天才作家の妻　－40年目の真実－ (2017)：映画短評

原題「THE WIFE」に込められた鋭利なテーマが男を突き刺す。ノーベル賞受賞作家とその妻の秘密。それは世の男女の旧態依然とした関係性を象徴する。表向きは知的だが、幼児性を残し女癖の悪い夫。男性優位社会に耐え、あらゆる面で夫を支え人生を全うしてきた妻。献身、搾取、犠牲…どんな言葉を当てるのも短絡的。2人の“成果”がこの上なく成就した時、妻は夫のデリカシーなき秘密協定破りに堪えきれない。愛憎の両極ではなく、その間の幾重もの複雑な感情を表現するグレン・クローズが素晴らしい。彼女の若き日を演じる実の娘アニー・スタークの好演も特筆すべきだ。夫婦割で鑑賞後、妻の沈黙に恐怖する夫が多発するかもしれない。

　なぜ妻は、受賞スピーチで夫が彼女に感謝の意を表わすことを拒絶したのか？　そんな疑問を軸に展開する物語は、サスペンスフルで興味を引かずにおかない。

　40年連れ添ってきた夫妻の仲睦まじい姿を提示する始まりから、彼らの闇の部分へとドラマは切り込む。世間に対して秘密を隠し、愛だけでなく憎しみをも培ってきてしまった夫婦。彼らの40年分の複雑な関係性を、無駄なく的確に濃縮した構成がお見事。

　賞レースを賑わせるG・クローズは文句なしの存在感。とくに目線が強烈で、カメラを正面から見据えた姿には、こちらの誠意をも問いただしてきそうな凄みを感じる。一見地味だが、強いインパクトが宿る愛憎劇だ。

　ノーベル文学賞に輝く世界的な作家と、そんな夫の創作活動を長年に渡って支え続けた、控えめで献身的な妻。一見すると理想的にも思える美しき夫婦像だが、しかし物語が進むにつれて、美談の裏に隠された残酷な真実が見えてくる。女性は仕事で成功するよりも結婚して家庭に入ることが良しとされ、妻は一歩引いて夫を立てることが美徳とされた古き時代。かつては、女性ばかりが一方的に我慢と犠牲を強いられた。果たして、今はどうなのだろうか。本当に女性の地位は向上したのだろうか？と見る者に問う。本年度の賞レースを席巻しまくっているグレン・クローズの芝居は見事。女流作家役のエリザベス・マクガバンも出番は少ないが印象的だ。

ノーベル賞を受ける作家を支え続けた妻の物語……といえば聞こえはいいが、名誉に輝いた者の生々しい真実が見えてくる。そこに長年の夫婦関係の切っても切れない愛情がかぶさる展開に、身につまされる人は多いはず。主人公二人が結ばれた1950年代から現在に至る男女の役割のあり方を、ヒロインの心情にうっすら重ねていく作劇も見事だ。

そして、この「うっすら」感こそ、今作のグレン・クローズが絶賛されるポイントだ。たとえば飛行機の客室乗務員との何気ない会話にも、相手への気遣い、横にいる夫への思い、自身の尊厳など、あらゆる感情を顔の微妙な動きで、うっすらと表現する。悟りのテクニックといえる「演技」に何度も感動した。

原題は「The Wife」。シンプルだが、見終わった今、これほどふさわしいタイトルはないと思う。家族にとって最も誇らしき日に触発される主人公ジョーンの報われぬ思い。本人が選んだ人生と言われればそうだが、背後には、女性作家が差別されていた時代背景や（もっと前の時代だが『メアリーの総て』もそこに触れる）、彼女自身の自尊心の低さがある。これほどまででなくても、男のために人生を犠牲にしてきたことに疑問を持っている女性は、とくに少し前の時代には多くいたことだろう。これは正しいのかと迷いつつも理想の妻であり続ける女性を絶妙に演じるグレン・クローズに大絶賛を送る。