伝説のドラマー、チック・ウェッブと、彼が活躍したサヴォイ・ボールルームとは?
第50回ニューヨーク映画祭(50th N.Y.F.F)に出品されている作品『ザ・サヴォイ・キング:チック・ウェッブ&ザ・ミュージック・ザット・チェンジド・アメリカ(原題) / The Savoy King: Chick Webb & the Music That Changed America』について、ジェフ・カウフマン監督、ミュージシャンのロイ・へインズ、製作総指揮のヴォザ・リヴァーズが語った。
同作は、1926年にニューヨークのハーレムにオープンした収容人数4000人のダンスホール、サヴォイ・ボールルームと、そこで活躍した伝説のドラマー、チック・ウェッブに焦点を当て、彼が身体障害の逆境を乗り越え、いかにデューク・エリントンやエラ・フィッツジェラルドとバンドを組んで、名声を得ていったかを描いた話題のドキュメンタリー作品。
ジェフ・カウフマン監督は、これまで社会や政治関係の作品を制作していた。「僕はジョージ・W・ブッシュが政権を握っていたときに、ドキュメンタリー作品『WTC 9/11:ストーリーズ・フロム・ザ・ルーインズ(原題) / WTC 9/11 : Stories from the Ruins』を製作したが、その後の政治に嫌気がさして、政治に関して興味を失いかけていたときに、ジャズを聴き始めたんだ。その中でもベニー・グッドマンが気に入って、彼の伝記を読んだんだよ。すると、その本にはわずか一文だけチック・ウェッブのことが記されていて、それが逆に彼に対する興味をかき立てたんだ。特に、彼が小さい頃に脊椎結核(手術した後に)により背が伸びずに、背骨も曲がったままになってしまったにもかかわらず、“タイタニック・バトル・オブ・バンド”(バンドの大会)では、ベニー・グッドマンを破ったこともあったようで、それから一挙に彼に興味を持ったんだ」と制作経緯を語った。
サヴォイ・ボールルーム(巨大ダンスホール)について「僕自身は、ミュージックとダンスがアメリカを変えられると信じている一人なんだ。今度の大統領選でも身分や階級が取沙汰されているが、サヴォイ・ボールルームはミュージックとダンスを融合したダンスホールで、当時1920年代にもかかわらず、白人や黒人が同じダンスホールで踊っていて、身分や階級を気にせずにみんなが一つになっていた。だから、当時のサヴォイ・ボールルームを訪れた人たちは、僕らにはわからないほどの衝撃を受けていたと思うよ」とジェフ監督が話した後、製作総指揮のヴォザ・リヴァーズは「この映画は、当時の状況が克明に描かれていて、教育的な映画としても観られるんだ。だから、今の人たちに(白人や黒人の)文化の殻を破ってサヴォイ・ボールルームを訪れた人たちから学んでほしいんだ」とも語った。
“ビバップ”(1940年代初期に成立したジャズの形態)の最重要人物の一人、ロイ・ヘインズ(ドラマー)は「僕は、エラ・フィッツジェラルド(ジャズ・ボーカリスト)とは50年代に組んだことがあった。カウント・ベイシー(ジャズピアノ演奏者)とは共通の仲間がいたが、共に演奏したことはなかった気がする。でも、彼が結成していた“カウント・ベイシー・バンド”を十代の頃によく聴いていたために、ベイシーバンドのドラマー、ジョー・ジョーンズ、僕らは“パパ”ジョー・ジョーンズと呼んでいたが、彼からの影響はとても大きく、ある意味僕にとって父親的な存在だったよ。今も僕が演奏できるのは、そんな彼らのおかげなんだ」と当時を振り返った。
映画はジャズに全く興味ない人でも、当時のアメリカの文化や社会状況を学べることができ、さらにチック・ウェッブの逆境を乗り越える屈強な精神に感服させられる作品に仕上がっている。 (取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)