吉岡秀隆、“リアル北の国から”に感銘「ドキュメンタリーにはかなわない」
山奥で暮らす老夫婦とその家族を追いかけたテレビドキュメンタリーの劇場版『ふたりの桃源郷』が公開され、大きな反響を呼んでいる。撮影を開始して25年、先輩からバトンを受け取り、いまなお一家を撮り続けているという佐々木聰監督と、ナレーションを務めた俳優の吉岡秀隆が、本作への溢れる思いを語った。
山口県のローカル放送局・山口放送が制作した本作は、終戦後まもなく「人間は自分で食べるものくらい、自分でつくらんと」と自ら切り開いた山(山口県岩国市美和町)で暮らす田中寅夫さん・フサコさん夫妻と支える家族のありのままの姿を、25年間、2世代にわたって追い続けるテレビ番組の劇場版。山口県内および日本テレビ系列「NNNドキュメント」で長きにわたり放送され話題を呼んだテレビシリーズが再編集され、スクリーンによみがえる。
同番組を偶然テレビで観ていたという吉岡は、「最初は何気なく寝転がって観ていたんですが、だんだん引き込まれて、気付いたら正座して、最後は泣いていた」と述懐。「だから、ナレーションのオファーが来たときは驚きました」と不思議な縁に感慨もひとしお。語り口に関しては、「事実を映像に残していく作品なので、感情をなるべく抑えて、寄り添い過ぎず、離れ過ぎず、いい距離感を保つことを心掛けた」と振り返る。
それにしてもこの作品、台本もなければ役者もいない。あるがままの姿を撮っただけ。なのに、なぜここまで、多くの人を魅了し、心をわしづかみにするのだろうか。「この夫婦の力強い生きざまをとにかく視聴者に伝えたい、こんなにすごいおじいちゃん、おばあちゃんがいるんだぞ、という思いを胸に撮影してきました。その積み重ねが(人々の心をつかむ)映像になったのだと思います」と真摯(しんし)に語る佐々木監督。
一方の吉岡は、「少し軽く聞こえてしまうかもしれませんが、“リアル『北の国から』”という感じがしました」と自らの出演ドラマにこの夫婦と家族の物語をなぞらえる。「ドラマの最後に(田中邦衛ふんする)五郎さんが僕たちに向かって、『お金なんか望むな、幸せだけを見ろ。自然はお前たちが死なない程度に食わせてくれる』と言って終わるんですが、それをリアルに実践していた方がいらっしゃったんだなって。ドキュメンタリーにはかなわないですね。ご夫婦の姿を見ているだけで泣けてくる」としみじみ語った。
最後まで山にこだわり、夫婦で支え合った25年。残念ながら2人とも他界してしまったが、3女夫婦にその意志は受け継がれた。「郷愁だけでなく、農に生き、土に生きること」をこの夫婦から教えられたと語る佐々木監督。これに同調する吉岡は、「震災などがあると、その場を離れて、新たな場所で生活を始める道もあるのでは? と思っていたんですが、このご夫婦の姿を観て考えが変わりました。どんなに不便でも、自分たちの土地で生きていくことに意味があることを改めて教えられた」と表情を引き締める。
また、この映画を観ながら吉岡は、山田洋次監督の言葉をふと思い出したという。「昔、辛いことがあって、何のために生きているのかわからなくなった時、自分の家の方角に明かりが見えた。『ああ、ここが帰る場所なんだな』と。桃源郷ってその場にいるとわからない、離れて見るとわかる『光』なのかもしれない」。山奥に住む老夫婦が教えてくれた“生きること”の意味を、あなたはどう捉えるだろうか。(取材・文:坂田正樹)
映画『ふたりの桃源郷』はポレポレ中野ほかで公開中、全国順次公開