略歴: 映画評論家/クリエイティブディレクター●ニッポン放送「八木亜希子LOVE&MELODY」出演●映画.com、シネマトゥデイ、FLIX●「PREMIERE」「STARLOG」等で執筆・執筆、「Dramatic!」編集長、海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」DVD企画制作●著書: 「いつかギラギラする日 角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」●映像制作: WOWOW「ノンフィクションW 撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画・構成・取材で国際エミー賞(芸術番組部門)、ギャラクシー賞(奨励賞)、民放連最優秀賞(テレビ教養番組部門)受賞
近況: ●「シン・ウルトラマン」劇場パンフ執筆●ほぼ日の學校「ほぼ初めての人のためのウルトラマン学」講師●「るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning」劇場パンフ取材執筆●特別版プログラム「るろうに剣心 X EDITION」取材執筆●「ULTRAMAN ARCHIVES」クリエイティブディレクター●「TSUBURAYA IMAGINATION」編集執筆
政情不安が生活に忍び寄る70年代初めのメキシコ市ローマ地区。中流家庭で働く若き家政婦を主人公に描かれる日常。さざ波を立てるのは男の身勝手さ。階層人種の壁を越え一体感を強めていく人々の姿が愛おしい。キュアロンの幼少期の半自伝。劇中の『宇宙からの脱出』は『ゼロ・グラビティ』へ、「血の木曜日」は『トゥモロー・ワールド』へと繋がり、作家的原点を示す。パンを主体とする彷徨うようなモノクロ撮影のキャメラが、翻弄される市民の右往左往に重なる。Netflix製作と呼ぶのは正確じゃない。1500万ドルで製作されたインディーズ映画であり、買い手が付かず配給権等を2000万ドルで買い取ったのがNetflixだ。
原題「THE WIFE」に込められた鋭利なテーマが男を突き刺す。ノーベル賞受賞作家とその妻の秘密。それは世の男女の旧態依然とした関係性を象徴する。表向きは知的だが、幼児性を残し女癖の悪い夫。男性優位社会に耐え、あらゆる面で夫を支え人生を全うしてきた妻。献身、搾取、犠牲…どんな言葉を当てるのも短絡的。2人の“成果”がこの上なく成就した時、妻は夫のデリカシーなき秘密協定破りに堪えきれない。愛憎の両極ではなく、その間の幾重もの複雑な感情を表現するグレン・クローズが素晴らしい。彼女の若き日を演じる実の娘アニー・スタークの好演も特筆すべきだ。夫婦割で鑑賞後、妻の沈黙に恐怖する夫が多発するかもしれない。
あの名作から55年。少年少女の20年後という設定の下、構成やテーマを継承し、古典的な特撮タッチの味わいを再現してみせるなど、往年のミュージカル映画を今に甦らせようという志が伝わってくる。シャーマン兄弟の音楽じゃない!という叶わぬ想いもあるが、エミリー・ブラントの歌唱力はオリジナル版を損なうことはない。メリル・ストリープの怪演には場面をさらわれるけれど。撮影時92歳のディック=ヴァン・ダイクの再登場で最高潮に。この瞬間は涙なしでは観られない。恐慌の時代、自信も威厳もない大人に育ったマイケルが、塞ぎ込んだ現代をも象徴する。経済と幸福の関係を描きながら、ヒロインの降臨は希望を灯してくれる。
この物語がハリウッドで繰り返し映画化されるのはなぜか。一世を風靡しながらも転落していくアーティストと、無名の存在から見出されスターへの階段を上昇していく新たな才能の人生の交差。それはショウビズ界が、変わらないために変わり続ける不変の法則だ。圧巻の歌声はもとより“女優レディー・ガガ”というスター誕生も招いた本作だが、最大のスターはブラッドリー・クーパーだろう。前任者の降板によって座を射止めた、俳優クーパーの鮮烈な監督デビュー。肉薄し続けるカメラワークによって、ハイレベルの化学反応を引き起こして役者の内面に分け入り、観る者の心を掴んで牽引する演出こそが本作成功の要因だ。
後半生はスキャンダルにまみれ、53歳で急逝したオペラ界のレジェンド。光と影を描くこのドキュメンタリーの作りは尋常じゃない。関係者の証言の類はなく、収集に時間をかけた未公開インタビューやプライベート映像、未完の自叙伝や初公開の手紙などに綴られた言葉によって、真実が紡ぎ出されていく。ナレーションは排され、朗読するのは『永遠のマリア・カラス』で彼女を演じた女優ファニー・アルダン。そして本人が謳い上げるオペラの歌声が、自身の複雑な内面を表す。理不尽な運命、悲哀、儚さ。激動の人生についてカラスが自身の言葉で語りかけてくる、ノンフィクションを超えたエモーショナルな構成が、逆説的に醜聞を剥がしていく。