『追憶の森』渡辺謙 単独インタビュー
日本語の看板を直筆!美術にも協力した刺激的な現場
取材・文:斉藤博昭 写真:高野広美
国内外のさまざまな才能と作品を撮り続ける渡辺謙。そんな彼が新作『追憶の森』で組んだのは、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『ミルク』などのガス・ヴァン・サント監督だ。死に場所を求め、富士山の青木ヶ原樹海をさまようアメリカ人。彼が樹海で出会う日本人、タクミ役で、渡辺は過去のどんな役とも違う、切実さと謎めいた雰囲気を表現し、観る者を驚かせる。共演はオスカー俳優のマシュー・マコノヒー。才能がハイレベルでぶつかり合ったであろう撮影現場や、作品への思いを渡辺が振り返る。
当初は荷が重い作品だと感じた
Q:出演のきっかけは、ガス・ヴァン・サント監督からの依頼だったのでしょうか?
実は一度、脚本が仕上がった2011年の段階で出演のオファーがあったのですが、その時点ではプロデューサーも監督も違ったんです。東日本大震災後の当時、僕は日本で仕事をしたかったし、本作の死生観を受け止めるには荷が重かったので出演は迷っていました。そうこうするうちに、一昨年くらいに、ガスが監督に、そしてマシューの出演が決まったという知らせが入りました。
Q:マシュー・マコノヒーが『ダラス・バイヤーズクラブ』でアカデミー賞主演男優賞を受賞した頃でしょうか?
ちょうど「取るのでは?」と騒がれていた時期ですね。監督や共演者の名を聞いて、「今こそ、参加するべき作品だ」とようやく決心が固まったのです。
Q:ガス・ヴァン・サントは好きな監督だったのですね。
いくつも作品は観ていましたね。リアルなんだけど、どこか非現実的な部分もあったり、どの作品も彼の独自性が際立っている。僕がこれまで関わった作品とは、全く違うテイストの作品なので「あの脚本が、ガスが監督することでどんな作品に仕上がるのか」という興味が高まりました。
ボストンの森で青木ヶ原を再現!
Q:これから観る人には詳しくは言えませんが、演じたナカムラタクミは難しい役ですよね。
脚本を読んで役を理解していたので、ガスからは、あまり具体的な指示はなかったですね。結局、僕らの仕事って、自分の肉体を使って別の人間になることなんです。違う人が書いたキャラクターに、俳優の僕の感情がまじって、表現される……。その感覚が、タクミを表現するうえでは役に立った。「自分であって自分でない」俳優の方法論と重なるんです。
Q:青木ヶ原の樹海をさまよう登場シーンから、強烈なインパクトでした。
一応、役のバックグラウンドを考えつつ、それを背負ってるだけではない雰囲気を出したつもりです。これから映画を観る人にはあまり説明できないですが、結末を知って2回目に観たら、僕の登場シーンも違った印象になるでしょうね(笑)。
Q:青木ヶ原での撮影は大変だったのでは?
いや、僕らが出ている部分は青木ヶ原じゃないんです。ボストン郊外の森で撮影しました(笑)。
Q:そうなんですか!? 日本でのロケとうまく組み合わせているのですね。
インディペンデントの映画なので、僕もあれこれスタッフに協力しました。森の立て看板や、神社の鳥居の字なんかも僕が書きました。それらしい「書体」にこだわったりして(笑)。日本の病院に見せるため、ナースの制服の色なんかも僕が指定したんです。
オスカー俳優の素顔は「いいお父さん」
Q:ガス・ヴァン・サント監督はどのような演出をする人でしたか?
作品のイメージから、繊細な演出をすると思っていたのですが、割とざっくりで(笑)。森の中の撮影では、ガスが自分でロケマップを作り、いくつかのスポットに数字を書いて、その日どこで撮るのか、サイコロを転がして決めてました(笑)。「自分じゃないものに決めてもらう」という儀式を楽しむタイプみたいです。
Q:撮影が始まったとき、すでにオスカー俳優だったマシュー・マコノヒーとの共演はいかがでしたか?
マシューは、インディペンデント系の作品に出演し続けてオスカーを取った人なので、「スター」というより、根っからの「俳優」という印象です。そのシーンに大切なものだけに向かっていく。迷うのではなく、やってみて探るアプローチは、僕と近かったのでやりやすかったですね。助監督も、「こんなに早く進む現場は初めて」なんて言ってました。
Q:素顔のマシューは、どんな人ですか?
いいお父さん(笑)。ちょうど夏休みで息子さんが撮影現場に遊びに来ていたのですが、ショッキングなシーンは遠くで見学させたりして、気を遣ってましたね。「今度、息子をサマーキャンプに入れるんだ」なんて話していました。
日本人の死生観も込められた作品
Q:完成した作品を観た感想を聞かせてください。
ガスの作品らしく、幻想的であり、大人の寓話(ぐうわ)のような印象でした。当事者にとっては、重く、苦しいドラマかもしれませんが、それは一陣の風のようなもの。風が過ぎ去れば、何事もない穏やかな世界が戻ってくる……。映画もそのような感触で、さわやかな後味が残りましたね。
Q:日本が舞台ということで、日本ならではの死生観も込められていますよね。
そうですね。僕らは人が亡くなった後も、初七日や四十九日など、死を受け入れる時間を大切にする文化を見せられてきた。でも今の若い世代には、そういう感覚が薄れている気がするんです。改めてこういう死生観もあるんだなって感じてもらいたいですね。そして夫婦のあり方や、それぞれの人生があるべき姿、まわりの人とどう関わって人生を送るのか。そんなことを考えるには、ぴったりの作品だと思います。
Q:本作のように、観る人によってさまざまな解釈ができる作品は、演じる側としてもやりがいがあるのでは?
最近、映画の見方が間違った方向に行っている気もします。SNSとかで簡単に評価が下されてしまう。「わからない作品はつまらない」「自分の琴線に触れないとダメ」という風潮がありませんか? でも、「この世界は、いったい何なのか?」と疑問に感じる映画がたくさんあってもいいと思うんです。とはいえ、『追憶の森』は、意外にシンプルでわかりやすいと僕は思うんですけど(笑)。
Q:今後も国内外での作品で、さらに活躍の場が広がりそうですね。
いや、もうこれ以上は広げなくてもねえ(笑)。ただ僕の場合、何か刺激を受けて、違う方向に進むことに、あまり恐れを感じないタイプなんです。おもしろいものが目の前にあれば、海外でも、どこにでも向かう。これからも、そこは躊躇(ちゅうちょ)せずいきたいなあと。
こちらの質問に、つねに自分なりの言葉で、誠実な答えを返してくれる。それが、渡辺謙の魅力だ。じつはこのインタビューの直後に、初期の胃がんが発見されて手術を行ったというニュースが流れたが、インタビュー当日も元気そのもの。手術後もすぐに回復し、ブロードウェイで再び「王様と私」の舞台に立ち、観客を熱狂させている。その謙虚な言葉とは裏腹に、活躍の場はさらに広がっていきそうだ。インタビューでも語っているように、この『追憶の森』も、結末を知ってから観ると、俳優・渡辺謙の実力に改めて感動するはずである。
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映画『追憶の森』は4月29日より全国公開