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チェルノブイリ事故から12年後の立ち入り制限区域に暮らす人々の姿を映し出した幻のドキュメンタリー『プリピャチ』が限定公開!

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映画『プリピャチ』より
映画『プリピャチ』より

 映画『いのちの食べかた』のニコラウス・ゲイハルター監督が、1999年にチェルノブイリ原発周辺の立ち入り制限区域に暮らす人々の姿をとらえたドキュメンタリー映画『プリピャチ』が、東京・神田のアテネ・フランセ文化センターにて公開された。

 プリピャチは、チェルノブイリ原子力発電所から4キロ離れた場所にある市の名前。事故直後に5万人の住民が当時のソ連全地域に避難したこの市は、現在も、厳格な監視下に置かれたゴーストタウンとなっている。だが、プリピャチで生まれ育った高齢者は、ふるさとを捨てられないと自発的に故郷に戻り、事故発生から12年がたったころには、約700名の人々が、“自発的帰還者”として当局に黙認されたまま、ひっそりとそこでの暮らしを始めていた。

 石棺工事に従事した80万人に及ぶ事故処理作業員のうち、約5パーセントから10パーセントが、通常労働のできない体になったという現実の一方で、1万5,000人余りの労働者たちは、当時稼働中だった3号機内で働き続けていた(3号機は2000年に停止)。生まれ育った土地で採れた食べ物、そして地元の川で採った魚を食べながら生活を続ける老夫婦、空き家を荒らすホームレス……映画『プリピャチ』のモノクロの映像は、プリピャチの現実をただ淡々と映し出す。映像を観たとき、頭をよぎるのは、「12年後の日本は……?」という恐ろしい疑問だ。
 
 プリピャチは、映画『チェルノブイリ・ハート』と併映されたメアリーアン・デレオ監督のドキュメンタリー『ホワイト・ホース(原題) / White Horse』にも登場する。『ホワイト・ホース(原題) 』では、6歳で被ばくした青年マキシムが、2006年、20年ぶりにわが家に戻るが、そのマキシムの家があったのがプリピャチだった。マキシムは、同映画の撮影から1年後、に27歳という若さで死亡。原発事故から25年がたった今でも、健康被害は、大人、子どもを問わずに表れ、急性放射線障害、甲状腺がん、白血病、心臓および循環機能障害、呼吸器障害、免疫不全など、数多くの病気が人々を襲っている。それでも、科学的な証拠がない限り、“放射能”はあくまで「ただちに健康に害を及ぼさない」程度のもの。

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 『プリピャチ』に映し出される景色が、12年後の日本の姿なのか……。それは誰にもわからない。だが、事故が起きる前、プリピャチは、色とりどりの花が咲き誇る、希望に満ちた地だった。福島第一原発の周辺にも、プリピャチと同じ、美しい景色があった。イチゴやキノコが採れる、山と川……豊かな自然に囲まれた家には、子どもたちの明るい笑い声に囲まれたおばあちゃんやおじいちゃんが家族と共に幸せに暮らしていた。空っぽになった村からは、子どもたちの笑い声も聞こえず、避難を苦に、自ら命を絶つ高齢者も相次いだ。科学的証明の必要もない、たった一つの明らかな真実は、美しい風景が原発事故により奪われたということ。『プリピャチ』は、自分たちの国の大地を汚してしまった現実、そして愛する土地を失った人々の悲しみを、今一度考えさせてくれるはずだ。(編集部:森田真帆)

映画『プリピャチ』は、12月10日までアテネ・フランセ文化センターにて限定公開中

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