『ザ・ウォーク』ロバート・ゼメキス監督 単独インタビュー
アーティストはいつも社会の外側
取材・文:石神恵美子 写真:金井尭子
1974年、当時世界一の高さを誇った、今はなきワールド・トレード・センターのツインタワーにワイヤーを張り、命綱なしの空中闊歩に挑んだ男がいた。その名もフィリップ・プティ。この前代未聞の挑戦を『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズなどの巨匠ロバート・ゼメキスが映画化。本作を引っ提げ来日し、『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』(1989)で主人公マーティとドクが訪れた“未来の日”(2015年10月21日)を日本で迎えたゼメキス監督が、新作に懸けた思いから、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』続編の可能性までを語った。
ツインタワーに宛てたラブレター
Q:この映画を作ろうと思った経緯を教えて下さい。
偶然読んだ「The Man Who Walked Between the Towers(直訳:タワーの間を歩いた男)」っていうタイトルの絵本がきっかけだった。しかもそれが実話だっていうから、すぐに興味を持ってリサーチした。ワールド・トレード・センターのツインタワーにワイヤーを張って、命綱なしで渡った男が実際にいるなんてとてもじゃないけど、信じられなかったからね。
Q:特にどのような点に惹(ひ)かれたのでしょう。
このストーリーにあるすべての要素が、僕の心をつかんで離さなかった。複雑で情熱的な主人公に加えて、スペクタクルな映像にできる可能性も強く感じた。
これこそまさしく映画のためのストーリーだと思ったんだ。
Q:地上411メートルでの空中闊歩シーンの迫力は圧巻でした。3D上映を前提に作られていると思うのですが、そういった技術面での困難はありましたか?
今じゃ映画でCGを使うのは挑戦でも何でもないし、それこそ何だってできる時代だ。何でもできるからこそ、かえって難しいんだよ。何でもできるから、自制しなくちゃいけない。自らの判断で、映画のリアリティーを支配するんだ。そういう意味で、映画監督にとって一番難しいことは、決断することだと思っているよ。なぜなら今日において、選択肢は無限だからね。
Q:本作の鑑賞中にめまいを感じるあまり、劇場を後にする観客が出たというアメリカでのニュースを観たのですが。
僕はそれが本当の話だと思っていないけどね(笑)。でもまあ、そういうこともあったそうだ。
Q:そういうリアクションがあったことは、リアルさという点でこの映画が成功したといえますね。
そうだね。それだけ映画にリアリティーがあったということだ(笑)。
Q:本作の舞台であるワールド・トレード・センターのツインタワーといえば、2001年に起きた911全米同時多発テロを思い出さずにはいられません。テロ以前の物語ですが、犠牲者に捧げる思いみたいなものも感じました。
この映画は、ツインタワーとその街、ニューヨークに宛てたラブレターなんだ。そういうつもりで製作、編集した。このタワーにはとても人間的で美しい出来事が起きていたんだっていうことを伝えるためにね。悲劇を忘れないことは大事だといつも思っている。でも、悲劇だけを覚えているのもよくない。同じ場所で美しいことも起きていたんだっていうことを覚えているべきだと僕は思ったんだ。
アートとは説明不可能なもの
Q:実在のフィリップはフランス人ですよね。主演のフィリップ役にアメリカ人俳優のジョセフ・ゴードン=レヴィットを選んだ決め手は?
なんてったって、彼がすばらしい俳優だからさ。彼は自分自身を役にどっぷりと浸すことができる。感情的にも身体的にもね。それに完璧なフランス語も話す。彼は身体的に変化するのも得意だし、サーカスやストリートパフォーマンスの大ファンだったから、この作品にとても意欲的に取り組んでくれた。
Q:彼のフランス語とフランス人なまりの英語にはびっくりしました。パフォーマンスの面では、フィリップ本人がジョセフにワイヤー上の歩き方を教えたそうですね。一方で監督がフィリップからアドバイスをもらったことはあるのですか?
本当に、本当に、ほーんとうに長い年月をフィリップと一緒に、この映画に費やしてきたんだ。だからもちろん、彼が僕に語るべきことはたくさんあった。ありがたいことにフィリップは話し上手だったから、多くのことを教えてくれたよ。それに、当事者であるフィリップの強みは、現実的な面を兼ね備えてこのプロジェクトに臨んでいたということだ。僕たちの作る映画が、彼の実体験通りになることはないと彼はわかっていた。映画にできるのは、彼のストーリーから受ける印象を表現する程度だってことをね。彼はそれを承知の上で、完成したこの作品に満足してくれた。
Q:この作品でフィリップはアーティストとして描かれています。その中でも「アーティストはアナーキストだ」というセリフが印象的だったのですが、この言葉に監督の考えが反映されているのでしょうか。
うん、アーティストはある意味においてアナーキストだと思っているよ。アーティストはいつも社会の外で活動している。それに、彼らは物事をそれぞれに異なった視点で見ていて、アートとは説明できないものだと思っている。感情は説明できるけどね。だから、アーティストは常識にとらわれないことが大事だよね。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』続編に興味なし!
Q:今日は2015年10月21日、『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』(1989)で主人公マーティとドクが訪れた“未来の日”ですね。多くの熱狂的なファンがこの日を祝福しています。監督はこの日を迎えていかがですか?
とても誇りに思うよ。想像すらしてもいなかったことだから本当にうれしい。最近はこうやって長きにわたって愛される作品が作られることが少ないからね。公開から30年近く経っているけど、今でも多くの人に観てもらえているということは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が本当の映画であるということの証だと思っている。本当に僕にとっての誇りだ。
Q:でも監督は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の続編は作らないとおっしゃっていますよね。2015年には『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『ジュラシック・ワールド』『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』といった過去の人気作が次々復活しました。こういった映画界の流れをどう思いますか?
そういった流れは、オリジナルのアイデアで成功することが難しくなってきているからだと思う。でも、成功させることができるとしても、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の続編はないね。
Q:続編がないのは残念ですが、正直に言うと、続編は作らないという固い決意がある監督を尊敬もします。続編ブームが起きている中で、『ザ・ウォーク』のような新しい作品を作っていることに感銘を受けました。
それはよかった! それこそがまさしく僕のやりたいことだからね。オリジナルな作品を作り続けたいんだ。僕は本当に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の続編を作る気がないから(笑)。
Q:それではずばり、次の挑戦は何でしょう?
僕は常に今やっていることに集中するだけさ。面白いと思うものを見つけて、それで映画を作る。面白いキャラクターでも、何か心に引っ掛かるものがあれば、そのときに何をするか決めることだろう。
穏やかな笑顔が印象的なゼメキス監督だが、ひとたび映画についての話を始めると真剣な顔つきで端的に答える。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』続編の可能性はキッパリ否定。かたや『ザ・ウォーク』の感想を伝えると、満面の笑みで耳を傾けてくれる。そこには、未知なるものを創造することに喜びを見出し、映画の未来を見つめる巨匠の姿があった。最後に、来日中の予定を聞くと、東京では築地の魚市場に、そして京都へも観光で赴くというゼメキス監督。当日もお寿司のランチを堪能したと語ったゼメキス監督は、インタビュー終了後にもさっそく、今日の夕飯は何かをスタッフに尋ねていた。とことん日本を満喫していたようだ。
映画『ザ・ウォーク』は1月23日より全国公開