25年間誰にも言えなかった戦争体験、『レバノン』のヴェネチア金獅子賞で初めて泣けた-ロンドン映画祭
第53回ロンドン映画祭でイギリス・プレミアが開催された映画『レバノン』(原題)のサミュエル・マオス監督に話を聞いた。本作は、ヴェネチア国際映画祭の最高賞である金獅子賞を受賞した迫真の戦争ドラマだ。
本作はマオス監督の実体験から生まれた作品。テルアビブ生まれのマオス監督はイスラエルの多くの若者同様10代で入隊する。そこで戦車に乗ることになり、20歳のときに初めて人を殺す経験をする。そしてそれが消えないトラウマとなった。実体験をベースにした本作に取り掛かるまで、誰にもそのことについて話したことはなかったという。
「あの小さなスムリク(戦車の中の兵士の1人)は僕なんだ。スムリクはサミュエルのニックネームなんだよ」とマオス監督が言うように、戦車内部の限られた空間と、照準器から見える丸く切り取られた戦場が交互に続く本作、体験者ならではのリアルさだ。床に汚水のたまった戦車の暗く狭い空間と、向きを変え、ときにズームインする、丸いフレーム中の惨状から、戦車内の兵士の苦しさがストレートに伝わってくる。マオス監督自身には追体験となる撮影はつらいものではなかったのだろうか?「逆だよ。この映画を作ることによって痛みから解放されたんだ。これを作っていなかったら、まだ痛みを抱えたままだったかもしれない。それに現実の戦争は、あんなものじゃない。もっとひどい」と語る。
少年時代からショートフィルムを作っていたというマオス監督の初長編監督作となる本作でのヴェネチア国際映画祭、金獅子賞受賞は「思ってもみなかった。25年間、誰にもこの体験を話せなかったし、泣けもしなかった。受賞して初めて泣けたんだ」と先月のヴェネチアを感慨深げにふり返る。マオス監督は「今、すごくハングリーな状態だ。どんどん作っていきたい。まだプランは固まってないけど、今度のは25年もかからないよ。それは約束する」と次回作について意欲満々に語ってくれた。(取材・文:山口ゆかり / Yukari Yamaguchi)