『彼らが本気で編むときは、』生田斗真インタビュー
愛おしいものを感じた瞬間に「これが母性か!」と思った
映画『かもめ食堂』『めがね』の荻上直子監督の約5年ぶりの新作『彼らが本気で編むときは、』は、トランスジェンダーの女性リンコとその恋人マキオ、マキオの姪トモの3人が共同生活を送るなかで擬似家族となっていく過程を描く。リンコを演じた生田斗真が、キャリアにおいてもっとも難しかったという役づくりについて、そして撮影現場について語った。
■周りの人たちの支えでリンコになれた
Q:演じたリンコは、女性への性別適合手術を受けたトランスジェンダーです。オファーを引き受けるか、悩みましたか?
「うわっ! ものすごく大変な役がきたな!」と思いました。でも、その瞬間にはもう「どう演じるか」を考えていた。だから、たじろぎはしたけれど迷いはなかったですし、たじろぐくらい難しい役のほうが、火事場の馬鹿力的なものが出るとも思いました。こんな役はもう二度と来ないだろうという気持ちでやらせていただきました。
Q:オリジナル脚本なので、外見から何から、ゼロからの役づくりだったと思います。
トランスジェンダーといっても、テレビのバラエティー番組で活躍されているいわゆるおネエ系の方、声のトーンを上げずに地声で話す方、どこからどう見ても女性にしか見えない方など、いろいろなタイプがいるんです。荻上監督からは「とにかくきれいな女性に見えてほしい」と言われたので、そこに近づけるために、本当に苦労しました(苦笑)。髪型や衣装、メイクも試行錯誤しましたし、女性らしい仕草や居ずまいみたいなものは日本舞踊や歌舞伎の女形の動きを参考に研究しました。
Q:声のトーンや話し方も、生田斗真ではなくリンコになっていました。どうやってあの声に落ち着いたんですか?
探り探りです。監督も僕も、どこに着地させればいいのかクランクインまでずーっと悩んでいて。ホン読み(台本の読み合わせ)で監督と「もうちょっと高くしゃべってみて」「ちょっと高すぎたかも」というやりとりをした結果、あそこに落ち着きましたけど、さじ加減がものすごく難しかったです。具体的には、手術をしていないトランスジェンダーの方が声を高く出すために使う、喉仏の位置を上げてしゃべるテクニック「メラニー法」を研究したりしました。
Q:リンコは、内面の美しさや優しさがにじみ出ています。そこにはどうアプローチしましたか?
トランスジェンダーを含むLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの略)の方々にとって、周りの人たちが理解してくれることがとても大事なんですよね。その点、きちんと理解して守ってくれる親(田中美佐子)と、すべてを受け入れてくれる優しい彼のマキオ(桐谷健太)がいるリンコは、すごく幸せな状況にいると思うんです。現場でも、周りの人にものすごく助けられました。自分としてもまったく演じたことのない、ものすごくハードルの高い役だったので、大きな不安がありました。でも、現場で桐谷くんがずっと隣にいて「大丈夫、大丈夫」と声をかけてくれたり、母親役の田中さんが「可愛い!」と褒めてくださったことで、自然と優しい気持ちになれました。何より、トモを演じた柿原りんかちゃんが可愛かったので、「この子のためになんとかしたい」と思いました。
■生田斗真が母性を感じた瞬間
Q:トモの母親(ミムラ)が恋人を追って姿を消したため、一人ぼっちになったトモが叔父のマキオの家に身を寄せることで、リンコとの3人での生活が始まります。柿原さんとの共演で、どんなことを心掛けましたか?
最初は、「おじさんの家にいる変な人」だと思われなきゃいけないので、あえて距離を取りました。そこから撮影が進むにつれて、少しずつ距離が近づいていった気がします。本当に動物みたいな子なので、ガラス細工を扱うように接していたつもりです。
Q:リンコは次第にトモに対して母性のようなものを感じ始めるわけですが、生田さん自身、芝居をしながら母性を感じた瞬間はありましたか?
あったんですよ! たとえば、3人で川の字で寝るシーン。寂しくてリンコのベッドに入ってきたトモを抱きしめた瞬間、「なんだこれは!?」みたいな、なんとも言えない不思議な気持ちになりました。胸が痛くなるような愛おしいものを感じた瞬間に、「あ、これが母性とやらか!」と思いました。あと、スーパーである事件を起こしたトモと「じゃあ帰ろうか」というときに、トモの方から手を握ってくれるんですけど、涙が出そうになるくらいうれしくなりました。脚本に書いてあるからトモから握ってくれると頭ではわかっていたんですが、手が触れた瞬間、気持ちが動いたことに驚きました。
■刺激的だった長回しの一発撮り
Q:3人で幸せに暮しているところにトモの母親がやってきて、トモを連れて行こうとするクライマックスのシーンは、カメラを引いた位置からノーカットの長回しで撮影しています。
積み上げてきた積み木が、それぞれの思いを明らかにすることで崩れる瞬間なので、自分が監督だったら全員の顔に寄りたいと思うはず。そうせずに、全体の画一発で見せる荻上さんは男前ですよね。僕としても、ああいう長回しの一発撮りは久しぶりだったので、ドキドキしていいなと思いました。とはいえ、そう何回もできないので、1回やって、もう1回やって、ちょっと休憩を挟んでからもう1回やる、みたいな緊張感が、すごく映画の現場だなって感じがしました。近年の現場は、監督が別の場所で映像を見ながらトランシーバーで指示を出すことが多いんですけど、荻上さんはカメラの横から芝居を見ているんです。『人間失格』の荒戸源次郎監督以来だったことを荻上さんに伝えたら、「ナマで見ないと芝居の良し悪しはわからないですよね」とおっしゃっていて、いろいろなタイプの方がいらっしゃるなと。長回しもそうですけど、映画らしい現場でした。
Q:役柄としてのハードルが高く、緊張感のある現場だったようですが、ホッとしたシーンはありましたか?
3人で自転車をこぐシーンかな。満開の桜並木が本当に綺麗で、休憩のときに桜の前に椅子を3脚並べて、桐谷くんとりんかちゃんを挟んで座ってお昼ごはんを食べたのは楽しかったなー。その頃になると3人でよくお話をしていました。しりとりをして、うまく答えられなかったら罰ゲームをやったり。楽しかったですね。
Q:そういうとき、3人の関係性は役のままですか? それとも素の自分ですか?
(しばし考えて)100パーセント素の自分では、ないかな。現場では常に、どこかリンコ的な立場でいた気がします。
■リンコの趣味、編み物に大苦戦!
Q:劇中で、リンコは悔しいことがあると編み物をしています。編み物をしながらお芝居をすることも、一つのハードルだったのでは?
僕、本当に不器用なんですよ。編み物なんて全然やったことがなかったので、毎日やって慣れるしかないと思ってけっこう早い段階で先生に教えてもらったら、あまりにもできなくて愕然としました。手もつるし、できないから楽しくないし、焦りました。その日から毎日持ち帰って練習しましたけど、2時間くらいかけて4列しか編めない、みたいな(苦笑)。荻上監督はカットをそんなに割らないので、セリフをしゃべりながら手元を見ずに編めるようにならなきゃいけないと思って、一生懸命練習して、最終的にはめちゃくちゃ早くなりました。
Q:リンコにとっての編み物のように、生田さんが悔しさやストレスを発散する方法はありますか?
基本的にあまりネガティブな感情にならないタイプですけど、たまに大きなため息をつきたい日はあります。そういう日はお酒を飲んで、一晩寝れば、引きずらないですね。
Q:ちなみに、ため息の原因はどんなことですか?
プライベートのことはほぼないですね。プライベートでは本気じゃないからかもしれない。逆に、仕事には本気だし、仕事中は神経が研ぎ澄まされているから、いろいろなことが目に入ってくるし、些細なことに気づいてしまう。でも、めったにないですよ(笑)。
■取材後記
カット数も情報量も多い大作で、テンションの高い主人公を演じることが続いていた生田にとって、本作のリンコ役は相当に演じ甲斐があったようだ。役づくりについてあまり語りたがらない役者は珍しくないが、生田はこの役を本気で演じたからこそ、役に対するアプローチ方法を包み隠さず明らかにした。その姿勢からは、やれることをすべてやった満足感と達成感、そして一人でも多くの観客に作品を見てほしいという願いが伝わってきた。(取材・文:須永貴子)
映画『彼らが本気で編むときは、』は2月25日より全国公開
(C) 2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会