悪の偶像 (2019)：映画短評

　いまひとつ不可解な部分も多々あるけれど、なんか凄いものを見てしまった…という意味において、あの『哭声／コクソン』をも彷彿させる映画とも言えよう。ドラ息子の起こした交通事故の尻ぬぐいに奔走する清廉潔白な政治家、その事故で息子を殺され復讐心を暴走させる貧しい工具店の店主。２人は事故現場から姿を消した被害者の嫁を競うようにして探すわけだが、この目撃者であるはずの嫁が実は怪物的なサイコパスだったことから、血で血を洗う壮絶な地獄絵図が展開していく。随所で画面にオーバーラップする象徴的イメージ、唐突に飛び出す意味不明な言語など、見る者の読解力を求める演出はとても刺激的だ。

若者の飲酒運転による交通事故がとんでもない事件に発展し、被害者と加害者の父親を演じるソル・ギョング＆ハン・ソッキュが骨太な演技合戦で物語を牽引する。しかし最高に興味深く、複雑な心理演技でベテランを圧倒したのがチョン・ウヒ。中国からの不法移民女性役で、一応はヒロイン。しかし底無しの闇を抱えている強烈なキャラ設定で、物凄い怪演を披露する。大きなテーマは『パラサイト・半地下の家族』でも描かれた格差社会が生む軋轢なのだが、それぞれの階層に生きる人間が抱える忸怩たる思いをきっちりと汲み上げて爆発させた。単なる対比で終わらないのが素晴らしい、イ・スジン監督の視点の鋭さと発想の豊かさに驚かされる。

　最初のショッキングなナレーションは、観る者をぐっと引き込む。そこから、ひき逃げの加害者側、被害者側、それぞれに焦点が当てられていき、父の、息子に対する強烈な愛を語るものかと思わせるも、その後登場人物がどんどん増えて、話は拡大の一方。意外な展開の連続で観客を驚かすのが作り手の狙いだったのだろうが、結果的には何の話だったのかわかりにくくなってしまった。設定はとても良いし、選挙の裏側、不法移民問題など、現代らしい要素もせっかく盛り込まれている。もっと絞ってすっきりさせたほうが、衝撃は大きかったのでは。少なくとも、そうしたらあの冒頭のせりふがもっと活きたはずだ。

誰もが期待してしまうハン・ソッキュとソル・ギョングの演技合戦を堪能する作品としては、やたらハードルが高いうえ、いろんな意味で予想を超えてくる問題作。中盤、チョン・ウヒ演じる“猟奇的な彼女”の登場により、韓国ノワールとして面白味を帯びてくるものの、そこでもイ・スジン監督による、匂わせながらも放置したままの演出が引っかかる。よって、予想外のラストとはいえ、ひき逃げ事故から始まるミステリーとしての着地点としては難アリ。ミヒャエル・ハネケあたりを狙ったのか、社会派ドラマというより、文学的でアート。その難解さも含め、韓国映画の奥深さを知る意味で、挑む価値があるといえるかも。

　一方的に痛めつけられる少女の悲劇を描いた衝撃作『ハン・ゴンジュ　１７歳の涙』のイ・スジン監督。この新作では政治に踏み込み、知らぬ間に痛めつけられている市民の傷を浮き彫りにする。

　テーマは社会派だが、ドラマを動かすのは強烈なサスペンスだ。轢き逃げ、死体遺棄、隠蔽、そこから派生する怒りの行動が拡散され、予想しない結末へ。殺したい、死にたいという衝動が交錯する物語のバイオレントな展開に圧倒される。

　とりわけ、後半にクローズアップされる不法移民の少女の存在は強烈。『ハン・ゴンジュ～』でも光っていたヒロイン、チョン・ウヒの、切れ味鋭い刃物ののような存在感から目が離せない。