監督引退を表明していた巨匠・篠田正浩監督が、ニューヨーク映画祭に登壇!
秀作『心中天網島』『乾いた花』から、娯楽性の強い映画『瀬戸内少年野球団』『少年時代』まで幅広いジャンルで活躍してきた日本の巨匠篠田正浩監督が、現在開催されているニューヨーク映画祭で、特別上映として行われている『エレガント・エレジーズ:ザ・フィルムズ・オブ・マサヒロ・シノダ/ Elegant Elegies : The Films Of Masahiro Shinoda』に参加し、『心中天網島』の上映の後に同作品について語ってくれた。
同作は、近松門左衛門が、愛と義理がもたらす束縛として描いた紙屋治兵衛と遊女小春の心中事件を、篠田正浩監督と詩人の富岡多恵子、さらに作曲家として知られる武満徹らが共同脚色して映画化した作品。紙屋治兵衛役は、2代目中村吉右衛門、遊女小春役は、篠田正浩監督の妻でもある岩下志麻が演じていた。
まず、篠田監督は「17世紀から18世紀にかけて、京都や大阪などで人形劇は大衆人気を得ていました。そして、パペット(人形)を使うことによって魂が投入され、その手つきを、どうやって(映画で)描こうかと考えていました」と、もともと人形浄瑠璃であったことを最初にアメリカ人に紹介した。
さらに彼は「この映画でわたしは、作者(近松門左衛門)を登場させようと考えました。作者のイマジネーションと、そのイマジネーションが実現化する光景との関係を写そうと考えたんです。そして、わたしはその近松門左衛門を、黒い衣装を着た十何人かのアシスタントに分解したんです。実はその彼らが、登場するキャラクターの運命を導いているんです。したがって、フィクションとリアリティの間をさまようのがこの映画なんですよ」と語った。
このアイデアが浮かんだのは、同映画の脚本家で作曲家でもある武満徹が扱ったラジオドラマ「心中天網島」を聴いたのが始まりだったそうで、「彼は人形劇の持っている音楽性、そしてその言葉の美しさを仕立てて放送していたんです。そのラジオから聞こえてくる声の音は、まるで真の闇から聞こえてくるような感じでした」とラジオに影響を受けたことを述べた。さらに「ブラックシアターという演劇があるように、実はこの映画はダークシネマだと思っています。この映画の主体は、ダークネス(闇)なんです」と作品のコンセプトも説明してくれた。
最後に、当時の篠田監督は、お金がなくてテレビを持っていなくて、いつもラジオを聞いていたというエピソードなども教えてくれた。アメリカの批評家の間で高い評価を受けていた同作も含めた篠田監督の特別上映作品は、全部で12作品が選考され、それぞれ2回ずつに分けて、ニューヨーク映画祭の期間(9月25~10月10日)中に上映されることになっている。
(取材・文・細木信宏)