『潜水服は蝶の夢を見る』のジュリアン・シュナーベル監督、新作でパレスチナとイスラエルの紛争の中で生きた少女を描く
映画『バスキア』や『潜水服は蝶の夢を見る』などで独特な映画製作をしてきたジュリアン・シュナーベル監督が、新作『ミラル(原題) / Miral』について語った。
ジュリアン・シュナーベル出演映画『バスキアのすべて』写真ギャラリー
同作は、パレスチナ人女性のヒンド・フセイニ(ヒアム・アッバス)がエルサレムの路地で孤児たちを引き取り、施設を開いてそこで教育をし始めて、その後その施設に母親ナディアを失った5歳のミラル(フリーダ・ピント)が現れる。そのミラルが17歳になった際に、終結の見えないパレスチナとイスラエルの紛争の中で、平和のあり方に苦悩するようになっていく。原作は、この映画の脚本も執筆したルーラ・ジュブリアール。
主役を演じたフリーダ・ピントついて「この映画でのフリーダの演技は素晴らしいと思っている。映画内で、彼女が演じるミラルが警察で尋問を受けていたときに、ミラルはトイレに行きたいと要求するが、警察の男は彼女をトイレに行かせない。そのときのミラルの内面にいろいろなことが交錯しているのが、フリーダは演技でよく表現している。彼女はインド出身なのにパレスチナ人を演じていると非難を受けているが、僕はアート作品を制作することは、国境を崩壊させることだと思っているんだ」とジュリアンが語る通り、フリーダの演技を観れば、彼女のキャスティングが適役だったことがわかる。
パレスチナ人を中心に描いているため、かなりのイスラエル人の批判を受けたらしいが、実際にはパレスチナ人からも批判を受けていたことについて「誰もが批判する権利を持っている。彼らがそれぞれ自分の観点を持っているのであれば、自分たちの映画をそれぞれ作れば良いんだ。それに、パレスチナ人でもそれぞれみんな意見が違う。あるパレスチナ人がヴェネチア国際映画祭で僕に、君の映画は、どんなアラブ政権が(我々パレスチナ人に)してきたことよりも意味があると言ってくれた。さらに、パレスチナの政府からも感謝の手紙を受け取ったこともあった。逆にシカゴで試写をしたさいには、あるパレスチナ人から内容が(長い紛争の歴史であるはずなのに)ソフトだと言われたこともあった。今回僕は、あくまでルーラ・ジュブリアールが記した原作の観点からこの映画を描き、その17歳の少女の視点で製作している。だから、イスラエルとパレスチナの現状や紛争のすべての問題を把握したものを語っているわけではないんだ」とあくまで紛争ではなく、人間関係を描いたこと強調した。
撮影手法については「ミラルの母親のナディアのレイプシーンなどで、リバーサル・フィルムを使ったりして、フィルムを使い分けている。ただ、それでも映画全体を観ると、一貫性のある映像になっていると思う。それは、僕が撮影監督に(映像について)どう思うかと聞いていないからだ。これまでいろいろな撮影監督の手法を見てきたし、彼らの手法もわかるが、最終的に僕がどういう映像にしたいのか、そこが重要だ。だから、僕は絵コンテも描かないし、リハーサルもしない。すべては、撮影現場で起こっていることに反応しているだけなんだ」と画家でもあるジュリアン監督は、現場での自分の直感を大事にしているようだ。
おそらくこの映画を観る際に、政治を抜きにして鑑賞することは不可能だが、紛争の中で生きた女性たちという観点であえて鑑賞すべきであるように思えた。それは、ジュリアン監督があくまでこの紛争を人の感覚で訴えようとしているからだ。
(取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)