「コンバット」から特撮ナレまで!キャリア約60年、田中信夫のポリシー 連載第5回
声優伝説
1960年代に日本でも大ヒットした米テレビドラマ「コンバット」シリーズの主演俳優ヴィク・モローのほか、シドニー・ポワチエなどの吹き替えで知られる田中信夫さん。「TVチャンピオン」などテレビ番組のナレーションでも活躍し、60年近いキャリアを誇る。常に作品とだけ向き合い、「尊大になったり、卑下することもしない」という田中さんが、現在までの声優人生を語った。(取材・文:岩崎郁子)
■1人間違えれば録り直し!
振り出しは、TBS放送劇団。大学卒業後、研究生からスタートし、劇団員6期生となった。先輩には故・大平透さん、大木民夫さん、浦野光さんらそうそうたる面々がいた。最初はラジオドラマのガヤや、テレビドラマの端役で経験を積み、洋画の吹き替えに携わるようになる。小さなスタジオで、1つのスクリーンの前に下がる1本のマイクに、声優陣が入れ代わり立ち代わりに声を入れる。効果音、音楽までも全て一緒に録音するので、誰かが間違えると録り直しになるという環境だった。「私は気が小さいから、終わりの方で何かしゃべらなきゃいけないって役がくるとゾッとしましたが、トチるのはお互い様という雰囲気でした」と録音・編集技術はもちろん、アテレコ自体も草創期だった当時を振り返る。画面の映像に合わせて声を出すため、「映像で口が開いているのに声を出していないとおかしいでしょ。だから『そうなんだよなぁーーー』なんて語尾を伸ばしたりして。テレビドラマとかに出てもそうやっちゃうから、『アテレコ調』とばかにされたりもした」という。
■ヴィク・モローとの不思議なめぐり合わせ
まもなく、めぐり合ったのが、1962年に始まった「コンバット」だった。田中さんが吹き替えたチップ・サンダース軍曹(ヴィク・モロー)は、自分にも他人にも厳しい鬼軍曹だが、「悪いというか、癖があり手に負えない役柄でしたが、シリーズが進むうちに評判(人気)になっていった」と述懐。そんな役どころとは裏腹に、「後年お会いしたモローは柔和な優しい人でした」と明かす。実は学生時代、モローが出演していた映画『暴力教室』(1955)を劇場で観ていた田中さん。文学部教育学科在学中で、「もしかしたら教師になるかもしれないって頃。劇中、モローは不良高校生の役で、あんな悪ガキを教えるには、先生は腕力が強くなきゃいけない、俺にはだめだと挫折したんです。あの映画のモローを後に吹き替えるわけだから、今思えば縁ですね」と感慨深げに話した。
■演じた役のイメージを壊すのは罪
その『暴力教室』に優等生役で出演していたシドニー・ポワチエの代表作『夜の大捜査線』も吹き替えており、ポワチエも持ち役の1人になる。そのほか、ドラマ「スパイ大作戦」シリーズのグレッグ・モリスなど「いろいろやらせていただきました」と振り返る。忘れられない吹き替えとしては、「何と言っても、やはり『コンバット』ですね」と断言。そして、まだブレイク前のトム・クルーズの声をアテてみたいと思ったこともあるという。ティモシー・ハットンと共演の映画『タップス』(1981)で、トムはけんかっ早い役どころだった。「映像を観て、やりたいなと。条件反射ですね。吹き替えは計算してやろうとかは思わない。構えず、作品と対峙して、その場の雰囲気でね」と表現する。また、田中さんが心がけているのが、演じた役柄のイメージを大切にすること。「作品を観たり聞いたりしてくださる方の(自分が吹き替えた役に対する)イメージを壊すようなことをしてはいけないと思っています。変な風に壊すのは罪ですよ」と語る。
■田中さんが見るいまの声優
そんな田中さんにとって、最近の声優たちはどう映るのか。「気が弱いから、(言いたいことがあっても)言わない(笑)。でも、良い悪いじゃなくて、われわれの頃とは業界の風潮も違う。昔は声優の数も少なかったから何でもやらせてもらえて幸せでしたね。失敗して迷惑もかけたけど、『お互い様だよね』っていう時代だった」とソフトな雰囲気で話す田中さんは、変わらぬ口調でその場を和ませてくれる。
田中信夫プロフィール
1935年生まれ。東京都出身。俳協(東京俳優生活協同組合)所属。ソフトなバリトンの声で冷静沈着な役どころから熱血漢までをこなす。60年近い芸歴で、吹き替えとしてはヴィク・モロー、グレッグ・モリス、シドニー・ポワチエ、バート・レイノルズなどの声を担当。ほか、テレビアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」(1972~74)の総裁X、「ジョジョの奇妙な冒険」(1993~1994)のDIOなどアニメ作品にも出演し、「秘密戦隊ゴレンジャー」(1975)、「電撃戦隊チェンジマン」(1985)など特撮ドラマシリーズを含めたテレビ番組、コマーシャルのナレーターとしても活躍する。