『アイアムアヒーロー』花沢健吾 単独インタビュー~売れなかった時代に抱いた破壊願望がすべての始まり~
累計600万部超の人気コミックを大泉洋、有村架純、長澤まさみら豪華キャストで実写映画化した『アイアムアヒーロー』がいよいよ公開される。シッチェス・カタロニア国際映画祭(スペイン)、ポルト国際映画祭(ポルトガル)、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭(ベルギー)で計5冠を獲得し、「世界三大ファンタスティック映画祭」制覇の快挙を成し遂げた同作。突如として広まった原因不明の感染によって大パニックが引き起こされる中、決死のサバイバルに挑む者たちの姿を描いた物語を生み出したのが漫画家・花沢健吾だ。圧倒的なリアリティーと、先の読めない展開で読者を圧倒し続ける彼が、「アイアムアヒーロー」誕生の裏側、そして本作がベストセラーとなった現在の心境を明かした。(取材・文:壬生智裕)
始めに取り掛かったのは死に近付くこと
Q:そもそも「アイアムアヒーロー」を執筆するモチベーションはどこから発したものなのでしょうか?
多分、最初は破壊願望的なものだったと思います。(前作の)「ボーイズ・オン・ザ・ラン」も、今では少しは評価されているみたいですが、現実的にはそこまで売れた作品ではなく、書いている間にフラストレーションがたまってきて。「ボーイズ~」の終わりが見えてきたころに、次は何を書こうかなと担当さんと相談したときに、「ぶっ壊したい願望があるんですよね」と話したら、何かしらのパニックものがいいんじゃないかと言われて。それは何かと考えたときに、漫画ではゾンビものがあまりないなと思ったので、それをやってみようという流れでした。
Q:連載を始めるにあたり、取材もされたのでは?
ゾンビものを書くにあたり、とにかく死体がどうなっているのかを知りたかった。匂いはどんな感じなのかとか。そこで検視官の方や病院に取材をお願いしたんですが、実現できなくて。富士の樹海で亡くなられた方の遺体を探す方に同行したりもしました。それでも十分なリサーチはできなかったので、特殊清掃の方と一緒に孤独死された方の部屋に同行させていただいて。もちろんそこに死体はなかったんですけど、現状は維持されていたので、そこで匂いをかいだりして。そういった形で少しでも死に近付きたいなと思いました。
Q:他にもいろいろと取材をされたのではないでしょうか?
ああいう、いかにも生き残れなさそうなダメ男がどうしたら生き延びられるだろうと。とにかく、どうやったら脱出の流れが自然にできるかということを考えなければならなかった。だからあちこち取材に行くのが大変でしたね。何回も行って、このルートなら脱出できるか、できないかといったことをずっと調べていました。
Q:アウトレットモールとか、新しい展開が出てくるたびに取材に出掛けるんですか?
そういうときもありますし、別の取材先でたまたま見つけることもあります。御殿場のモールもたまたま見つけて、これは使えるなと思って。取材を通してわかることも多く、ある程度は取材先を決めているんですけど、それよりは実際に行ってみて、どんどん話が変わっていくというか膨らんでいくという感じでしたね。
Q:あまり先の展開は考えずに、目の前の展開を考えるうちに、話が転がっていくタイプだと聞きました。
そうですね。「アイアムアヒーロー」の場合は、大まかな流れは考えているんですけど、それは自分の頭の中で考えているだけのものなので。取材を重ねるうちに、そちらの方が面白いなと思ったら、最初のプランにはこだわらずにそちらを選択するという感じですね。そうすると自分でも考えていなかったような未知の世界に行けるので。
影響を受けたのは、あのPOVパニック映画
Q:例えば「ボーイズ・オン・ザ・ラン」には主人公が『タクシードライバー』のトラヴィスを真似た髪型にするシーンがありましたが、「アイアムアヒーロー」で影響を受けた映画などはあるんでしょうか?
特に好きなのは『28日後...』ですね。前半で街が廃虚になっているんですが、そんな世界を何人かのグループが頑張って生き抜くという感じが好きでした。あれを描きたいと思ったので、その辺りは大きな影響はあると思いますね。それから『クローバーフィールド/HAKAISHA』の見せ方というか。極めて個人的な視点で進むんで、なかなか物語が見えてこないんですけど、次第にどんどん見えてきて(スケールが)大きくなっていくというあの作り方が好きで。極めて個人的な目線から見たパニックものというあの作品には影響を受けたと思います。
Q:連載はいよいよクライマックスに向かっているように見えますが、物語の構想としては、登山で言うと何合目くらいまでいってるんですか?
あともうちょっとという感じですね。クライマックスには来ています。
映画版のイチオシシーンはココ!
Q:映画版についてうかがいたいのですが。主人公の鈴木英雄は花沢先生の分身ではないかと思うのですが、その役を大泉洋さんが演じると聞いていかがでした?
僕が撮影現場に行ったときは、ちょうど小学館のブースで英雄が編集担当者にネームを見せるシーンでした。ここに大泉さんがいらっしゃると言われたんですけど、パッと見、どこにいるのかわからなかった。そうしたら本当にブースのところに大泉さんがいたんです。新人作家が編集者にへこまされて帰っていくという、あの状況を後ろ姿で演じていて。まだ撮影してないのに背中を丸めてそこに座っていたんですよ。それがものすごくリアルで。これは昔の俺だなと思いました。
Q:比呂美役の有村架純さんや、藪役の長澤まさみさんといったキャストはどうでした?
実際にお会いしたんですけど、まあかわい過ぎちゃって。表現のしようがないですね。あんなキレイな人たちに汚れた格好をさせていいんだろうかと。もう、ありがたいとしか言いようがないですね。
Q:海外の映画祭で観客賞を受賞するなど、評判もいいようですが。
ここまでくると少し不安にもなってくるんですよ。ただ僕も単純に面白いと思ったんで。海外の人なんかは、前情報も一切知らずに観て、素直に喜んでくれているんで。やっぱり自分の考えていた感想というのは正しかったんだなと再認識させてもらいました。
Q:映画の中で特にお気に入りのシーンは?
モールでのロッカーのシーンですね。英雄がロッカーに立てこもって、(ゾキュンと対峙する)決断をして出て行こうとするんだけど、出た途端にZQN(ゾキュン)に襲われる妄想を何回も繰り返してはためらうという。あの場面にはいろんな感情が出ているし、漫画だとコマ割り的にもあんなに面白くは作れないんじゃないかと。あそこは非常に映画的というか、好きなシーンですし、うれしかったですね。
浅野いにおとは「トムとジェリー」的関係
Q:「ソラニン」の浅野いにおさんが作画協力で参加していますが。あれはどなたのアイデアなのでしょうか?
どうやら僕が、浅野さんの画を使ったら面白いんじゃないかと言っちゃったみたいなんですが、そんなことを言った自分を殴ってやりたいです(笑)。原作者なのに僕の漫画は出てこないですし。本当にたくさんページが出ちゃって、いい宣伝になっちゃったなと。あれだけが悔やまれるところですね。
Q:浅野先生とは仲がいいんですか? 悪いんですか?
きっと「トムとジェリー」的な関係じゃないですかね。
売れっ子になったからといって幸せではない
Q:デビュー作「ルサンチマン」や「ボーイズ・オン・ザ・ラン」などの過去作もそうでしたが、花沢作品は自身の人生観や生きざまが色濃く反映されているのが特色です。これまでインタビューなどでも、金銭的な問題や、女性に対する愛憎などが作品作りの原動力になっていたことを隠さなかったようですが、しかし、「アイアムアヒーロー」はベストセラーになり、映画化までされて。今は怒りも解消されて、幸せを感じているのではないでしょうか?
それがそうでもないんですよ。もちろんある程度、仕事がこなせるようになったのは本当にラッキーで。その意味では幸せというべきなんでしょうけどね。でも、だからといって僕の過去が全部精算できたというわけでは全くなくて。相変わらず苦悩は続いてますね。簡単に幸せにはなれないんだなあと。これでモテているのならば、その辺はまだ払拭(ふっしょく)できるのかなと思うんですけど。そうでもないですし。そういうことはまだまだ引きずったままの状態です。決して、「アイアムアヒーロー」が最終形ではなく、次回は全く別物になると思いますし。
Q:しかし、「ルサンチマン」から比べると、「ボーイズ・オン・ザ・ラン」「アイアムアヒーロー」と主人公が満たされている度合いが強くなっているようにも見えますが。
徐々に僕から離れてきているんですよね。「アイアムアヒーロー」なんて女子高生とうまくやっていて、許せないですね。そこは僕とはだいぶ距離が離れています。そろそろ殺してもいいんじゃないかと思っていますけどね(笑)。
Q:女性キャラの描き方に変化はあったのでしょうか? 女性アシスタントに取材することはないんですか?
女性のアシスタントはいますけど仕事ではあまりしゃべらないので、そういったデータは取らないですね。でもそこがね……僕の弱点というか。女の子のキャラクターが基本的に2パターンしかないんで。かわいい感じの子と、ちょっと勝気な子と。
Q:それにはご自身の理想が反映されているのでしょうか?
そうだと思います。もうちょっと経験値を上げたいなあ……と思ってますね。自分の妄想でしかないと思うと、ウソをついているというか、「作り物」だなあと感じてしまってテンションが下がっちゃうんですよね。だからなるべく実体験で得た瞬間、瞬間を描けるのがベストなんですけどなかなかそうもいかず。
Q:やはり「リアル」にこだわるんですね。
まあ、ちょっと意固地になり過ぎている気もするんですけどね……。当然、妄想だって魅力的なキャラクターはいるわけですから、それを自信をもって描ければ、それはそれで「本当」になっていくので。なんか、僕はそこが不安でしょうがないんですよね。持っているキャラのパターンが少ないというコンプレックスを持ち続けているので、今後はそこを打破していきたいですね。
インタビュー中、幾度となく「それをやったらウソくさいかなと思って」という言葉を発していた花沢。それは物語だけでなく、作画、キャラクターの性格などに対してもそういったスタンスで取り組んでいるそうで、そこに花沢作品を読み解くキーワードがあるように思う。現実世界と地続きのパニック描写、絶望がまん延する世界でさえない男がヒーローになりたいと自分を奮い立たせる姿など、花沢流の「リアル」が根底に流れているからこそ、胸に迫るドラマとなっている。
映画『アイアムアヒーロー』は4月23日より全国公開
「アイアムアヒーロー」1~20巻は小学館より発売中
映画『アイアムアヒーロー』公式サイトはコチラ
「アイアムアヒーロー」ビッグコミックスピリッツ公式サイトはコチラ
(C) 2016 映画「アイアムアヒーロー」製作委員会 (C) 2009 花沢健吾/小学館