イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督が、俳優奥野匡を絶賛!
現在開催されている第50回ニューヨーク映画祭(50th N.Y.F.F)に出品されている日本を舞台に描いた映画『ライク・サムワン・イン・ラブ / Like Someone In Love』について、イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督が語った。
アッバス・キアロスタミ監督・奥野匡出演 映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』写真ギャラリー
同作は、元大学教授のタカシ(奥野匡)は、デートクラブを通して亡くなった妻に似た大学生の明子(高梨臨)を自宅に呼んで、時間を共に過ごそうとする。翌朝、明子を大学に車で送ったタカシは、最近不審な行動ばかり取る明子に懸念を抱いていた婚約者のノリアキと、大学の校門付近で遭遇したことから、予期せぬ事態に巻き込まれていくというドラマ作品。
脚本はもともと日本を(文化などを含め)意識して執筆したのか、それともどこにでも起こり得るストーリーを、日本の設定に当てはめただけなのだろうか。「実は今から20年前に日本を訪れた際に、夜の六本木のビジネス区域で、ある女性がまるで花嫁のような派手な衣装を着て立っていたんだ。不思議に思った僕は、同行した人に聞いてみると、おそらくパートタイムのエスコートガールではないかと言うんだ。そんな経験が今作の製作の起点になったんだが、実際のストーリーはイランの僕の周辺をもとに構成しているんだ」と答えた。映画は確かに日本を設定にしているが、普遍性のあるストーリーが世界的に受け入れられる要因であるのかもしれない。
奥野匡のキャスティングについて「彼は僕にこの映画に参加する前に、50年くらい俳優の経験はあるが、ほとんどは脇役かエキストラの経験をしてきただけと答えていたんだ。だから、実際に彼に重要な役をオファーしたら、彼が(プレッシャーで)恐怖に感じると思って、あえて最初は彼に小さな役だからと伝えただけだった。そのため、彼には脚本を渡さず、シーンごとに発する台詞だけを毎回教えていたんだ。そのほかに、通訳を通して彼(奥野)に説明してもらったこともあった。それは、この映画は20年前に製作しようと思っていたが、その当時は奥野匡が演じたタカシの気持ちが僕には理解できなかったが、自分自身がタカシの年齢に近くなり、言葉や知識ではなく、口にしない感情的な表現が大切であることがわかり、それを奥野に伝えたんだ」と語った。キアロスタミ監督は、奥野匡のことを気に入って、主役になることを勧めたそうだが、奥野匡はこれまでのスタイルの方が自分に適していると思っているそうだ。
キアロスタミ監督の作品は、車の中での設定が多いことについて「僕がこれまで製作した作品で扱われた車内での撮影は、個人的に間違っていると思っていて、ある意味この映画のためにこれまで練習をしてきたと思っても良いかもしれない(笑)。今作では、ノリアキがタカシの車に乗って会話をするシーンがあるが、プライベートで、さらに親近感を持って、お互いを発見しながら会話ができるのは車の中以外にほかの場所が思いつかなかったんだ。それに、シリアスな会話を車でするときは、近くに座っているけれど、対面しているわけでなく、自分が視線をそらしたい時にいつでもそらせるうえ、さらに車が動いていたら外にも飛び出すことができないんだ。そのため、車の中はシリアスな会話をするには、理想的な撮影場所なんだよ」と教えてくれた。
映画は脇役の多かった奥野匡が、素晴らしい間の取り方で観るものを惹き付ける演技をし、さらに北野武監督とタッグを組んできた撮影監督の柳島克己が、興味深い角度で捉えた日本の映像が秀逸な映画に仕上がっている。 (取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)