牛の食肉処理から考える食と社会…ある精肉店を追うドキュメンタリーが公開
牛の飼育から処理、販売までを手掛けていた大阪府貝塚市の北出精肉店を追ったドキュメンタリー『ある精肉店のはなし』が「いい肉の日」の11月29日に公開される。食品偽装問題が拡大する中、牛の命も、消費者をも裏切ることのない彼らの仕事ぶりは、われわれに食を根本から考えさせてくれそうだ。
手掛けたのは、山口・上関原子力発電所建設をめぐる祝島島民の闘いに密着した映画『祝(ほうり)の島』が好評だった纐纈あや監督。題材は異なるが被写体との距離の近さは健在で、本作は約半年かけて交渉をし、1年半かけて取材した。纐纈監督は「本作のプロデューサーでもある本橋成一さんの持っていた、と畜場の写真に興味を抱いたのがきっかけです。単純に知らないことへの関心だったのですが、牛が放熱するエネルギーや、その命と向き合って仕事をしてきた北出さんたちの温かさを映像で捉えられたらと思いました」と製作の動機を語る。
北出精肉店は、7代目が営む大阪の小さな個人商店だ。だが彼らを追うことで牛が消費者の口に入る過程から、被差別部落であるというその土地の歴史、さらには資本主義社会において個人経営を維持していくことの困難さという社会全体が見えてくる。圧巻は、近くの「貝塚市立と畜場」が2012年3月に閉鎖することに伴い、北出精肉店にとっても最後となったと畜のシーン。1時間弱で牛1頭を解体してしまう北出さんたちの職人技は実に見事で、纐纈監督自身、息をのむほどだったという。
しかし唯一、牛の頭を切り落とす場面だけは映画から外した。纐纈監督は「その部分を観客に嫌悪感を抱かせずに見せることは可能かな、と当初は考えていたんです。しかし店主の新司さんに『自分は使ってもらっても良いと思っている』と改めて言われたときにやめようと決心しました。生き物の生死を映像で扱うことの難しさ、それを託された責任の重さをずっと感じています」と理由を語る。
魚を腕の良い調理人がさばくと鮮度が違うように、北出さんが処理した肉はまた格別の味だそうで、実際に口にした纐纈監督は「今まで食べてきた肉は何だったんだ!? と思った」という。東京・ポレポレ東中野では初日の今月29日と30日の限定で、北出精肉店直送の焼肉屋台も登場。本物の味を目と舌で体感する良い機会となりそうだ。(取材・文:中山治美)
映画『ある精肉店のはなし』は11月29日よりポレポレ東中野で公開(全国順次公開)