釜山国際映画祭、行政介入に屈しない!貫く姿勢を執行委員長が明かす
先週閉幕した第16回東京フィルメックスで審査員を務めた韓国・釜山国際映画祭イ・ヨングァン映画祭執行委員長が先月28日、委員長職の辞任を突きつけられているさなかインタビューに応じ、「道は険しいと思いますが、(執行委員長を)続ける予定です」と行政と闘う姿勢を示した。同映画祭には今春、運営費用をめぐって監査院の調査が入り、その結果釜山市が映画祭に対して告訴を検討中であることを先月19日に釜山日報が報じている。
昨年10月に開催された第19回釜山国際映画祭で、旅客船セウォル号沈没事故をめぐる韓国政府の対応の問題点を告発したドキュメンタリー映画『ダイビング・ベル(原題)』の上映中止を釜山市長が要請したにもかかわらず、映画祭側が上映を決行したことが、尾を引いているようだ。
市長がイ執行委員長に辞任を要求したところ、映画祭の独立性を支持する韓国映画人やカンヌ国際映画祭をはじめとする世界各国の映画祭から非難を受けた。作戦変更とばかりに、以降は、映画祭の泣き所である運営資金が締め上げられている。会計監査に加え、政府関連機関であるKOFIC(韓国映画振興委員会)は、今年の釜山国際映画祭への助成額を昨年の14億6,000ウォン(約1億4,600万円)から8億ウォン(約8,000万円)(1ウォン0.1円計算)と大幅減額したため、映画祭側はその分協賛金や寄付金を募って、20年目を迎える今年10月の開催を乗り切った。
ただ今度は、その協賛金をめぐって、仲介者へのリベート疑惑が持ち上がったのだ。イ執行委員長は「当方の弁護士に確認したところ、監査院の方で誤解があったようで、さほど大きな問題ではないようです。今一度、釜山市側と話し合いを重ねている段階です」と説明し、「何がなんでもこちらの欠点を見つけたいようですね。何度『ご遠慮願いたい』と申し上げても、政治的な面から運営に入って来ようとするのです」と苦笑いする。
名だたる国際映画祭は、運営費用は億単位に上ることから国や自治体の助成なしに開催は難しい。表沙汰になってはいないが、日本でも、朝鮮民主主義人民共和国製作の映画を選出しようとしたところ行政から横槍が入り、上映が叶わなかったという例もある。「芸術と政治は別」という理想はあるが、しばし軋轢を生む。
イ執行委員長は「我々は19年間、釜山市と良好な関係を築いてきました。経済効果はもちろん、国際的なイベントを行うことで市民の自尊心も高まったと思います。現在も政治的な見解の違いはありますが、(市からの)予算額は削減されていません」と明かし、「最近になっていろいろな問題が起きてしまったのはもどかしい思いですが、ただここで我々が妥協をしては、映画祭としてのアインデンティティが無くなってしまう」と複雑な心境を吐露した。
また、1996年に創設された釜山国際映画祭の立ち上げ時からのメンバーであるイ執行委員長には、そう簡単に映画祭から身を引くことは出来ない確固たる信念と理想がある。「ご存じの通り、韓国には、世界の素晴らしい映画を見られない時代もありました。良作を鑑賞する場、韓国映画を海外に発信する場、そして、アジアの映画人が連帯出来るような場を作る事を、目標に掲げました」と映画祭創設時を振り返った。
その初心を貫きつつ同映画祭は順調に成長を遂げ、本年度は動員数が22万7,000人を超え、歴代最多観客数を記録した。また、同映画祭の企画マーケット「アジアン・プロジェクト・マーケット」が果たしてきた役割は大きく、ここから熊切和嘉監督『私の男』(2013)や行定勲監督の日中合作映画『真夜中の五分前』(2014)などが生まれている。
同映画祭主催の他プロジェクトについて、イ執行委員長は「ほかアジア・フィルム・アカデミー、アジアン・シネマ・ファンドなどで新人発掘と支援を続けてきました。これは第一段階で、さらに強化する必要があります」と述べている。今後のさらなる展開については、「最近、自主映画を映画祭のみならず常時鑑賞できる環境を作ろうと、シネマセンターに専用劇場を開館しました。おかげさまで好評ですが、オンラインでも鑑賞できるようにしたい。そのようにして、釜山が世界の自主映画作品の窓口となれば。それが今後10年の目標です」と胸を張った。
韓国のみならず、アジアの映画界を広く見据えているイ執行委員長だけに、来日中は日本映画界の現状を視察することも忘れない。「わたしたちがアートハウスの拡大を試みているのに対し、日本ではアートハウスの閉館が相次いでいることを心配しています」と語り、「当初、わたしたちがモデルにしていたのは日本。来日する度にどの街にも魅力的なアートハウスがあってうらやましかった。だからわたしたちは、公的機関を動かして映画祭を立ち上げ、フィルムセンターを設立しました。フィルメックスしかり、小規模ながら奮闘している作品や団体に、日本の公的支援の必要性を感じます」と訴えた。
映画の話となると熱を帯びてくるイ執行委員長は、元々は中央大学校などで教鞭(きょうべん)を執ってきた大学教授。本当は3年をめどに執行委員長の座を後進に譲り、専門である「映画理論」の研究に勤しむ予定だったという。「政治に巻き込まれ、本来の自分の人生ではないなと思うこともあります」と苦笑いを浮かべつつ、「しかしこういう事態となり、今は釜山国際映画祭を守らなければなりませんし、支援の声をあげてくれた市民や映画関係者に対しての義理もあります」と語気を強めた。
日本の映画界にも大きな影響を与えるであろう今回の騒動。岐路を迎えた釜山国際映画祭とイ執行委員長の動向を見守りたい。(取材・文:中山治美)