「ドラえもん」のび太の声26年!知られざる初回収録、吹き替えで“恋”も…小原乃梨子が明かす声優事情
声優伝説
女性の声優を代表するベテラン、小原乃梨子さん。アニメでは「ドラえもん」ののび太や「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」のドロンジョなど、有名キャラクターを演じる一方、洋画ではフランスのマリリン・モンローと呼ばれたブリジット・バルドーやオスカー女優シャーリー・マクレーンなどの吹き替えを務めてきた。そんな小原さんが生放送での吹き替えエピソードやちょっぴり意外な裏話を語る。(取材・文:岩崎郁子)
■人が足りない!収録現場は大混乱
戦後、児童劇団を振り出しに芸能界入りした小原さん。人形劇やドラマなどで活躍したのち、洋画や海外ドラマの吹き替えの仕事が始まった。当時、ほぼ全員が演技経験者ではあったが、テレビという新しいメディアで吹き替え自体も草創期。現場の混乱は相当のものだったという。生放送の緊張で腹痛を起こしてスタジオから出て行ってしまう人がいたり、吹き替えのタイミングが合わなかったりということも珍しくなかった。人数も足りておらず、「殴る役と殴られる役を同じ人が吹き替えたり、映像と声のタイミングが段々ずれていって、私の役が話すシーンなのに映像では男の人の声が出ていたり……」と小原さんは述懐する。
■日本とアメリカの文化の違いにビックリ
吹き替えた海外ドラマなどから影響を受けることも多かった。「日本で見たこともないもの、例えばガレージのリモコンをパチってやるとドアが開くとか、冷凍庫やこんな大きな掃除機があるんだとか、日本と50年差があると言われていたアメリカの文化を自分が享受している感じがしました」。そんな小原さんは結婚、出産を経て、本格的に声優業に進出。洋画ではブリジットやシャーリー、ジェーン・フォンダなどの吹き替えを務め、人気が定着した。同世代の女優たち、「ちょうどみんな恋愛したり、結婚したり、子どもを生んだり、別れたり……私は別れなかったけど、同時代を生きてきた」と思い入れは深い。
■吹き替えを通じて二度の“恋”
吹き替えを通じて“恋”をしたことが二度あったという。お相手は『ライアンの娘』ランドルフ・ドリアン(クリストファー・ジョーンズ)役の津嘉山正種さんと、『私生活』ファビオ(マルチェロ・マストロヤンニ)役の矢島正明さん。もちろん役柄に対してだが、小原さんは「すごく優しくて。津嘉山さんのときは顔も見られない。終わるといつもご飯を食べに行くんだけど、『今日はいいです』って(笑)。両方とも思い出深い作品です」と振り返る。
■「ドラえもん」収録が大宴会に!?
アニメでは「ドラえもん」ののび太役を約26年務めた。「1回目、(藤子・F・不二雄)先生はじめ関係会社の人も集まって、さあ収録って日、私が風邪で声が出なくて……のび太らしいと、みんな笑っちゃってね。即、大宴会になりました」と意外なエピソードも。キャストについては、「みんな仲良かったですよ。『ドラえもん』(の仕事をやるの)はアスリートだなって。最初は帯で毎日(月~土)放送していたでしょ。1回で7~8本録るし、いつもジャイアンに追いかけられますし(笑)。体力つけなきゃって」と茶目っ気たっぷりに語る。「ヤッターマン」では、ドロンジョの「バカ、ドジ、マヌケ」という元のセリフを小原さんが「スカタン」と「アンポンタン」の造語である「スカポンタン」に変え、決め台詞になったこともあった。
■「夢は必ずかないます」
演じた役柄はさまざまだが、「私はそんなに声を変えていないんですよ。気持ちを変えるとその声になるの」と話す。「プロデューサーやディレクターからオファーのある役には、なぜ? というのもあるけど、自分のなかにある何かを誰かが見つけている。見つけてもらった自分に驚いたり、演じてみたら楽しいということもある」と声優哲学も披露する。小原さんはまた、「夢は必ずかないます」と語る。中学生のときに観た映画『若草物語』のジューン・アリソンがきっかけで女優を目指すようになったという小原さん。声優に転じたある日、舞い込んだのが『若草物語』の吹き替えでジューンの役……。「夢は時間をかけてゆっくり叶っていくんですよね」という言葉には、夢を叶えた小原さんだからこその重みがあった。
小原乃梨子プロフィール
1935年生まれ。東京都出身。色っぽい声色の大人の女性から少年まで幅広い声で活躍。アニメ「ドラえもん」のび太を26年間演じ続けるなど、声優界の第一人者であり、アニメから洋画、朗読で心温まる声を奏でる。出演作にはアニメ「チキチキマシン猛レース」ミルクちゃん、「アルプスの少女ハイジ」ペーター、「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」ドロンジョ、「未来少年コナン」コナンなどが挙げられるほか、女優ブリジット・バルドー、シャーリー・マクレーン、ジェーン・フォンダ、クラウディア・カルディナーレらの吹き替えを担当。