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映像の魔術師ターセム・シンの過去・現在・未来

今週のクローズアップ

ターセム・シン

 コマーシャルやミュージックビデオ界の寵児で、映画界に進出後も『ザ・セル』『落下の王国』『インモータルズ -神々の戦い-』『白雪姫と鏡の女王』と圧倒的なビジュアルセンスで“映像の魔術師”とも称されるターセム・シン監督。新作『セルフレス/覚醒した記憶』(9月1日から日本公開)ではこれまでのファンタスティカルな世界観から一転、地に足の着いた映像で新境地を開いたが、そのイマジネーションはどこからきてどこへ向かうのか? ターセム監督が語った。(取材・文・構成:編集部 市川遥)

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過去:イマジネーションの源

『ザ・セル』
『ザ・セル』より - Kobal/NEW LINE/The Kobal Collection/WireImage.com

 ターセム監督といえば、シリアルキラーの頭の中を映像化した『ザ・セル』から愛と復讐の叙事詩『落下の王国』、ギリシア神話の世界を舞台に暴力を容赦なく映し出した『インモータルズ -神々の戦い-』まで、恐ろしくも美しい映像表現が何ものにも代えがたい魅力となっている。恐ろしさの中に美しさを見いだすことはインド出身というルーツが関係しており、「撮影のときにいつも話すんだけど、25年前にただ道のそばで撮ったミュージックビデオがある。このシチュエーションがわかれば、インドでの美しさというものがわかると思う」と切り出す。

「小さな裸の少年が川のそばで牛を洗っていた。その川には死体がたくさん流れていて、臭いもひどい。でも少年は服も何も着ずに、牛を洗い続けている。そこにはたくさんの愛があるんだ。だけど彼は10頭の牛を洗わなくちゃいけなくて、1頭終わったら棒で牛を本当に、本当に、ひどくたたく。牛がパニックになって川を出て家に帰るまで。彼はとても小さいから、牛の押し出し方がわからないんだ。そして、また次の牛には同じだけの愛を持って洗い始める。僕はその少年をただ見ていた」

 今でもずっとその時のことを覚えているというターセム監督。「だから僕の見方というのは、もし、そうしたところに美しさを見つけられなければ、世界は残酷さ、厳しさだらけだということ。道の先には何もない。美しさは道の脇にある。だから僕は問題からも美しさを見つけなければと思って見ている」

『インモータルズ -神々の戦い-』
『インモータルズ -神々の戦い-』より - Relativity Media/Photofest/ゲッティ イメージズ

 ターセム監督は、父親が航空会社に勤めていた影響で子供時代をヒマラヤの寄宿学校、イランをはじめとしたさまざまな場所で過ごし、飛行機でいろいろなところへ行った。そうした体験が純粋なインド人監督ともまた違った、独創的な映像センスを培うことになった。

「主にイランのテレビで育ったんだ。僕が理解できない言語(ペルシア語)に吹き替えられているから、言葉がわからないままテレビを観ていた。だから当時の僕には映画を観るといったら映像のことで、ダイアログは重要じゃなかったんだ。それに旅行者として、たぶんほとんどの人より多く世界を見てきている。イランでのことやこれまでしてきた全ての旅の結果、僕の頭にそうしたビジュアルのイメージが埋め込まれることになったのだと思う」

 そうした少年期を送ったターセム監督は、20代でアメリカに渡った。父親が彼を送り出したのはビジネスの学位を取らせるためだったが、ターセム監督が映画を学んでいることを知り支援をやめた。「で、弟もアメリカに来て、清掃員になって僕を映画学校に通わせてくれた。僕が唯一やりたかったのは、映画づくりを学ぶことだったから」(この後、ミュージックビデオで成功したターセム監督は法律を学びたいという弟を大学に入れ、彼はターセム監督専門の弁護士となった)。

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現在:彼の世界を完璧なものにしていた衣装デザイナー石岡瑛子さんの死

『白雪姫と鏡の女王』
『白雪姫と鏡の女王』でリリー・コリンズが着た独創的な衣装の数々 - Relativity Media/Photofest/ゲッティ イメージズ

 ターセム監督の映像世界を完璧なものにしてきたのは、石岡瑛子さんがデザインした独創的な衣装の数々だ。デビュー作から『白雪姫と鏡の女王』まで全ての作品で石岡さんとタッグを組んできたターセム監督だが、2012年1月21日に石岡さんは亡くなり、新作『セルフレス/覚醒した記憶』は石岡さんナシで取り組んだ初めての映画となった。

「彼女の死で選ぶ題材が変わったと思う。完璧に独創的なデザインが求められる題材は、今は探していないんだ。将来的にはやるかもしれないけど……。ちょうど今、ファンタジー的なドラマ(「オズの魔法使い」を題材にしたテレビドラマ「エメラルド・シティ(原題) / Emerald City」)を撮影しているし、それを楽しんではいるけど、瑛子の代わりになる人はいない。だから選ぶプロジェクトが変わったよ。今回もすごくファンタスティカルな見た目の作品は選ばなかった」

『セルフレス/覚醒した記憶』
『セルフレス/覚醒した記憶』の撮影現場でベン・キングズレーと話すターセム監督 - (C) 2015 Focus Features LLC, and Shedding Distribution, LLC.

 そのため『セルフレス』はターセム監督らしいカットも随所にあるものの、これまでの彼の映画作品とはかなり趣向が異なる。「『セルフレス』はちょっとSFだけど、2分後の世界という感じ。だから同作では僕は世界をデザインするのではなく、単に“僕の目”を持ち込んだんだよ」と取り組み方の違いについて説明した。

 そんな石岡さんとのコラボレーションについて、ターセム監督はこう振り返る。彼と映画学校時代から組んできたプロデューサーのニコ・ソウルタナキスと石岡さんがパートナーとなったことも、彼らの仕事を特別なものにすることになったのだという。

「瑛子と仕事をするといつでもたくさんの違う意見が出てきた。そして、それが好きだった。だから決して『この映画みたいに』『あの映画みたいに』と細かく指示したりせずに、僕が作りたい世界観だけを説明した。彼女は自分自身を作品に持ち込んでくれ、それが彼女を特別な存在にしていた。ほかのみんなはもっと細かい指示を必要とするんだけど、彼女は違った」

「僕と、僕の親友のニコはカレッジの頃からずっと彼女に夢中だった。最初のプロジェクトで彼女に会ったとき、彼女は日本ですでにビッグなスターだったからね(笑)。そして、そのプロジェクトで瑛子とニコは恋に落ちた。ニコはだいぶ年下だったけど、最終的には一緒になった。だから僕は彼女の頭の中に入っていける裏口を持っていたんだ。だって彼女はいつだって僕の親友と一緒に住んでいて、そして僕の親友は僕の仕事のやり方を熟知していたからね」

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未来:『落下の王国』のような脚本も手掛ける作品の予定は?

『落下の王国』
24か国以上でロケを敢行した『落下の王国』 - Roadside Attractions / Photofest / ゲッティ イメージズ

 ターセム監督の次回作は「オズの魔法使い」を現代風に再構築した全10話の「エメラルド・シティ(原題) / Emerald City」(2017年1月より米NBCで放送予定)。現在ポストプロダクション中で、7月末の電話インタビュー時にはちょうど撮影もひと段落したところだと語っていた。

「順調だよ。CGIはそんなに使わない作品なんだ。『10時間の映画を作る』という点がとても気に入っている。映画だと、素晴らしいセットやロケーションをそろえても、ほんのちょっとの時間しか使えないからね。7か月撮影して、とてもいい経験になった。映画やコマーシャルとの大きな違いは、テレビの方がセリフ、会話が重要だというところかな」

 ダークなバージョンになるとも報じられたが、「ケーブル局のプロジェクトではないから、実際ダークではないね。家族向けだよ。『オズの魔法使い』だけど、映画版よりももっと本に基づいている。映画は本のたった一部でしかないからね。で、本はとても現代的な題材を扱っているんだ。だからそのアイデアが好きだ」と続けた。

ターセム・シン
ターセム監督が見つめる未来とは? - (C) 2015 Focus Features LLC, and Shedding Distribution, LLC.

 また、「エメラルド・シティ(原題)」での経験が充実したものになったため、現在検討中のプロジェクトにはテレビドラマも含まれているとターセム監督は明かす。

「それはネットワーク局ではなく、ケーブル局のだよ。とても興味深くて頭の中で考えている。ほかにいくつかの脚本を読んでいるけど、今は家族と一緒にいようと思っている。この長い撮影を終えたばかりだからね。1か月くらい休みを取って、何をするか決められたらと思っているよ」

『落下の王国』
『落下の王国』のベストコンビ!リー・ペイスとカティンカ・ウンタルー - Roadside Attractions / Photofest / ゲッティ イメージズ

 『落下の王国』のワールドプレミアから10年が過ぎたが、同作のように脚本から自ら手掛けた作品を作る予定はあるのだろうか?

「うーん、まだないね(笑)。ノーだ(笑)。『落下の王国』は強迫観念に近かった。そういうことがまた起こるのかわからないし、もう1回起きてほしいと自分が思っているのかどうかもわからない。恋に落ちるようなもので、自分では選べないんだ。それが起きれば地獄でもあるし、天国でもある。でもそれは自分の中から出てこないとダメなんだ」

「10年たったと言うけど、『落下の王国』は構想27年だよ(笑)。ロケハンに17年近く、主役の子供は10年探していた。実は今カティンカ(アレクサンドリア役のカティンカ・ウンタルー)はロンドンに居て、だからいつも会っているよ。だから僕にとって時間は重要ではなくて、2分で何か起こるかもしれないし、何も起こらないかもしれないんだ」

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