えるんですけど、江口さんは撮影が終わった後もず~っとあのジャージでいましたもんね。
江口:そう。黒に線が入ったノーブランドのジャージというのが気に入って。自分の普段着になると役の思考と変わっちゃう気がしたので、竹野内くんと飲みに行くときもずっとそれを着ていたけど、竹野内くんは逆にどこから見てもIT企業の社長だった。しかも、トップクラスの社長ですよ。
竹野内:秘書もいますしね。
江口:竹野内くんがやるとスマートだし、ジャケットも着慣れているから、黒いスーツの集団を背負っている男の雰囲気もバシッと出ていた。ジャージの俺とちょうど対比がとれていいかな~と思いました。
祭りのシーンでは本物の迫力と熱気が爆発
Q:それにしても、線香を上げにいった祐馬に鉄也が「ふざけるな!」と罵声を浴びせる初対面のシーンは緊張感がありましたね。
江口:現場自体にすごく緊張感があったよね。
竹野内:ありましたね。特に自分はみんなより数日遅れて撮影に入ったんですけど、漁師役の人たちのチームはすでに出来上がっていたから、余計に緊張して。でも、あの緊張感を維持していけたらいいなと思いました。
Q:敵対していた二人の距離は、鉄也が祐馬を殴ったところから一気に縮まります。
江口:鉄也は祐馬を思わず殴るんだけど、彼が自分たちの曳山のことを想っていることを知って、関係を修復したいと思うんだよね。祐馬にも一発殴らせないと帳尻が合わない。でも、照れくさくて言葉にできないんですよ。
竹野内:あの殴られるところが後半に向かって助走をつけるためのいいシーンになったと思うし、逆に祐馬が鉄也を殴り返すシーンは、二人で初めてご飯を食べに行った次の日に撮影したんですよね。
江口:そうそう。竹野内くんは翌日の「最高だ!」というセリフをどんな風に言えばいいかな? って考えながら飲んでいたから、「笑いながら言うのはどう?」って言ったりして。でも、最終的には決め込まずに行ったね。
Q:祭りのシーンは映画用に再現された感じはなく、本物の迫力が伝わってきました。
江口:本当に祭りを再現してくれた感じだったけど、あの土地の人たちは撮影とはいえ、曳山を引くとテンションが上がるみたいで。
竹野内:あれは手を抜こうと思ったら抜けますよ。あんなに大勢の人たちが押しているわけですから。でも、抜けない。なんだか引き込まれていくんですよね。自分は坂道を駆け上がっていくところを3テイクやっただけですけど、その3テイクだけで革靴の右側の靴底がすり減っちゃって、溝がなくなっちゃいました。足もパンパンに張っちゃいましたよ(笑)。
江口:俺はそれを誘導する側だったから楽といえば楽だったけど、誘導のタイミングを間違えると事故につながるし、約7トンもの物を動かすことなんて日常生活ではないから、怖さすら感じた。でも、祭りを成功させるために一つになる、あの人たちの熱気やエネルギーがちゃんとスクリーンから伝わってきたのは嬉しかった。
『人生の約束』という映画が伝えるもの
Q:この作品を経験して、自分の生き方に反映されるようなものはありましたか?
江口:俺なんかどっちかというと欲望の塊だから、あれもしたい、これもしたい、もっとしてやれって思う方だけど、それによって失くしていくものも多いような気がしていて。それは日常ではなかなか感じられないことなんだけど、この映画を観ると、本当に昔の友達や自分が生まれた町を思い出すし、劇中の曳山まつりを大切に守り続けている人たちによって、そういったものの大切さに改めて気づかされる。だから若い人にも観てほしいし、家族で一緒に観てほしい。人と人の、家族の距離がグッと近くなるし、日曜日の夜に観たら、月曜日からまた頑張ろうという気持ちになれると思うね。
竹野内:僕が演じた祐馬は、一人の人間ではあるけれど、監督は彼にこの時代を映し出したような気がしているんですよね。人間本来の感情を自分の中から放出できない、吐き出せない人たちが、今の世の中には溢れ返っていると思うんです。特に東京では心と心の触れ合いみたいなものが希薄になってしまっているけれど、地方にはまだそういう面影が残っているじゃないですか? この映画がそういう地方の町おこしになればいいなと思う一方で、知られることによってその土地が変わってしまう怖さもあります。ただ、日本人なのに日本の良さを知らない人たちが増えてきていることの方が何よりも問題だと思っていて。若い人たちは、俺たちにはそんなのいらない、興味がないって言うかもしれないけれど、でも、残していった方がいいじゃないですか。この映画を観て、少しでもそのことに気付いてくれたら嬉しいですね。
作品に注いだ熱い想いを熱い言葉で語った江口と、同様の想いを静かに口にした竹野内。普段のキャラクターも役柄の鉄也と祐馬のように対照的な二人だったが、自然にこぼれるそれぞれの穏やかな笑顔に、一つの作品を共に戦ってきた者同士の友情や絆のようなものが見え隠れしたのが印象的だった。二人が心から愛した新湊の自然と地元の人たちの笑顔、そして曳山まつりの興奮と熱気は確かに映画に焼きつけられている。
(C) 2016「人生の約束」製作委員会
映画『人生の約束』は1月9日より全国公開