第1回:400本以上の脚本を捨てる勇気、ディズニーで作品を作るということ
『ズートピア』のヒ・ミ・ツ
アカデミー賞受賞作『ベイマックス』『アナと雪の女王』、そして全米ディズニー史上最大のヒットスタート作となった最新作『ズートピア』。常に大ヒット作を生み出し続けているディズニーのストーリーの秘密について、『ズートピア』の脚本家や監督たちが語った。(取材・文:編集部・井本早紀)
◆没になった脚本は400本以上!
一つの感動的なストーリーの裏には、お蔵入りになった何百ものストーリーがある。『ズートピア』の脚本家の一人であるフィル・ジョンストンは、彼のパソコンの中に本作のための脚本データが400本ほど眠っていると語る。しかし、それは本作だけのことではない。監督を務めたリッチ・ムーア(代表作:『シュガー・ラッシュ』)やバイロン・ハワード(代表作:『塔の上のラプンツェル』)も、過去に手掛けた作品で泣く泣く削ったシーンがあると話す。削った理由には、シーンの尺や製作にかけた時間は含まれていない。ただ、ストーリーに合わなくなってしまったからだという。「ストーリーが展開するために、そのシーンが必要か?」彼らは自分たちに問い続け、ときにシナリオに別れを告げる覚悟を持ちながら、作品を作り続けている。
◆完成1年半前に主人公は変わっていた
完成の1年半前、『ズートピア』の物語はウサギのジュディではなく、キツネのニックにスポットが当たっていた。しかし、主人公がジュディに変わったことで、ジュディ自体のキャラクターも変わったという。彼女はか弱い女の子から、諦めずに偏見に満ちた社会と闘い続ける強い女性へと姿を変えた。
その変化が顕著に表れたシーンの一つが、両親たちがいる田舎から離れ、都会のズートピアにやってきたジュディが、アパートの中でホームシックになるシーン。ここで予定していたストーリーは、家族が映ったスマートフォンの画面を見て泣いてしまうジュディの弱さをピックアップしたものだった。だが、主人公であるジュディに求めるものは、誰もが応援したくなる、ヒロインとしての彼女。「(改変前も)完璧にすてきなシーンだったよ」と振り返りつつも、あまりにも悲しすぎるシーンになるため「映画の中ではうまくいかない」と判断。結果、実際にアニメーションまで作られていたが、このシーンはボツになった。
そしてフィルたち脚本家は同シーンを、警官よりも安全な職を望む両親や「動物たちが暮らすズートピアでは強くて大きな動物しか警察官になれない」という社会の常識といったジュディを取り囲む世界が、彼女の夢に反対するという構図に変更している。周りにいかに反対されようとも、決して諦めないジュディの真っすぐな姿を表現するシーンに変えた。フィルは「僕らは常に映画を改訂している。最後の最後までね。彼らが、もうストップしないといけない、というまでやっているよ。それが、ストーリープロセスというものなんだ」と語る。
◆ストーリーを作るのは脚本家や監督だけじゃない
映画のストーリーを考えるのは、脚本家や監督だけではない。アニメーションスタッフで一番初めに監督になるのは、もしかしたらストーリーボード(絵コンテ)アーティストなのかもしれない。脚本を最初に受け取る彼らのことを「映画の初めての監督になるんだ」と脚本家のフィルは説明する。ストーリーボードアーティストたちは、脚本のページにある言葉を解釈し、キャラクターの周りの環境を考え、どこにカメラを置くか、部屋には何があるか、キャラクターをどのように動かすかを決める。アニメ映画の祭典アニー賞にストーリーボーディング賞があるのも納得だ。監督並みの役割がストーリーボードアーティストには与えられているからだ。
またディズニーでは、声優の存在も脚本に大きな影響を与えている。ジュディの声を演じるジニファー・グッドウィンは、脚本づくりの段階から、すでに同作のプロジェクトにかかわっていた。フィルいわく、「どの役者がやるか、誰のために書いているかを知っていると、まったく違う書き方をすることになる。彼女がどれほど多才で、どれだけ面白い人かを知っていると、キャラクターを違うように書くことになる」とのこと。声優がキャラクターとの間にズレを起こすことなんてもってのほか。むしろ声が入ることで、アニメーションに深みをもたらすものでなければならない。
◆没になったシーンやキャラクター
ここで、実際にどんなシーンがボツになったのかをちょっとだけご紹介。「もしかしたら短編で登場するかもしれないよ」(by監督たち)
・キツネのニックの夢である、肉食動物のための遊園地のシーン。遊園地の名前は「Wild Times」。
・ジュディが実家にニックを連れて帰るシーン。ジュディの両親は、ニックをジュディの新しいボーイフレンドと勘違いして大混乱する。
・ジュディが町に行くのに反対するおじいさんがいた。
・内勤の巡査であるチーターのクロウハウザーは、ニックが一緒に学校に行った子供だった。今では警察署に来た人々を歓迎するかわいらしいキャラクターに。
ほかに多くのシーンやキャラクターたちが、脚本を作る段階で新たに作られ、削られていった。キャラクターを作る段階に関して、脚本家のフィルはこのように話す。「僕らはよく、一人のキャラクターの要素を取って、それを他のキャラクターに入れるということをする。基本的に、大きなシチューみたいなもので、何かを取り出したり、新しいものを入れたりするんだ。ここで少しこしょうを足して、もう少しこれを入れてっていうふうにね。クレイジーなレシピなんだ」。
◆子供を子供扱いしない
ディズニー作品にとって最大のターゲット層である子供たち。クリエイターたちも、子供の反応については、常に考えるようにしていると語る。だが、子供を子供扱いしすぎることはしない。脚本家のフィルは子供に対して、見下した態度で話すべきではないと話す。「テーマ的にも、コメディー的にもね。明らかに、子供たちが観に行くRレーティングの映画を作るわけじゃない。でも、僕は子供にとって大人向けすぎるんじゃないかとは心配しないよ。コメディーが子供にも両親にも受けるようなものになっているといいなと思う。そして、テーマが、子供たちの共感を呼ぶことを願っている」。
◆ディズニー・アニメーションの伝統を作るということ
『ズートピア』の監督であるリッチ・ムーアとバイロン・ハワードは、まったく違う経歴の持ち主だ。これまで一緒に仕事をしたこともなかった。だが、タイプの違う監督だったからこそ、ディズニー・アニメーションの伝統をしっかりと受け継いだ作品が作れたのだという。
もともとディズニーのアニメーターであったハワード監督。彼の指導者は、アーロン・ブレイズというアニメーターだった。そしてアーロンの師匠は、ディズニーの9人の伝説のアニメーターたち、ナイン・オールドメンのフランク・トーマスとオーリー・ジョンソンを師匠と仰ぐグレン・キーン。師匠から受け継がれてきた技術を使って、ハワード監督はアニメーターたちに実際に絵を描いてみせ、キャラクターたちの動かし方をアニメーターたちに説明するのだという。
一方でムーア監督は「シンプソンズ」や「フューチュラマ」などを手掛けるなど、ディズニーではないスタジオで、さまざまなアニメーションを経験してきた人物。そして彼はアニメーションだけではなく、ストーリーボーディングなどのノウハウも理解している。そのためバイロン監督のように描いてみせるというスタイルではなく、アーティストたちに「ここで違うアングルを使えるよ。多分、もう一歩前に進めよう」と細かい指示を出して、監督らが求めているものを説明する。バイロン監督は彼のことを「とてもいいコミュニケーター」と評する。
最後に違うタイプの二人が、彼らがスタジオで受け継いだアニメーションを作る上での極意を明かした。ハワード監督は、彼のメンターであるアニメーターのグレンから、『人間は、お互いを磨き合うことができる』ということを教えてもらったと語る。「僕らがみんなで一緒に部屋にいると、チームはお互いをより良くできるんだ。僕らみんなが学んで、もっと鋭く、もっと強くなれる。それはとても真実だと思う。誰かと映画を仕上げた後は、まったく違う人になれるんだ」。
ムーア監督も、いい例えだとハワード監督に同調。続けて「僕は、(誰かに届こうとして)片手を伸ばしている時、いつもそこには、自分のところに届こうとしているもう一つの手があることを忘れるな、というのを聞いたよ。ここでは、そういうふうにして伝統を伝えていくんだ」と笑顔を見せていた。
映画『ズートピア』は4月23日より全国公開