簡単に隣人を殺人犯と思い込んだ風潮に衝撃…吉田修一、2007年の殺人事件に言及
映画『怒り』の公開に合わせて原作者の吉田修一が、小説を書くきっかけになった「リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件」の何に心を揺り動かされたのか? そして『悪人』に続いて吉田の小説を映画化した李相日監督のスゴさについて語った。
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吉田の創作心に火をつけた「リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件」は、2007年にイギリス人の女性英会話学校教師リンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害した犯人の市橋達也が、整形で顔を変えて逃亡を続けた事件のこと。吉田は「事件自体というより、犯人の情報を公開するテレビ番組を観たときに、通報者があまりにも多かったことに驚いた」と言う。「通報した人は、自分の知り合いや職場の同僚の顔がちょっと指名手配の写真に似ていただけで、簡単に殺人犯と思い込んだ。それって、“何か”を飛び越えていますよね。そんな、飛び越える人が結構多いという事実に衝撃を受けて、そっち側の人たちを描きたいと思ったんです」
さらに、原作を書いているときには「背中のあたりに李監督がいるようで、彼はこの小説をどう読むのか? ずっと気になっていた」と意外な事実を告白。「『悪人』のときに一緒に脚本を書いているけれど、李さんはわかったふりをしないところが自分と似ているし、信頼できるんです」と説明する。その上で、「ほかにも好きな監督はたくさんいるけれど、李監督ほど映画を作る上での“運動神経”がいい人はいない」と小説家らしいユニークな表現で絶賛した。
その“運動神経”についてさらに突っ込んで聞くと、「F1レーサーは、60キロで走っているときなどは周りの景色が止まって見えるって言うじゃないですか? それと同じで、李さん自身は普通に走っているだけなんだけど、誰よりも足が速い。だから並みの監督が撮ったら3作品になってしまうこの小説を、1本の映画にできたと思うんです。でも、それは訓練とか努力ではなく、持って生まれた才能のような気がします」と強調する。
吉田が李監督の才能を評価する理由はそれだけではない。「もし別の監督が撮っていたら、おそらく犯人の動機を自分なりに作って、決着をつけようとすると思うんです。もちろんそれはそれで間違いではないんだけど……」と断った上で、「完成前の台本も読ませていただいたのでわかるんですけど、李さんも僕と一緒で、なぜ彼は人を殺したのか? ああいう事件を起こしたのか? をとことん考えている。結局、僕も李さんもわからなかったけど、繰り返しになりますが、そこで李さんはわかったふりをせず僕と同じ“人間はわからないもの”という視点で映画を作ってくださったんです」と喜びを言葉にした。
原作者も太鼓判を押す映画『怒り』には、そんな生々しい人間模様が鮮烈に描かれている。(取材・文:イソガイマサト)
映画『怒り』は9月17日より全国公開