鬼才ワン・ビン監督、命懸けで製作した新作『無言歌』は中国映画ではないときっぱり!
山形国際ドキュメンタリー映画祭で二度の大賞受賞歴を誇る中国映画祭の鬼才ワン・ビン監督がこの程、新作ドキュメンタリー『名前のない男』を引っさげて開催中の同映画祭に凱旋した。昨年のベネチア国際映画祭で話題を呼んだ初の長編劇映画『無言歌』も、ワン監督作としては初めて日本で劇場公開されることも決定。ますます注目度が高まるワン監督がインタビューに応じた。
『無言歌』は中国共産党が党への批判や家族の経歴を理由に1956年から行った反右派闘争を題材にしており、反革思想のレッテルを貼られた人たちが辺境の地で“労働改造“と称して過酷な生活を強いられた史実を基にした人間ドラマだ。ヤン・シェンホイの小説「告別夾辺溝」を原作としているが、ワン監督自ら約3年かけて中国全土の生存者を探し出し、リサーチした実話が盛り込まれている。しかし、いまだ反右派闘争は中国内でタブー視されており、ワン監督は中国政府の許可を得ずに極秘で撮影を実施。トラブルを避けるためにベネチアでのサプライズ上映となった。しかし中国では、ロウ・イエ監督が天安門事件を描いた『天安門、恋人たち』(2006年製作)を政府に許可無くカンヌ国際映画祭に出品して、5年間の映画製作禁止令を命じられた例がある。
その後の政府の反応についてワン監督に尋ねると「私の映画は初監督作『鉄西区』(1999-2003)以来、1円のお金も中国資本を受けていません。なので『無言歌』も企画の段階から電影局の審査を受けるとか、政府の撮影許可を得るなど通常の映画製作の手続きを踏みませんでした。中国映画ではないので、処罰の対象とはならないでしょう」と説明した。
ワン監督はこれまでも、中国の暗部を揺り動かしてきた。山形ほかナント三大陸映画祭ドキュメンタリー部門で最高賞を受賞した545分の大作『鉄西区』(1999-2003)は、廃れ行く工業地帯を追った。再び山形で大賞を受賞した『鳳鳴-中国の記憶』(2007)は、反右派闘争や文化大革命で迫害を受けた女性が名誉を回復するまでのひとり語りを3時間3分に渡ってカメラに収めた183分の力作だ。中でも反右派闘争に惹かれる理由についてワン監督は「私の家族や身近な人物で迫害を受けた人はいませんが、遠い親戚の中で右派にされた人はいました。しかし身近な人がどうこうより、この闘争が重要なのは、中国人の思考を一気に変えてしまい、それが現在も尾を引いているからなんです。これを映画化することにより、自分たちの歴史をどのように捕らえるかを考える機会になればと思いました」と力説する。
しかし『無言歌』は題材の難しさと辺境で撮影するために予算がかかることからなかなか出資者が集まらず、2004年の企画立案から完成まで実に6年の月日を要した。もっとも『無言歌』のロケハン中に偶然出会った洞穴で暮らす男を主人公に、今回の山形で招待上映されたドキュメンタリー『名前のない男』を製作してしまった逞しさを持っている。そしてすでに農村をテーマにしたドキュメンタリーを撮り終えたのだが、撮影中に高山病となり入院する事態になってしまったという。ワン監督の映画作りは、まさに命懸けだ。
それでもワン監督は「他にも私にはまだまだ、中国で描きたいテーマがたくさんあるんです。中国の映画界自体は潤沢に資金が回っています。しかしそれは、商業映画や政府の息のかかった作品に対してのみです。でも私には、デジタルビデオがありますから、これで少しずつでも自分で撮っていきますよ」と高山病の後遺症に悩まされつつも、新たな映画製作に意欲を燃やしていた。
映画『無言歌』は12月17日公開。また東京・オーディトリアム渋谷にてワン・ビンの全作を一挙上映する回顧展のパート1が14日まで実施中(取材・文:中山治美)