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名画プレイバック

連載第2回 『トップ・ハット』(1935年)

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『トップ・ハット』1935年、劇場公開時のポスター
『トップ・ハット』1935年、劇場公開時のポスター - Photoshot / アフロ

 先のグラミー賞授賞式でもパフォーマンスを披露した、トニー・ベネットレディー・ガガの「Cheek to Cheek」。“Heaven, I’m in heaven~”で始まる、アーヴィング・バーリン作詞・作曲によるおなじみの名曲は、フレッド・アステアジンジャー・ロジャースの代表作のひとつであるミュージカル映画『トップ・ハット』(1935年)のために作られたものである。(文・今祥枝)

 典型的な男女のすれ違いを描いたラブ・コメディ。ブロードウェイのダンサー、ジェリーが公演のためロンドンにやってくる。同じホテルに滞在するアメリカ娘デールに一目惚れするのだが、出会いのシーンからして笑わせてくれる。「恋をしたい時が一番自由なのさ」と歌いながら、ホテルの部屋で陽気に踊るアステアお得意のタップは冴え渡り、下の階の部屋に泊まっているデールがうるさくて寝られやしないと苦情を言ってくるのがふたりの馴れ初め(アステアのために作られた“タップ専用特別フロア”で録音されたサウンドは響く響く!)。まったくもうと呆れ顔のデールに向かって、自分はダンス症候群にかかっており「治すためには抱擁が一番効く」などとうそぶくジェリーは、あきれるほど能天気で微笑ましい。やがて、ふたりは引かれ合うも誤解が生じ、すったもんだの騒動が展開する。

 この手のロマコメはワンパターンで退屈と思う人もいるかもしれないが、定番のプロットをいかに料理するかがミュージカル・コメディの見どころであり、監督の腕の見せどころでもある。『コンチネンタル』『気儘時代』など一連のアステア作品を撮ったマーク・サンドリッチの職人技は素晴らしく、こだわり派のアステアのダンスと、ロジャースとのコンビネーションを最大限に生かし、男女の恋する喜びや心の機微を歌とダンスでロマンチックに伝えて観客の胸をときめかせてくれる。

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 アステアといえばおなじみのトップハット(シルクハット)に燕尾服、ステッキを持ったスタイル。本作では、舞台上のシーンで同じ衣装の大勢のダンサーを従えて踊る『Top Hat, White Tie and Tails』が圧巻! もう一つのソロナンバーで、驚異的なタップ・ダンスで構成された『No Strings』も息を呑む。同ジャンルで一時代を築いたバズビー・バークレイの万華鏡のような映像マジックを用いたミュージカルとは対照的に、アステアは観客が生の舞台を見るかのようにダンス・シーンをワンカットで撮影することにこだわり、本作では“アステア・ドリー”と呼ばれる撮影方法を完成させて流れるようなダンスシークエンスを披露している。アステアの振付けのパートナーであるハーミズ・パンと作り上げた超絶テクニックを駆使したダンスは、才能以上に努力の賜物であるが、アステアが真に偉大なのは”なんてことない”といった感じで軽々と踊る、洗練されたエレガンスにあるだろう。

トップ・ハット
圧巻のTop Hat, White Tie and Tails…『トップ・ハット』より-Album/アフロ

 そんな名シーンが満載の本作において、最も強く人々の心を捉えて離さないのが「Cheek to Cheek」のナンバーである。オーストリッチの羽根を贅沢にあしらったドレスを優雅に着こなしたロジャースが、たっぷりとした裾を翻しながら「天国にいる気分だ」と歌うアステアと踊るシークエンスは、観ているこちらまでも天にも昇るような夢見心地にさせてくれる。ウディ・アレン監督の『カイロの紫のバラ』のラストシーンで、この シークエンスが用いられてることは、映画ファンには広く知られているところ。フランク・ダラボン監督の『グリーンマイル』では、原作にはないが、非常に感動的に「Cheek to Cheek」のシークエンスが用いられていることも忘れがたい。

 時代時代のアーティストたちをインスパイアする普遍的な名場面を生んだ『トップ・ハット』は、第8回アカデミー賞では作品賞のほか4部門にノミネートされたが無冠に終わった。だが、アステア&ロジャースの絶頂期の作品と位置付けられる本作は、現在に至るまで広く親しまれ、愛され続けている。

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